先日書いた「久しぶりに母と話ができました」に今日二つのコメントをいただいた。
私の正直な気持ちに、正直に答えてくださったコメントに、とても励まされた。
先週から仕事が始まり、なぜだかすごく疲れていて、今コンビューターの前に座っても、頭がボーとして、まともな文章も浮かんでこないのだが、とにかくいただいたコメントに対して、一言どうしても言いたかった。
正直に自分の気持ちを書いて良かった。これからも、母の介護について揺れ動く自分の気持ちは、正直に書きたいと思ったし、今日のコメントは、私にその勇気を与えてくださった。ありがとうございます。
東京でのこと、今年度の高知福祉機器展の新しい試み。沢山書きたいことがあるのだが、今日は無理。まともな文章になりそうもないので、終わりにします。
昨年暮れから、何となく精神的に落ち込んでいて、年明けに少し回復したようだったけれど、やはりすっきりしなくて、その気持ちを何とかしたくて、延ばし延ばしにしていた東京に行くことにしました。
そんなこともあり、母の所には、年明けに1回行っただけでした。
実は、この1ヶ月ぐらい、私が訪ねても、母は、ほとんど眠っていて、反応も鈍く、私だと言うことを分かっていてくれるのだろうかと言う、そんな危惧もあって、そのことが、私の気持ちを落ち込ませた一つの原因だったのかもしれません。
精神的にも肉体的にも少しずつ衰えて行く母を見ていることがつらくて、口実をつけて訪問を避けてしまっている私、そんな自分が自分でいやになる私。このような葛藤は、結構つらいものです。
とにかく、10日ほど母の所に行っていなくて、今日やっと、訪ねました。
そうしたら、「久しぶりね、東京に行っていたらしいわね」と、私の顔を見るなり母が話しかけて来ました。久しぶりに聞く母の声、本当にうれしかったです。
「年始のお墓参りをしてきたよ。今度の和尚さん、すごく金儲けが上手いという噂だけど、とにかくお墓に行く度に、墓石が増えているのよ。そろそろ足の踏み場がないって言うぐらい増えているの」と母に言うと、にっこり笑って頷いてくれました。
会話は、15分ぐらいしか続かなかったけれど、母の顔色も良くて、ほっとした私です。
主治医の先生・看護師さん・病棟の方たち、そして母を訪ねてくださっている仲間たち、ありがとうございました。
所で、3泊4日の東京の旅について、書きたいことが一杯です。もう少しまとまったら紹介したいと思います。
沢山のコメントありがとうございました
ゆっくりとした正月休みもあっという間に過ぎて、今日は、仕事始め。でもやっぱりどこか寝ぼけていて、スターターがかからない中、予約していた歯医者に行きました。
行って早々に、がりがりと削られた上、予想通り、歯は3本入れなければならなくて、相当にお金がかかることが分かり、「今年も前途多難」とがっくりしていたら、昨日の書き込みに、沢山コメントをいただいて、とってもうれしかったです。
うん、仲間はやっぱり良いですね。皆さんに励まされて、これから「社会福祉士の国家試験」直前合宿をしている学生を励ましに行って来ます。
今年も何か良いことが起こりそうな気になって来ましたよ。本当にありがとうございます。
出かける前に、急いでお礼を書きました。またゆっくりと書き込みますね。
明けましておめでとうございます。
旧年中はいろいろとお世話になりました。
本年もよろしくお願いいたします。

(写真は2007年1月2日初泳ぎの後で鏡の前で撮りました)
今年の私の目標、
5キロ体重を減らすこと
1回は、ダイビングに行くこと
母と共に健康に過ごすこと
昨年は、いろいろとあったからでしょうか、人付き合いが好きで、いつも前向きの私が、少々疲れてしまって、心も内向きになっていました。それで、2週間以上ブログの書き込みを休んでしまいました。
書き込みを休んでいる間に2006年が終わり2007年になりました。年末年始の休み機関は、私にとって良いリフレッシュ期間になりました。見たかった映画を2本(武士の一分と硫黄島からの手紙)見て、スカパーで懐かしいドラマの集中放送を見て、本当は好きなのに忙しくて日頃はしていない煮物などの家庭料理をつくって。
12月の半ばに入った人間ドックでコレステロールの値が高いので、落とさないといけないと言われて、体が重くて仕方がないので、2007年は再びダイエットに挑戦することにしました。そこで1月2日に初泳ぎをして、決意を確認しました。
そんな訳で、皆様への年末年始のご挨拶がこんなに遅くなってしまいました。
母に会いに行く度にいつも頭をよぎるのは、母はいつまでこの介護療養病棟にいられるだろうかということである。私が、なぜそのような不安を抱くかというと、国が打ち出している、療養型の病床を、38万床から15万床に減らすという方針をうけて、高知県でも、現在8000床ある療養型のベッド数を、2000〜3000床に減らすという方針が出ていることを知っているからである。
そんな不安を抱いている中、先週ある会議で医療制度改革(私は改悪だと思っているが)にとても詳しいドクターとお話しするチャンスがあって、その話を聞き、私の不安は、憤りに近いものに変わっていった。
療養型病床には、医療区分というのがあって、患者さんの状態がどの区分に当てはまるかによって、病院が受け取れる診療報酬が格付けされている。医療区分は、3段階に別れていて、3が、一番医療度が高く、1が一番低いということであった。


(左の写真は、母がテレビに注目しているところ 右は、うとうとしているところ)
今日は、久しぶりに何も予定の入っていない土曜日、歯医者の診察を終えた足で、母のところに行きました。
三日ほど前に母のところに行ってくれた知人が、「テレビを見ませんか」と誘ったら、「見たい」と母が答えたので、テレビカードを探したのだけれども見つからなくて見せられなかったと連絡してくれていました。
その連絡に対して、私「え! ほんとうかな」と実は思っていたのです。
私は、高知福祉機器展の活動をする中で、沢山の看護師さんや理学療法士の方たちと出会い、友達づきあいをさせていただくようになりました。そして、その何人かが、定期的に母のところに様子を見に行ってくださって、忙しくてなかなか母に会いに行けない私をサポートしてくださっています。私、本当に助かっているのです。
この何ヶ月か、随分弱ってきてしまった母、特に11月末に呼吸の状態が悪くなって、「もしかして」と思ったこともあって、そして、私が会いに行くと、いつもほとんど眠っている母を見ていましたから、「母がテレビを見たい」と言った」とか、「今日は、いろんな話をしてくれました」と言う友人たちの連絡を見ると、精神的に落ち込んでいる私を励ましてくれているのかなと、そんな風に思っていました。
それで、「テレビを見たい」と言った言葉は、あまり信じていませんでしたが、せっかく働きかけてくださっている友人のことを思い、今日は、病院の方にお願いして、電源を差し込んで、アンテナをつないでもらい、テレビカードも買い直して、テレビが見られるようにして見ました。
1年に1度、私は人間ドックに入ることにしている。そろそろ父が糖尿病になった年に私もなるし、とにかく日頃不摂生をしていて、運動もろくにしていないのだから、自分の健康状態がとても不安だからだ。
ドックに入るときは、検査の待ち時間に読めるだろうと思って、読みたい本をもって入ることにしている。実際は、検査と検査の間には、そんなに時間がなくて、いつも読み残してしまうのだが。
今年は、三宮麻由子さんの「目を閉じて心開いてー本当の幸せって何だろうー」岩波ジュニア新書(2002年6月第一版発行)をもっていった。
三宮さんは、4歳の時に病気で失明した方で、エッセイストとしてとても有名である。そして、私も卒業した東京教育大学付属盲学校(現筑波大)の後輩にもなるので、その著作を前から一度読んでみたいと思っていたのである。
検査の合間を縫って読み進む内に、私の体験とダブって、心を突き動かされる箇所に出会った。
12月2日の日に、どのぐらい利尿剤の効果があったかを調べるために、肺のレントゲンを撮ったと聞いて、12月4日の日に、主治医の先生に状態を訪ねに行きました。レントゲンには、うっすらだが両肺の輪郭が写っていて、私は少しほっとした。
主治医の先生の説明では、「少し水が引いたようですが、呼吸の状態は、急激に良くなるものではない」とのことでした。
母の表情は、ずっと穏やかになっていましたが、話しかけてもほとんど反応がなく、私が分かっているのかどうかも不確かな状態で、不安がぬぐえないまま帰宅しました。
昨日、母に会いに行ってくれた知人から、「今日はお話をしてくれました。具合どうですかとお聞きするとだいぶ良くなったとか、目をふくと有難う御座いました。とか良くなってきたことを皆に言ったら喜ぶとか私が言うと皆に宜しくお伝え下さいとかまだ他にも話をしてくれました。すごく嬉しくてたまりません。酸素今はしていませんでした。」とうれしいメール。
そして今日も「とても表情が良くなってお話しもたくさんしてくれました。」とのメールが届き、「ほんとうならうれしいな」と思い、仕事の合間に、母の顔を見に行きました。
酸素は止まっていて、足のむくみも引いていて、表情も穏やかで、「ボーナスが近いから、親戚にお母さんの名前でお歳暮送っておいたね」と言うと、こっくりとうなずいてくれました。
あー、本当にほっとした私です。

写真は、今日の母(今日は本当に穏やかな顔でした)
昨日の朝、突然携帯電話が鳴りました。電話をとると、母の様子を見に行ってくれていた友人からで「母が酸素をつけている」とのこと。看護師詰め所で様子を聞いてくれたのだそうですが、「一昨日の夜、急に息苦しさを訴えて、血液中の酸素飽和度をはかったら、落ちていたので酸素吸入を始めた。肺炎かもしれないのでレントゲンを撮ったようだ」とのこと。

写真は、いなり寿司と間違えて買ってきた「いも天」
今日は、何となく時間の調整が上手く行かなくてお昼ご飯を食べ損なってしまったので、大学への道すがらタクシーを待たせてコンビニに飛び込み、いなり寿司とインスタント味噌汁を買って、授業に行く前に急いで食べようとしました。
研究室で、いなり寿司の包みを開けて「あれ!」と絶句してしまいました。
私がいなり寿司だと思って買ってきたものは、なんと高知名物のいもの天ぷら(いも天)だったからです。
いなり寿司といも天、茶色いところや、形も良く似ているのですが、それにしてもショックでした。おなかはすいているし、時間もないので、いも天を食べてお茶を飲んで、とにかく授業に行きました。
ロービジョンの私は、この手の間違いを良くやるのです。ものを拡大するメガネをかけて、じっくり見ればこんな間違いはしませんが、急いでいたり、「これがそうだ」と思いこんでしまっていると、とんでもないミスをします。
この辺が、ロービジョンと言う障害のやっかいなところです。特に私ぐらい(矯正視力0.2)の視力があると、日常生活は無難にこなしているように周りには見えるのですが、細かい部分はちゃんと見えていないので、道で知り合いに会っても挨拶もできなかったり、「この人は私の知っているあの人だ」と思いこんで親しそうにしゃべったら、全然違う人だったり、鏡を使って広く見せているお店などでは、もっとおくがあるのだろうと思って、鏡にもろにぶつかってしまったり。デパートの一枚ガラスのドアは、何もないように見えて、入ろうとしてがしゃんとやったり。
こんな風にいろいろと奇異な振る舞いをするので、ロービジョンの人は、結構誤解されることが多いのです。
ほんと、やっかいな障害です。
いも天は、とてもおいしかったですが、さすがに腹持ちは悪いので、夕方には今度は巻き寿司を買って食べました。