第18回視覚障害リハビリテーション研究発表大会の準備で忙殺されている内に、アッと言う間に1ヶ月が経ち、毎日パソコンに向かいすぎて疲れてしまった私は、ブログの書き込みをすっかりサボっていました。
この16日から、第10回日本ロービジョン学会学術総会に出るために、札幌に来て、ゆっくりお風呂に入ったりエステをしたりしている内に、心にゆとりが戻って来ました。
それに、学会機器展会場で、私のブログを読んでいると言う業者の方にお目にかかって、「ちっとも書き込みがないから、体でも悪いのかと思い心配していました」と声をかけていただき、「書き込み待っています」と言っていただいたので、少しずつでも書き込むように努力しようと思っています。
そろそろホテルを出て、高知に戻らなければならない時間になったので、取り急ぎ、元気ですと言うことで、また近いうちに書き込みます。
6月10日から16日まで、属していた旅行会社を退職した大井手さんの退職記念パーティーと言うか、古いダイビング仲間の同窓会と言うかに出ることを皮切りに、視覚障害リハビリテーション協会の会長としての挨拶回りをしたり、ロービジョン研究会に出席したりするために、東京に滞在して、あちこちと動き回り、少々疲れたのだが、いろいろと思うこともあったので、日記風に書いておくことにした。
6月10日(水)
高知女子大学での社会福祉史の授業を終えたその足で、空港に駆けつけ、午後1時半頃の飛行機で東京に飛んだ。
午後4時半過ぎに、東京の住まいについて、パーティー開始は、5時30分。
住まいにとにかく荷物を放り込んで、上野の焼肉店に向かった。
5月の末だったと思いますが、以前仕事でご一緒して、意気投合した友人から電話がかかって来て、「別府峡に新緑を見に行きませんか」と誘っていただきました。
別府峡は、紅葉が美しく、温泉もあって、一度行きたい所だったのですが、とてもへんぴな所なので、車が運転できないと行くのは難しくて、そのままになっていた場所でしたから、喜んでお誘いに乗りました。

(別府峡の展望場所に立っている所)
6月8日の今日がその約束の日、あっという間に来てしまいました。
明後日東京に仕事で行くので、いろいろやることも多くて、「やっぱり行くのは無理かな」と思っていたのですが、せっかくのチャンスと思い、出かけることにしました。

母の49日の奉養と納骨が済んで25日になりました。
東京から高知に来た時、私の祖父母と父は、すでに亡くなっていて、引っ越しの時に、遺影を大工さんに頼んで鴨居の所に上げてもらっていました。
母の遺影も、その仲間入りをさせてあげなければいけないと思いながら、128㎝しか身長がなくて、高いところは苦手なわたし。そのままになってしまっていました。
気になって気になって仕方がなくて、知人に相談したら、早速自宅に来てくれて、母の遺影を父の隣に上げてくれました。
4人の遺影がそろった鴨居を、下からじっと見つめて「これで母も落ち着いただろうか」などと考えて、ふとぼんやりしてしまいました。
毎日が飛ぶように過ぎて、ふと気づくと母が亡くなってから2ヶ月が過ぎ、そして退職してからも約2ヶ月が経ちました。
今私は、1週間に1こまだけ、高知女子大で教え、後はほとんど自宅にいて、視覚障害リハビリテーション協会の仕事と、第18回視覚障害リハビリテーション研究発表大会の仕事に忙殺されています。
1日に10通以上のメールに返事を書き、自分でもいろいろとメールを書き、かかってくる電話に出て、おなかがすくと食事をしてと言う生活です。
そんな生活の中、この頃「おやっ」と思うことがしばしばあります。少し気持ちにゆとりが出たのでしょうか。そんないくつかを久しぶりに書いて見たくなりました。
今日1日、自宅でたまった仕事をこなしていると、どこからともなく漆のにおいが漂って来た。
「あ、このにおいは、仏壇に収まった、母の真新しい位牌のにおいだ」と気づいて、何となく妙な気持ちになった。

(写真は、母の位牌と写真にビールを備えている所)
5月3日に、母の49日の奉養と納骨を終え、親戚のみんなと食事をして、とにかく無事すべてが終わって、ほっとすると同時に、すごい脱力感に襲われた。
本当に月日の経つのは早いものです。
母が亡くなって、あっという間に1ヶ月以上が立ちました。ちょうど、私の退職などと重なったので、余計に時間が経つのが早かったのかもしれません。
母の49日は、5月8日なのですが、親戚のみんなが集まりやすいように、明日(5月3日)納骨をします。私は、どちらかと言うと無宗教に近い人間で、霊魂とか、そんなことを今まで気にしたこともなかったのですが、自分のそばに、母のお骨があるというのは、やはり気になることでした。
いつの間にか、母のお骨に話しかけたり、そんな自分に気づくと、とても不思議な気がしました。
明日、納骨を済ませて、連休あけに自宅に戻ったら、やはり寂しい気分になるのでしょうか。それとも、張り詰めていたものが消えて、ほっとするのでしょうか。
これから、出かけて来ます。
1年が経つのは瞬きする間と言う感じがする今日この頃。
今年も高知福祉器機展のシーズンが到来した。
開催日時 2009年6月19日(金)から6月21日(日)
全体チラシを見てください。
ファイルをダウンロード
今年のコンセプトは、相談型の器機展と言うことで、特にキッズ・コミュの試みが面白いです。
その情報は、ここでファイルをダウンロード
今年の器機展の中でも、沢山面白いセミナーをやります。その情報は、うえるぱ高知のページからダウンロード出来ます。
http://welpa.cocolog-nifty.com/welpa/
沢山の方たちと会場でお目にかかれるのを楽しみにしています。
3月21日午後4時25分に、母が違う世界に旅立ちました。
68歳の時に骨粗鬆の症状が出てから20年、私と一緒に高知に来てくれて、私と一緒に高知で戦ってくれて、私の退職の決意を待ってくれていたかのような旅立ちでした。
3月15日に熱を出して、16日に腎不全の状態になってから、21日まで5日間、母は本当に良くがんばっていました。
控えめで、目立つこともない母でしたが、昔からとても我慢強い人でした。
最後のがんばりは、本当に尊敬に値するものでした。

(通夜の時、好きな花に囲まれて眠る母)
退職まで、後1月を切った今日この頃、常勤だからこそしなければならないこと、—いやできることといった方が良いだろうか—がこれで最後ということが連日続いている。
2月25と26日には大学の前期入試が行われて、私は試験管として、40人近くの学生を面接した。1人1人の学生さんはもちろん真剣、選ぶ私たちもとても真剣。1日半の面接が無事終わってほっとした。もちろん前期入試の面接官という仕事も、常勤の教員だから行える仕事。でも「これで最後」などという感傷に浸っている余裕は全然なかった。ただ、無事に終わって一安心で、どっと疲れたという感じが残った。