開けましておめでとうございます。旧年中は、大変お世話になりました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
あっという間に、2022年が過ぎて行き、今日は、2023年1月3日になり、私が月刊視覚障害の依頼を受けて企画させていただいているシリーズ「視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から」も8回目となりました。今回執筆を依頼した別府さんとは、まだ視覚リハのことなどほとんど世の中に知られていない高知で、その普及活動を一緒に初め、「ルミエールサロン」の立ち上げに奔走した同士です。人生の半ばで何らかの理由で「見えない・見えにくい」状態になり困っている方達に視覚障害リハビリテーションという物が存在し、それに携わる歩行訓練士と言う専門職があることを、とにかく知ってもらうことを目指して、眼科の先生方への理解啓発、そして連携をあらゆる機会に目指してきた私たち。その時の貴重な経験を土台にした、今の別府さんの熱い思いが確固とした信念になって行く、その思いが満ち満ちているこの文章を、2023年の念頭に皆さんにお送り出来ること、私に取っても大変嬉しいことです。
高齢視覚障害者への正しい支援の方法や、リハビリテーションの可能性を自分ごととして普及活動に力を入れて4年目、少しずつ理解者は増えてきていますが、とても沢山課題があって、簡単には進まない中、とにかく出来るところから、コツコツとやって行けば、きっといつかは実りがあることを信じて、今年も頑張ろうと思っています。皆さん、今年もこんな私とお付き合い下さい。そして、是非この文章読んで見て下さい。
視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から2022
第8回 医療から始まる視覚リハビリテーション
岡本石井病院 視能訓練士・歩行訓練士
別府 あかね
1.医療現場での視覚リハを目指した理由
私は、1999年から歩行訓練士(視覚障害生活訓練指導員)として、高知県の視覚障害者の生活相談・訓練事業に携わってきました。以前の高知県では視覚リハビリテーション(以下、視覚リハ)についてはほとんど知られておらず、啓発をしながら日々奮闘をしていました。当時の高知県には視覚障害に関わる専門施設は、点字図書館と盲学校と盲老人ホームの3か所のみで、視覚リハに必要な支援機器の展示や販売をしているような場所はありませんでした。
目の見えない・見えにくい方にカタログで機器の紹介をするしかない状況を解決するために、2001年に高知県立盲学校に「視覚障害者向け機器展示室ルミエールサロン」(以下、ルミエールサロン)が開設されました。常設の機器展示室ですが出張機器展示も行っており、協力関係にあった眼科医の勤務する病院でも機器展示と相談会を実施させてもらいました。
保健所や福祉センター等で実施する機器展示では、拡大読書器を使って「何年かぶりに新聞の文字が読めた!」と喜ばれる一方で、「もう新聞を取るのも止めたから」と日常生活に機器を取り入れることを諦めてしまう事例もたくさんありました。ところが、初めて病院で機器展示をした時は、「拡大鏡を使えば見えるけど、編み物する時にはこれを手に持っていたらできない」といった機器に対する不満など、「見ること」や「やりたいこと」を諦めていないからこその患者さんの声が聞けました。
この時、やりたいことのニーズをたくさん持っている患者さんたちが諦めてしまう前に、支援機器や制度の情報を届けることの効果を実感しました。それが、医療で視覚リハをやりたいと思った私の原点でもあります。
ルミエールサロンでは、「中間型アウトリーチ」として眼科に出向いての相談も当時から実施してはいたのですが、「もっと早く知りたかった」「あと少し早く知っていたら仕事を辞めなかったのに」という声をたくさんいただきました。「視覚リハの情報を必要としているロービジョンの方に早く伝えるために医療で働きたい」という思いが年々強くなった私は、歩行訓練士は認定資格のため医療で働くには難しいと考え、眼科の視機能検査やロービジョンケア等を行う視能訓練士の国家資格を取り、医療現場に飛び込みました。
その後、ご縁があって神戸アイセンターの立ち上げに関わらせていただきました。神戸アイセンターは再生医療の研究施設、最先端の眼科医療施設、リハビリ・社会復帰支援施設をトータルで運営するセンターです。
公益社団法人NEXT VISIONの情報コンシェルジュとして、神戸アイセンター2階のビジョンパークでの仕事は、「医療と福祉の間」のようなポジションでした。福祉の時には出会うことのなかった比較的軽度のロービジョンの方にもたくさんお会いし、ルミエールサロンと同様のケアや支援に対しても、今まで以上に喜ばれる方が多く、対象者が変わると同じ情報でもこんなに喜んでもらえるんだということを知りました。
「早期に情報を伝えるために医療で視覚リハをやりたい」という自分の方向性は間違っていないことを確信した私は、ビジョンパークを経た後、高知県の町田病院での3年間と、現在勤務している静岡県焼津市の岡本石井病院にて、医療の中で視覚リハの実践を行っています。その経験から、歩行訓練士が医療現場で仕事をする意味やその効果について述べたいと思います。
2.医療で視覚リハを実践するメリット
医療で視覚リハを実践するメリットとして私が感じたことはたくさんありますが、その中の六つのメリットをお伝えします。
(1)福祉で出会えない若い層・超高齢層の方に出会える
眼科で働くようになって、下は0歳から上は102歳と福祉では出会うことが少なかった子どもや超高齢者のロービジョンケアに関わりました。入学前の子どもさんに関われることや、諦めている超高齢者にも情報を伝えられるということは大きなメリットです。
(2)ご家族や支援者にも会える
福祉で訪問をしていたときは、同居のご家族は仕事で不在ということも多かったのですが、受診時はご家族も仕事を休んで同行されることがあります。また、ケアマネジャーなどの支援者が同行している場合もあり、サービス利用の手続きなどもスムーズに行うことができます。身近な支援者に視力や視野などの見え方、見えにくさを伝えることは、適切な支援を受けることにも役立ちます。
(3)困り始めたタイミングでの視覚リハの導入
福祉の現場では仕事を辞めている方に出会うことがほとんどでしたが、医療では辞める前に会えるので就労継続支援に繋げるケースがたくさんあります。これについては、見えにくくて困っていることが辞める前に解決できるというタイミングがポイントです。また、手帳申請時にも必ず関わるので、手帳取得後すぐに遮光眼鏡など必要なケアをすることができます。困り始めたらすぐにスタートできるのも医療ならではのメリットです。
(4)継続的に関われること
福祉の訪問では1回の訪問で終わってしまいがちですが、病院では継続的に関われます。そのため、高齢者には少しずつ繰り返し視覚リハを実践することができます。また、初回の面談時には気持ちが乗らなくても、再診時に相談室を訪ねてきてくれるというケースもあり、患者さんが自分の知りたいタイミングで情報にアクセスしやすいというメリットもあります。
(5)効率的に関われること
医療で視覚リハを実践することは、初期支援にとても有効だと感じています。ルミエールサロンでは高知県下が対象のため遠方への訪問も多く、1日1件の訪問が基本でした。歩行訓練士1名あたりの相談・訓練は年間約130回が平均です。一方、町田病院では1年間に平均約600回の実績でした。関わる内容やレベルが異なるので、この数字をそのまま比較することはできませんが、医療の中で行うロービジョンケアを中心とする視覚リハと、訪問での視覚リハが連携することで、「誰一人取り残さない視覚リハ」を実現できるのではないかと考えます。
(6)視機能を把握、屈折矯正してからの視覚リハの実践
視機能を把握し、視機能評価を行うことや、屈折矯正をしてから視覚リハを行うことは視覚リハの基本であり、とても重要な部分です。例えば、眼科で拡大読書器を選定する時は、近用度数を入れた眼鏡をかけて見ていただきます。据え置き型と携帯型では読書器の画面までの距離が異なるため、それぞれの距離に合わせた近用眼鏡の度数で拡大読書器を体験することで、必要に応じて眼鏡処方も行うことができます。
以上、視覚リハを医療で実践するメリットについてお伝えしましたが、医療から始まる視覚リハは、「あるべき姿」だと感じています。理学療法士や作業療法士など身体のリハビリと同じように、病院でリハビリが始まり、訪問リハへという流れが、今後、視覚リハでも当たり前になってほしいと願っています。
3.医療現場での実践事例
病院の中に歩行訓練士がいることの意義を証明する事例はたくさんありますが、今回は「歩行」にスポットを当てて紹介したいと思います。
ロービジョンの患者さんの歩行に関する困りごとは、「見えにくくて躓くことが増えた」「信号が見えにくい」「縁石の段差が見えない」「車にぶつかりそうになった」「下り階段が見えなくて怖い」「溝に片足を落とした」など、日常生活においてさまざまです。それらに対し、ロービジョン外来を行っている多くの眼科では、歩行訓練士の紹介や福祉施設などの情報提供をされると思います。もちろん、それが最善の選択で福祉との連携になります。
しかし、多くの患者さんは、すぐには福祉に繋がっていきません。全く見えないわけではないので「福祉施設に行くにはまだ早いのではないか」と考えたり、抵抗感があったりするためでしょう。
そんな時に歩行訓練士が病院にいると、その場で解決策や白杖の紹介をすることができます。白杖を紹介する場合、患者さんが情報提供のあった福祉施設に自ら連絡をして、足を運んで説明を受けるよりも、病院の中ですぐ説明を受ける方が、患者さんの負担は大きく軽減されます。一方、すぐに歩行訓練が必要ではないロービジョンの患者さんには、折り畳み式のシンボルケーンを、お守り代わりにカバンの中に入れて携帯するところからスタートをするという提案もできます。
白杖は必要ないと思われた患者さんでも、情報さえ得られていれば、必要になったタイミングで患者さんの方から「白杖をもう一度見せてほしい」と相談に来られます。患者さんから情報に再びアクセスできるということも、病院の中に歩行訓練士がいるメリットです。
また、白杖の石突き(白杖の先端部。チップともいう)がすり減っているもの、石突きが抜けてしまったもの、反射テープの貼られている先端の赤い部分が摩耗しているものなど、メンテナンスを必要としている白杖を携帯している患者さんには、その場で情報提供を行い、歩行訓練士の再訪問に繋げるなどしています。メンテナンスについては、歩行訓練で訪問した際に、時々白杖の先を触って確認するように説明をしますが、歩行訓練が終わった後に訪問することはあまりありません。こうして眼科で再会し、白杖のメンテナンスができるということも、継続性のある医療ならではのメリットだと思います。
急な視力低下で歩行が困難になった患者さんに、早期に歩行訓練士が関わることができるのも大きなメリットです。急な視力低下が起こった場合の多くは、入院中の移動に車いすを使用します。見えなくなったばかりの患者さんは誘導を受けることに慣れていませんので、視覚障害者の誘導方法を知っているスタッフでも、安全に誘導をすることが難しい場合があるためです。しかし、車いすの移動が続くと「何もできなくなった」と本人もご家族も感じ、気持ちも落ち込んでしまいます。そんな時に歩行訓練士がいれば、誘導を受ける方法(屋内歩行訓練)を実践することができます。
入院中は病室が生活の場です。枕元の保護眼鏡の保管方法、点眼薬の管理や時間の確認、歯磨き粉のつけ方など、入院生活の中で視覚リハの導入がスムーズにできます。見えなくても工夫をすればできるということを体験していただければ、退院後の在宅生活にも希望を持っていただくことができます。
4.医療との連携で必要なこと
2021年6月にはすべての都道府県でスマートサイト(ロービジョンケア紹介リーフレット)が作成され、医療から福祉・教育への連携の基盤が整備されました。今まで以上に連携の場面は増えてくるでしょうが、リーフレットを渡すだけでは、福祉・教育に繋がっていない患者さんもいるはずです。それは、「そこでどんな情報が得られるのか」が伝わっていない可能性があるためです。そうした背景も踏まえて、私が考える医療と福祉の連携の課題を四つお伝えしたいと思います。
(1)啓発活動
歩行訓練士は、白杖の歩行訓練のみやっているというイメージが強いかもしれませんが、実際には歩行以外のさまざまな日常生活の視覚リハに関わっています。眼科関係者には、歩行訓練士ができること・できないことを正しく知ってもらうための働きかけが必要だと思います。
また、一般社会に対しても、私たち歩行訓練士のやっていることをわかりやすく情報発信し、患者さんにとって有益な情報が得られる場所であることが伝われば、「行きたい場所」に変わると思います。
(2)医療と福祉の違いや状況をお互いに知ること
連携する中で、私が一番感じた違いは時間の感覚です。以前、「相談の際の記録が遅い」と言われたことがあります。その後、医療で仕事をするようになって、初めてその時に眼科医の言っていた意味が理解できました。眼科では検査結果はすぐにカルテに記載されます。医療でのスピード感と福祉のスピード感は少し違います。
また、福祉ではプロセスを重要としますが、医療では結果が大切です。「カルテの記録が長いからもっと簡潔に書いて」と言われたことがありました。しかし、拡大鏡の選定一つをとっても、選定した理由やデモ中の感想などは私にとっては重要な情報で、次回のロービジョンケアに繋げるプロセスとして理解していただきました。
このように、分野の違いによるそれぞれの「当たり前」を知るということも大切だと感じています。
(3)視力や視野の検査結果を読み取る力
これは私自身の反省でもありますが、福祉で働いている時に、視力や視野の検査結果などを添付してくれる眼科もありましたが、十分に読み取ることができず、活かしきれていませんでした。検査結果には訓練に活かせる有益な情報がたくさんあります。スマートサイトの運用が広がり、福祉関係者が検査結果を見ることが増えたのを機に、歩行訓練士を始め、福祉・教育の支援者も検査結果を理解するための勉強が必要だと思います。
(4)共通の言葉の概念
「ロービジョン」という言葉は福祉や教育の分野で浸透しつつありますが、まだまだ「弱視」という言葉が使われることもあります。「弱視」は、医学的には「幼少時の視力発達が障害されておきた低視力(amblyopia)」を指し、病気や事故が原因で視機能が低下した状態を「ロービジョン (low vision)」といいます。そこを混同させないためにも、一般社会にもロービジョンという言葉をもっと広く知っていただく必要があると思います。もしくは、もっと一般の方も分かりやすい表現を検討するのも一つの方法かもしれません。
最近は「視覚リハ」も「ロービジョンケア」も同じような意味合いで使われることもありますし、ロービジョンケアは「光学的なケア」を中心とした狭義の意味で使われる場合もあります。こうした概念が異なると、会話は成立しているのに噛み合わないということも出てくるので、言葉の整理も必要だと感じています。
5.未来への展望
医療から始まる視覚リハは、「誰一人取り残さない視覚リハ」を実践するために必要不可欠だと私は思います。各都道府県のロービジョンケアの核となる眼科に歩行訓練士が配置されることで、医療から福祉へ途切れることなくスムーズに繋ぐことができると思います。
そうしたロービジョンケアの拠点を強化しつつ、かかりつけ医ではロービジョンケア紹介リーフレットの配布や、中間型アウトリーチで歩行訓練士が眼科に出向くようにコーディネートを行うことで、見えない・見えにくい方に必要な視覚リハを提供できることを期待します。
最後に、日本のリハビリテーションの中に視覚リハは抜け落ちています。理学療法士や作業療法士など他のリハ職との連携をとることで、幅広く視覚リハを知ってもらう機会が増えると思います。今の職場にはリハ職のスタッフもたくさんいるので、多職種連携にも取り組んでみたいと思います。「誰一人取り残さない視覚リハ」を実現する一歩として、歩行訓練士として医療現場にいる私の挑戦を続けていきたいと思います。