この三連休期間中に、東京でロービジョン研究会があるので、お盆のお墓参りもかねて、台風のさなかにもかかわらず東京に出て来ました。
13日の高知からの飛行機は、ちょっと揺れたけれど無事東京に着いて、一昨日の研究会もとても刺激を受けて、そして、そろそろ高知に戻るための準備をしていたら、新潟で震度6の地震があって、私のいるビルも結構揺れて驚いてしまって。盛りだくさんの東京への旅でした。
コンピューターを閉じようとして、メールのチェックをしていたら、私のブログに、こんなコメントが入っていました。すごくうれしくて、励まされたので、私のブログの中にも書き込みをしたいと思いました。
ここから
ずっと読ませてもらっています。お母さんのこと、そのときどきの状況をいろんな思いをもって読ませていただいています。今回の会話は、いつか実家でお会いした頃の、いろんな気配りをされていた“主婦”を重ね合わせてしまいました。高知に行ってからのお二人の今日までは、言葉に尽くせないものがあるでしょうが、いまだに母と子の関係が存在しているという確かな人生です。私は、1月に母の45回忌を迎えました。45歳を自分が超える日はひとつのハードルでしたが、今年は別の意味での45年でした。
これからもブログへの書き込みがんばってください。とっても元気をもらっています。
これは、12日に母のことを書いた記事へのコメントで、これを書いてくださったのは、私の大学時代の友人です。私こそ、これを読んでとても元気になりました。ありがとうございました。
私にとっては一大イベントだった第6回の高知福祉機器展も無事終わり、もう一つのイベント、7月8日の「視覚障害者用機器の展示即売会」も、約150名の来場者で、盛況の内に終わったので、「これからは、もっと度々母の所に行こう」などと思っていたけれど、イベントのために押せ押せになっていたルーチンワークがぎっしり。結局母の所には、週に1回行くか行かないかの状態。
そんな私が、たまに母の所に行くと、いつもタイミングが悪くて、母はぐっすりと眠っているばかり。
「辛そうじゃないし、穏やかな顔をしているから良いか」と思って、1時間ほど枕元に座って、帰ってくるのだが、なんだかちょっぴり寂しい、最近はそんなことが続いていた。


毎日いろいろなことで忙しく、ついつい母のところに行くのも10日に1回ぐらいになってしまい、ブログの書き込みもすっかりご無沙汰になってしまっていました。
そんな時、母が久しぶりに車いすに乗って中庭に出たという情報が入ってきました。
私は「ほんと」と思いながら、母のところに行きました。上の写真はその時リハの担当者の方が撮ってくれたものです。
第6回高知福祉機器展が今週末開催されるので、とにかくここのところ忙しくて、ブログの書き込みも、本当にご無沙汰になっています。
そんな時ですが、今日の朝のニュースが気になったので、短くともとにかく書こうと思いました。
何がそんなに気になったかというと、「ほとんどの患者が治療の必要がないのに入院している、介護療養病棟」を介護施設に転換させるために、医療法人にも特別養護老人ホームの設置を認めるというニュースです。
特に気になったのは「特別養護老人ホームには医師の常勤が義務づけられていないので、介護療養病棟から特別養護老人ホームへの転換がスムーズに進むだろう」という点です。
5000万件の誰のものだか分からない年金記録があるということが、世紀の大ニュースになって10日余り、「私の年金記録は大丈夫だろうか」と、不安な気持ちで毎日を過ごしていた。
どうして不安になったかというと、結構転職しているからである。
1974年から2年間は、名古屋ライトハウスという福祉施設に勤めていて、この間は厚生年金に入っていた。
1976年から1年間東京に戻り就職浪人をしていたので、国民年金に移る。
1977年4月から11年間東京都児童相談センターに勤めていたので地方公務員共済年金。
20日以上ブログに書き込むことができないまま今日になってしまいました。気がつけば5月も終わってしまいそう。そして、私がこのブログをはじめるときの一つの目標だった、カウンター1万という数字も、いつの間にか突破してしまって。
この間本当にいろいろなことがありましたが、忙しさに取り紛れてしまって、一つ一つをじっくり味わう暇もない有様。私は、冒険好き、毎日違ったことに遭遇するのが好きですが、でも、もう少し出来事の余韻を味わいたいななどと、贅沢なことを考えています。
この間一番うれしかったニュースは、母が、本当に5分ほどだったそうですが、編み物をしたということを、言語療法士の方から聞いた時でした。母は手芸が好きでしたが、最近私がいつ行っても眠っていることが多くて、表情も軟らかく、穏やかですから安心はしていますが、とても編み物をするエネルギーがあるなんて思っても見なかったので、本当にうれしかったです。
その場に立ち会えなかったのが残念です。
ゴールデンウイークのまっただ中、ゆったりした気分でなどと思っていたら、友人からひどくショックな話を聞いてしまって、愕然としたと同時に、むらむらと闘志がわいてきた。
その友人もロービジョンケアに携わっているのだが、久しぶりに電話をした私にこんな話をしてくれた。
「良い相談者に出会わないと人生だめにするよ」 「え! 何のこと」と私
「つい最近こんなことがあった」と話し始めた。
二日前どうしてもおいしい物が食べたくてイタリア料理のお店に行った話を書きました。明くる朝体重を測定したら、約1キロ増加していました。
そして、今日無事に57キロ台に戻って来ました。
この調子なら、目標の55キロ台もそう遠い話ではないと思います。
目標を達成するのはうれしいのですが、ゴールが近づくとともに、私の頭の中には別の不安が浮かんでくるのです。
それは、リバウンドのことです。実は、私5回以上ダイエットに挑戦して、合わせて30キロ以上体重を減らしてきたのに、いつもその後リバウンドして元の木阿弥になってしまった経験者なのです。

写真は、左から牛肉のカルパッチョ、牛肉はもも肉を使ってカロリーをおさえている。
真ん中の写真は、アスパラと空豆のパスタ。豊富な野菜とソースに工夫があってカロリー控えめ
右の写真は、白ワインの入ったグラスと、手製のオリープパン
スミランのクルージングに出るために、ダイエットを始めて約5ヶ月経ちました。63キロあった体重も、今日57.8キロと57キロ台に突入。目標まで後2キロとなりました。
大学が始まってから、とにかく忙しい。
授業は単独で担当している講義が4つ、その他にオムニバスといって複数で担当する授業の責任者になっているのが2つ、そして卒業論文指導。その他に、私の勤めている大学独特のものとして学年担当というのがあって、1年生のときから、持ち上がりでその学年が卒業するまで担当する制度がある。
3年前に入学してきた学生を私が担当してきて、今年は4年生、卒業学年になった。卒業学年の担当だからといって、別に何か特別なことをするわけではないが、でも何となく昨年までとは、気持ちの持ち方が違うようだ。