10月3日に第一報を書いてから、あっという間に2週間が過ぎてしまった。この間私のライフワークである「視覚障害リハビリテーション」の事で、いろいろと変化があって、そちらの対応に追われていた。
その事がまだまだつづきそうだし、生活リズムがなかなか元に戻らないと言う事もあって、ココ島の話を書くのには、まだまだ時間がかかりそうな気がする。
そんな中、このツアーを企画したクラブアズールの公式サイトに、すてきなココ島のレポートが出ているので、そのアドレスを貼り付けておきたい。どんなツアーだったか、すばらしい写真入りで見ることができるから。
http://www.hello-azul.jp/m13/essay/2011/10/post_83.php
ココ島のダイビングから9月29日の夕方に戻って来た。
戻って今日で丸4日。ふと気づくと、世の中は10月に入っていて、そしてなぜか,気温が急激に下がっていてびっくり。
冷蔵庫を開けても,ついに食べるものが何もなくなったので,重い頭と重い体を引きずるようにして買い物に出て行った。
いつも慣れ親しんだスーパーの店内が,なんだか違った空間に見え、何となくもたもたしながら,それでも、野菜や肉やそして今日の夜のための出来合のお寿司を買い物かごに入れていたら,「華麗なお正月のためにおせちの予約をお早めに」と言う場内放送にびっくり。そういえば、今年も後3ヶ月ないんだなと実感させられた。
年を取ったせいなのか,それとも15時間の時差がひどくきつかったのか、とにかく帰国して3日間、夢を見ているような,現実感がないような、そんな日々を送っていた。
年のせいだろうか,それとも何か別の原因か、ココ島へのダイビングの準備をしながら,何度も「もう行くのやめようかな」と思ってしまう事があった。
特にスーツケースに機材を詰め始めた頃から、その気持ちが強くなった。
レギュレーター、ダイブコンピューター、水中カメラ、その部品、一つ一つ点検している内に,不安と言うか,めんどくさいと言うか,とにかく変な気持ちがおそって来た。
コスタリカは、とにかく遠い、何が起こるか良く分からない。流れも速くて結構難しいダイビングポイントだし、それなのに,私の体重は7キロも増えて,コンディションは最悪だし。
そんな事を考えていると、みんな投げ出して,安全な家に閉じこもって,布団でもかぶっていたいような気分におそわれた。
8月の中旬に,長いこと一緒にダイビングをしてきた方たち3人と,インストラクターの大井手さんと,一緒に行ったツアーの話を魚にしながらお酒を飲む機会があった。
その席で,ココ島へのダイブクルーズを,今大井手さんが仕事をしている会社が組んでいると言う話が出た。14日間の長いスケジュールだし、費用も高いし,まだ空席があると言う事で、「この際行って見ないか」とお誘いの声がかかった。
ココ島は,コスタリカの首都サンホセから船で32時間もかかる,世界最大の無人島。そして世界中のダイバー一生に一度は潜ってみたいと思うあこがれのポイント。すごく行きたいけれど、年金暮らしでそんなお金はないし、第一、この1年で7キロ以上体重が増えてしまって、今とてもダイビングどころではないし。そうは思ったのだが、こんなチャンスは滅多にないし。
「チャンスの女神は前髪しかない」と言う私の好きな言葉に従って、「行きます」と明くる日返事をしてしまった。
写真は、9月4日に広島で,「視覚障害者の自立を進める会」の会設立20周年記念に講演の講師として呼んでいただき、講演終了後、会の会長と記念撮影させていただいたものです。
この出来事がとても刺激的だったので,久しぶりにブログに書きたいと思って、以前いつプログに記事を書き込んだのか確認したら、2ヶ月以上私は,記事を書いていないことに気づいて唖然とした。
画像をどのようにアップロードすれば良いかも忘れていたぐらい、そんなに長いこと記事が書けなかったのだ。
昨日、ツイッターに「1ヶ月間試用してきた遮光眼鏡をお店に返して、ようやく「これ」と言うのを決めて来ました。1週間後にできてきます。」と言うつぶやきをしたら、私をフォローしてくれている方から「そんなに長く遮光眼鏡を貸出してくれる眼鏡店があるんですね。」と言うコメントが入っていました。
そこで私はどきっとしました。ロービジョン者が,遮光眼鏡なり弱視レンズなり,ルーペなんかを選ぶ時には、本来なら実際に使う自宅だとか,職場だとかで試用してから選ぶべきなのです。病院や眼鏡屋さんの環境と,自宅や職場の環境が違いますし、遮光眼鏡の場合は、天候によって,まぶしさが違うので,いろいろな環境で試すべきなのです。
でも、患者さんが試用するためにグッズを貸し出ししてくれる所は,現在あまり多くありません。貸し出し用に,何セットもストックを持つのはお金もかかりますし,手間もかかりますから、なかなかできる事ではないからです。
私のブログに書き込みをしなくなって,気がつけば2ヶ月になる。本当に月日の経つのは早いものだ。
私が、ブログにこんなに記事を書かなくなったのには,たぶん二つ理由がある。
一つは、私が会長をしている視覚リハ協会の理事会と言うのが,メール会議で行われて,それが1ヶ月に1週間開会されるのだが、その議長を私が務めているので、パソコンが仕事場になってしまって、会議の最中には,パソコンなど見たくも触りたくもなくなるからである。
もう一つの理由、それは,私の右眼の症状の変化に,私が一喜一憂して,少し鬱っぽくなっているからだと思う。
気がついたら今日は5月。ブログの記事を書くのも20日ぶりだ。
実は,この間私は無気力状態と戦っていて、ブログを書こう書こうと思いつつ、どうしてもその気になれなかったのである。
私の精神状態を沈み込ませているのは,私の右眼の角膜の混濁がひどくなってきたからである。
私は先天性白内障で、生後6ヶ月の時から7回にわたって濁った水晶体を摘出する手術を受けた。今と違って63年も前に受けた手術だから、レザーメスなどはなく,メスで角膜を切開した。その結果、右眼の角膜の内皮細胞が沢山失われてしまったらしい。幸いな事に左眼の内皮細胞は正常値のようだ。
内皮細胞は,角膜の水の循環を管理している細胞で、脳細胞などと同じように再生しない細胞なのだそうだ。

昨日は4月下旬の暖かさだったので、開花の遅れていた錦糸町公園の桜も、あっという間に満開に近くなったと聞いて、10日ぶりに買い物に行くついでに、公園をゆっくり散歩することにした。今日も本当に良い天気で、日差しはむしろ暑いくらい。愛用の歩行器を使って、ゆっくりゆっくりと公園を一回り。平日の昼間なのだが、子供連れのお母さんたちや、高齢の人たちが桜の木の下でお弁当を広げて楽しそうに花見をしている。
私もつられて、近くのお団子やさんでみたらし団子と海苔巻きとお茶を買って、桜の下でゆっくりとお昼を食べた。
大震災から1ヶ月近く経っているけれど、まだまだ世の中大変。でも春は確実にやってくるのだと思いながら、しばし花見を楽しんだ。
「どうしてブログを更新しないの」「地震で被害を受けた」「元気で暮らしているの」など、大地震の後ブログを更新しなかったので、何人かの友人が心配して電話をかけてくれたり、メールをくれたりした。
そのたびに、とてもうれしくて、「ブログを書かなければ」と思うのだが、いざパソコンの前に向かうと、「また後で」になってしまっていた。
どうしてそうなってしまったのか。ブログを書き始めるのに当たって、そのわけを書き込んでおこうと思う。
まず、私は、肉体的にも物質的にも何も被害を受けなかった。こんなに大きな災害があったのに、本当に運が良かったのだと思う。
大震災の起こる前、私の生活はずいぶん慌ただしかった。2月19日からマレーシアで行われた国際ロービジョン学会に参加して、2月26日の早朝に帰国。