3月に入って、暖かい日が増えてきて、私の腰の痛みや、左膝の関節の痛みも、ずいぶん楽になってきました。それに連れて、私の気持ちも、少し前向きになってきたようです。
ベランダの鉢植えに水をあげるために、朝外に出ると、ジンチョウゲの香りが漂って来て、嬉しく思いながら、足下を見ると、育て初めて4年目になるシクラメンの赤いつぼみが、なぜか1輪だけ葉の陰から顔を出していて、嬉しい驚きでした。
いつもいつも決まり文句になってしまいましたが、1ヶ月なんてアッという間。雑誌視覚障害3月号が発行されました。
私がコーディネートさせていただいているシリーズ「視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から」も10回目。いつものように、月刊視覚障害編集部と著者の許可を得て、私のブログに掲載いたします。是非お読みください。
視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から2022
第10回 ロービジョンケアのその先へ
いけがみ眼科整形外科副院長 眼科専門医
澤崎 弘美(さわざき ひろみ)
はじめに
私は現在、神奈川県横須賀市の診療所で眼科の開業医をしております。日々の診療をする中で、視覚障害をきっかけに健康を損ねたと思われる事例をしばしば経験し、私はそれを「視覚障害の二次障害」と考えるようになりました。特に比較的高齢の視覚障害者においてはとても深刻な問題であると感じています。
今回は視覚障害者の健康について、考えていることや取り組んでいることを気ままに書いてみたいと思います。
1.ロービジョンケアに取り組むようになった経緯
開業する以前は他県で勤務医をしておりました。はじめての赴任先で、歩行訓練士の資格を持つ眼科外来看護師が、視覚障害のある入院患者に院内で白杖歩行の指導をしているのを見かけました。思い返してみれば、それが私にとって最初のロービジョンケア、視覚リハビリテーション(以下、視覚リハ)との出会いでした。ただし、その白杖歩行の練習は、眼科のロービジョンケアとして行っていたわけではなく、歩行訓練士である看護師が非公式に行っていたものだったと思います。したがって、私はその患者さんと関わることはなかったですし、当時はむしろ「自分には関係無い」という印象の方が強かったほどです。そのころの私は、眼科医療従事者が視覚障害者のリハビリに関わることなどないと本気で考えていました。30年近く前の話です。
その考えが少しずつ変化していったのは、2003年に現在の眼科診療所を開業してからです。地域医療に飛び込んでみると、福祉的な業務や患者さんの日常生活にまで踏み込まないと解決できないことが、考えていた以上に多いことに気付きました。「地域のお医者さん」である私の仕事は、患者さんの命や生活を守ることであり、眼を治療することはその手段の一つであると考えるようになったのです。同じ場所で長く診療していると、進行性の病気で見えにくくなったり失明に至ったりする患者さんも少なからず出てきます。目が見えにくいために生活が困難になっていく患者さんに対して、治療以外にもできること、やるべきことはあるのではないかと思いました。
そのような中、大きなきっかけとなった男性がいます。もともとフルマラソンを完走するほどの体力の持ち主でしたが、眼の見えにくさから外を歩くことが困難になり、家族からも外出を禁じられて家に引きこもった結果、あるとき気付いたら、椅子から立ち上がることも大変なくらい足腰が衰えてしまったというのです。目が見えにくいことが原因で、本来元気であるはずの人の健康が損なわれるとなると、眼科医である以前に医師として何もしないというわけにはいきません。視覚障害のある患者さんの健康と生活を守らなくてはと思うようになりました。
2.視覚障害とフレイルについて
「フレイル」とは、虚弱を表す英語のFrailtyが語源で、加齢によって心身が衰弱し、社会とのつながりが減少した状態を指すとして、2014年に日本老年医学会が提唱した概念です。高齢者に限らず若年であっても、条件がそろえば誰でもフレイルに陥る可能性があるとされます。私は、このフレイル、すなわち「心身が衰弱し社会とのつながりが減少すること」が、視覚障害の深刻な二次障害、健康被害ととらえています。
フレイルについて少し解説をしましょう。フレイルは三つの要素「身体的要素」「精神的要素」「社会的要素」から構成されます(図1)。フレイルは単に身体的な衰えを指すものではなく、精神的な脆弱性や社会性低下を含む全般的な健康の喪失であるということが重要です。健康とは、身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病がない状態や病弱でないことではないとWHOが定義しています(注1)。
そしてこの三つの要素は別々に存在するのではなく、お互いに影響し合い、相乗的にフレイルを悪化させるといわれています。これがフレイルの悪循環です(図2)。一度この悪循環に陥ると非常に厄介なのですが、その一方で、フレイルは適切な介入によって予防もできるし改善もできる、ということも大切なポイントです。高齢になるほどフレイルの進行は早く改善も難しくなるので、予防が何より大事になってきます。
さて、フレイルの悪循環の図を眺めていると、視覚障害者がこの悪循環に飲み込まれる入り口が、そこかしこにあることに気が付きます。安全に歩行できなければ活動が制限されます。人の顔が見分けにくければコミュニケーションがとりづらく、ひきこもりがちになります。視覚の喪失という悲しみや絶望は心をむしばみます。私は直感的に視覚障害がフレイルの原因の一つになると思いましたが、最近では「視力低下を自覚する高齢者は、そうでない高齢者に比べて4年後にフレイルに陥る率が倍になる」という報告(注2)も出ています。
高齢化に伴い、視覚障害者に占める高齢者の割合も総数も増加しています。人生の半ばを過ぎてからの中途視覚障害者ほど、二次障害であるフレイルに陥らないよう気を付けなければなりません。そのためには、比較的高齢の視覚障害者にも、積極的なロービジョンケアや視覚リハが必要であることは言うまでもありません。が、私は、これらの視覚障害者には、従来の形のロービジョンケアや視覚リハだけでは十分に対応できないのではないかという気がしています。高齢の方の場合、「支援機器を紹介しても学校や職場といったそれらを活躍させる場が少ないこと」、「歩行訓練や同行援護サービスなどを利用してもそもそも外出先が少ないこと」などを考えると、「ロービジョンケアのその先」まで視野に入れた支援が必要ではないかと思っています。次節より、私が関わっているいくつかの取り組みを紹介します。
3.外出機会と運動機会を作る取り組み
(1)チャレンジド・ヨガ
「チャレンジド・ヨガ~視覚障がいの方のヨガ」は、視覚障害者の外出機会・運動機会を提供し、当事者同士やサポーターとのつながりから地域コミュニティを創出し、当事者の力を引き出して共に生きる社会を目指す活動をしています。現在は全国26か所の対面クラスや10か所のオンラインクラスが展開されています。神奈川県横須賀クラスは2016年に立ち上げ、月に一度の定期クラスを開催しています。
ヨガは畳1畳ほどのスペースで移動せずにできること、複雑な身体の動きが無く比較的安全にできること、人と競わず自分のペースで身体を動かすことができることから、視覚障害者と相性が良い運動と思います。また、呼吸によって心身の緊張をほぐし、心の安らぎを得ることもできるので、障害のために心の不安や葛藤を抱えた方にもお勧めです。高齢であっても、ほかの障害を持ち合わせていても参加できます。
視覚障害者を対象としたヨガ教室は他にもありますが、チャレンジド・ヨガは前述のとおり地域コミュニティの創出を大きな目的の一つとしています。視覚障害者がヨガを教わるという一方通行ではなく、参加者(視覚障害者など)とサポーター(ヨガインストラクターなどの支援者)双方の関わりによって、視覚障害の良き理解者が育成され、地域全体にその理解の輪が広がるといった現象が確認されています(注3)。その結果、サポーターであるインストラクターが、自身のヨガクラスでも自信をもって視覚障害者を受け入れることができ、また、ヨガ以外にも視覚障害者が参加できる場が創出されることもあります。チャレンジド・ヨガのような取り組みが、「ロービジョンケアのその先」の社会資源としてますます活用されると良いと思います(注4)。
(2)ラン&ウォーク
年齢に関わらず、視覚障害者の「歩きたい、走りたい」というニーズは多く、2018年から月に一度「ラン&ウォーク」という取り組みをしています。ランニングやウォーキングは、運動器の障害や内臓の疾患さえ無ければ誰でも行える手軽な運動の一つですが、移動に困難がある視覚障害者にとってはなかなかハードルが高いものです。全国各地に伴走伴歩の会はありますが、伴走者の確保が難所となるようです。そこで私たちは、視覚障害者に限らず、だれでも走りたい人や歩きたい人が集まれる場を作りました。視覚障害者や健常者、視覚障害者と同じように外出や運動機会が不足している知的障害者など多様な人が集まります。当日参加した人の中で障害者と晴眼者がペアを作って歩いたり走ったりしています。
ここに参加する晴眼者は、視覚障害者と接するのは初めてという人がほとんどです。そのような方には、視覚障害について知っておいてほしい基本事項と手引き誘導方法について、その場で簡単な講習を行います。さらに、希望者にはアイマスクで伴走の体験練習をしたうえで、実際に視覚障害者と歩いたり走ったりしていただいています。こちらから過剰な説明をしなくても、わからないことは直接当事者に聞くなどお互いにコミュニケーションをとることで、初めての人でも問題なく伴走伴歩できます。視覚障害者と一緒に歩くとなれば状況説明が必須ですし、向かい合わせにならないことも緊張をほぐすのでしょうか、初対面でも不思議と会話が弾むようです。お陰さまで、自然な形で市民が視覚障害について理解を深める場になっています。この「ラン&ウォーク」をきっかけに、他の場面でも視覚障害者の支援に関わったり、同行援護従事者になったりする方もいます。
ところで、この「ラン&ウォーク」に集う人たちで、一般のランニングやウォーキングのイベントにも参加することがあります。過去には、例えば認知症啓発のためのウォーキングイベントなどに参加しました。視覚障害当事者にとっては、社会活動に参加するということで歩くモチベーションがさらに上がります。また、一般の参加者が、白杖を持って歩いている参加者に気が付いて、「私にもお手伝いできますか?」、「誘導の仕方を教えてください」などと声をかけてくださることもあります。そのようなときは視覚障害を知ってもらうまたとないチャンスととらえ、すかさず声かけや誘導の仕方のリーフレットを渡します。安全に歩けそうなら、その場で視覚障害者と一緒に歩いていただくこともあります。
4.介護の現場に視覚障害への理解を促す取り組み
社会保障制度の原則として、視覚障害者も65歳(特定疾病のある方は40歳)を迎えると、支援の主体が障害福祉制度から介護保険制度優先になります。介護職はフレイル対策や自立支援の専門家です。ロービジョンケアのその先を担う専門家と言えるかもしれません。視覚リハに関わる人は視覚障害者が二次障害に陥るのを予防するために、もっと積極的に介護の専門家と連携するとよいと私は考えています。
ところが、介護関係者が目の病気や視覚障害について学ぶ機会はとても少ないのです。そればかりか、介護現場は他の障害についてはそれぞれリハビリテーションの専門家と相談連携できる仕組みが整っているのに、視覚リハに限ってはその仕組みが抜け落ちています。連携しようにも現状では接点すらなかなか持てません。そこで、介護関係者に視覚障害について正しく知っていただくための啓発を行っています。特に視覚リハがフレイルの予防と改善に効果があることを伝えるようにしています。介護の現場でできる正しい配慮と簡単なロービジョンケア、相談先の施設や専門家などを紹介し、ケアプラン作成にあたっては必要に応じて視覚リハ専門家の助言を得るよう提案しています。
介護保険制度は社会の実情に応じて改正が加えられ刻々と変化しています。「地域包括支援システム」は、当初高齢者ケアを念頭に置いた理念として提唱されましたが、2015年には「地域共生社会の実現に向けて、高齢者だけでなく、障害者、子供などへの支援、複合課題にも広げた包括的支援体制の構築を目指す」と改変されています。個々の温度差はあると思いますが、総じて介護関係者の間では、障害者も含めた全市民に対する福祉や共生社会への意識が高まっていると私は感じています。介護の領域では、地域のインフォーマルな資源を積極的に活用することはもちろん、地域に新たな資源を生み出す役割も担っています。高齢視覚障害者は、視覚障害の他にも健康問題や経済的な問題など複合的な困難を抱えていることが多いので、そのような点からも視覚リハ分野と介護分野との連携が進むことが望まれます。
おわりに
視覚障害者の健康維持のために外出機会や運動機会の場を提供することは大切です。しかし、それを「視覚障害者のための特別な場」と考えると、提供できる資源に限界があることは容易に想像できます。専門性の高い視覚リハビリテーションや専門家による支援はとても大切ですし、安心して集える視覚障害当事者同士の仲間づくりも必要です。が、それだけでは地域の中で視覚障害者がますます孤立しがちにならないでしょうか。地域には市民の居場所や活躍の場がたくさんあります。眼が見えないから行けない、参加できないと思っていたそれらの場所に、誰もが当たり前に行けるようになれば、視覚障害者の外出機会や運動機会の選択肢は一気に広がるでしょう。そのためにはそれらへの参加を阻んでいる「壁」を取り除かねばなりません。物理的な壁、制度の壁、心理的な壁、それは社会のほうにも当事者のほうにも、両方にあると思います。その壁を取り除くために、ロービジョンケアのその先として、当事者を意識的に地域の活動につなげたり地域の人を巻き込んだりする支援をしたいものです。
考えてみれば、視覚障害者だけに理解のある地域などありえません。視覚障害者だけではなく、様々な障害や困難を抱えた人が誰でも当たり前のように社会参加できる地域こそが、視覚障害者にとっても自立と健康維持につながるものだと思います。
誰にでも優しい地域づくりは究極のロービジョンケア、と信じて、これからも活動を続けたいと思います。
(注1)Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
世界保健機関(WHO)憲章前文から
(注2)Liljas AEM, et al.: Self-reported vision impairment and incident prefrailty and frailty in English community-dwelling older adults: findings from a 4-year follow-up study.
J Epidemiol Community Health. 2017;71(11):1053-1058.
(注3)当事者とサポーター双方に現れる変化は社会が目指すものの縮図である。(﨑元宏美 2018年 第27回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 活動報告)
(注4)チャレンジド・ヨガはインフォーマルな社会資源としての役割を持つ。(高平千世 2019年 第28回視覚障害リハビリテーション研究発表大会 活動報告)
(図の説明)
図1.フレイルは三つの要素から構成される。
身体的要素…(例)サルコペニア、 ロコモティブシンドローム
精神的要素…(例)うつ、認知症
社会的要素…(例)引きこもり、孤独
図2.フレイルの悪循環
以下の1.~5.は1.→2.→3.→4.→5→3.→1.の順に矢印で結ばれており、五つの要素が循環していることを示している。
1.体力・筋力低下
2.活動の制限
3.外出機会の減少、閉じこもり
4.社会参加減少、コミュニケーション不足
5.認知機能低下、意欲の低下、うつ