視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から 第7回 高知の片隅から繋げるロービジョンケア ~小さな診療所から福祉へ~

雑誌「視覚障害」2022年12月号表表紙の写真
雑誌「視覚障害」12月号表表紙

 今年の気候は、本当に不純ですね。つい最近まで、秋とも思えないような暖かい日が続いていたのに、今日の東京は、凍えそうな寒さです。そんな気候に振り回させて、私は、少し体調を崩してしまった見たいですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。どうぞお体に気を付けて下さい。
 さて、私が「雑誌視覚障害」でコーディネートさせていただいているシリーズ、「視覚リハ(ローピジョンケア)の現場から」も今月で7回目の連載となりました。月刊視覚障害の許可をと執筆者の許可を得て、私のブログに掲載いたします。多くの皆さんに読んでいただければ幸いです。

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 タイトル 高知の片隅から繋げるロービジョンケア
~小さな診療所から福祉へ~
すぎもと眼科副院長 高知県眼科医会副会長
濱田 佳世

  

1.私のこと
 初めまして。ゆずの生産量が日本一の高知県安芸市にあります「すぎもと眼科」(以下、当院)で、副院長をしております濱田佳世と申します。当院は私の実家で、父が院長を務めています。その昔、曽祖父が内科医、祖父は耳鼻科医、そして祖母は眼科医をしていました。そんな環境でしたが、医師を目指そうと思ったのは遅く、高校生になってからでした。小学校時代は安芸市で過ごし、中学高校は高知市、大学は愛知県、眼科医としては東京の大学病院で修行しました。その後、茨城県や沖縄県の眼科病院での勤務、大学院での研究を行いつつ、様々な医療機関での非常勤勤務を経て高知に戻りました。しばらくは地元の大学病院に所属しましたが、平成16年より当院で診療をしています。
 主な資格などは次のとおりです。眼科専門医、医学博士、ボトックス認定医、視覚障害者用補装具適合判定医、障害者スポーツ医、健康スポーツ医、難病指定医、身体障害者福祉法第15条指定医。高知県眼科医会副会長、日本眼科医会中国四国ブロック公衆衛生委員。

2.なぜロービジョン? 
 なぜ、私がロービジョンケアに興味を持ったのかをお話しします。眼科医は…というよりも、医師は目の前にいる患者さんの治療に一生懸命になります。痛みがあれば痛みを取りたいですし、見えにくさがあれば、見えるように手助けをしようとありとあらゆる手を考えます。ところが、残念なことに現代の医療をもってしても、治せない病気がたくさんあります。その一つが皆さんもご存知の網膜色素変性です。その網膜色素変性の患者さんとの出会いがきっかけになりました。
 最初に申しましたように、様々な医療機関で診療してまいりましたので、何人もの網膜色素変性の患者さんにも携わりました。しかし、私自身が数か月から数年で異動してしまうため、1人の患者さんと長く関わることはありませんでした。当院に戻ってきてからは異動がありませんから、受診した患者さんとは一生関わる覚悟を持って診療に当たっています。
 そんな中で10年が経とうとした頃、網膜色素変性の症状が進行していく患者さんを目の当たりにしたのです。「車の運転をしていたのにできなくなる」、「すんなり診察室に入ってきていたのに、入る動作がゆっくりになってくる」、「視線が変わってくる」などの変化を感じるようになるぐらい、時間を共有するようになりました。患者さんは1、2か月ごとに受診されますが、正直なす術がありません。白内障手術もとうに済んでいます。そうなると、毎回何も言えない自分が情けなくなり、敗北感に苛まれます。
 医師として苦しくなってしまったそんな時に、ロービジョンケアの存在を知りました。今ある視機能を最大限に活かして、諦めることなく少しでも明るく楽しく生活を送れるようにアドバイスをする、社会で活躍できるよう支援をする、あるいは支援する機関に繋げる…「これを目の前にいる患者さんに伝えられたら!」。そう思うと、患者さんと同じように、マイナスのことばかりを考えがちだった私の心も前向きになりました。また、全国のロービジョンケアに長けている眼科医や歩行訓練士、福祉の方から得られる情報は、常に新鮮な刺激となり、モチベーションを保つことができるようにもなりました。
 
3.当院でのロービジョンケア
 当院には視能訓練士はもちろん、なんと看護師もいません(田舎では「眼科」と聞くだけで敬遠されてしまうのです…)。幸い医師は2名いますから、白内障手術も行っています。その中で行うロービジョンケアには限りがありますが、ナイナイづくしの当院でのロービジョンケアをご紹介します。
(1)身体障害者手帳該当者を探す
 まず始めたことは、身体障害者手帳に該当する方が埋もれていないかどうかを見つけることでした。これはカルテベースで行えます。ロービジョンケアを意識するまでは、4級や5級、6級に相当する方には積極的に手帳の取得を奨めていませんでした。なぜなら、メリットがないと勝手に思い込んでいたからです。医療費が安くなるわけでもなく、電車(JR)は100km以上でなければ割引にはなりません。
 目に見えるメリットは少ないのですが、障害者控除で所得税や住民税が減税されます。また、手帳はあらゆる公的福祉サービスの入り口であり、行政には視覚障害のある人の存在を認知させることができます。他にもまだメリットはあるのですが、これらを知らないことで、患者さんから手帳取得の機会を奪っているのは「医療現場だ」ということに気付かされました。わざわざ断っていたぐらいで、白杖をどのような経緯で持つようになるかもわかっていなかったのです。
 視覚障害の等級は視力障害と視野障害の合わせ技で決まります。そして、他の身体障害があれば、それも含めて等級が決まります。また逆に、例えば「心臓疾患で1級を持っていて、医療費控除もあるので視覚障害の手帳はいりません」となると、視覚障害に特化したサービスは受けられません。患者さんの家族はもちろん担当ケアマネジャーに、「なぜ眼科でまた申請する必要があるのか?」と取得の理由を尋ねられたことがあります。眼科医にも「視覚障害の福祉サービスを受けるには視覚障害者手帳が必要」ということを再認識してもらう必要があります。
(2)ニーズを聞き出す
 次に行ったのは、「困っていること」、「やりたいこと」を聞き出すことです。
 常連の患者さんで時間をかけた方が良さそうな場合には、改めてロービジョン外来の予約を取り、じっくり話を聞く時間を確保しますが、実はこのパターンはあまり多くありません。と言うのも、通常の診察中にロービジョンケアに該当するようなキーワードが出てくることが多いからです。つまり、日頃の会話にヒントがあるのですが、患者さんが自ら発信することは多くありませんので、こちらから引き出す質問をする必要があります。
 再診の患者さんには、「お変わりありませんか?」と問いかけることが一般的だと思います。しかし、このように聞かれると、反射的に「特にありません…」で終わってしまいがちです。一方、具体的に聞くと話してくれることがあります。例えば、「時間はどうやって確認していますか?」、「病院に来るまでに困ることはなかったですか?」などと聞くと、様々な答えが返ってきて患者さんの背景がわかり、そこからスマートフォンの使い方や白杖の話、家族の話になったりしていきます。
 スマートフォンはなかなか使いこなせていないようで、待ち受け専用になっていたり、読み上げ機能が設定されていなかったりすることも多いです。簡単に教えられることであれば、その場で設定することもありますが、機種によっては難しい場合もあります。その際は、設定してもらいたい内容をメモに書いて患者さんに渡し、携帯ショップへ持って行ってもらっています。後日、患者さん経由で、「設定しました」、「これはできません」など、ショップの店員さんがチェックしたメモが返ってくることもあります。こういうことも、「他人任せではダメで、自分が動けば応えてくれる」と実感するところです。
 白杖についてお話しするときは、それまでに何度となく種まきが必要で、少しずつ嫌がられない程度に、小出しにしながら必要性をお伝えしていきます。ただし、毎回時間をかけるわけにもいかないのが現実ですので、その塩梅が診療の腕の見せ所かもしれません。逃したくないキーワードが出たら、他の患者さんを多少お待たせしてでも対応するようにしています。
(3)クイック・ロービジョンケア
 今、日本眼科医会では全国の眼科医にクイック・ロービジョンケアを取り入れるように働きかけています。これは、ロービジョンに馴染みの少ない眼科医でも、「これだけ知っていれば、少なくとも目の前のロービジョンの方を、必要とするロービジョンケアまで繋げる」ということを目的にしています。
 私のお気に入りのクイック・ロービジョンケアは、タイポスコープやルーペ、お手軽遮光眼鏡の紹介です。
 タイポスコープは手作りをしていて、「最近新聞や本が見えにくくなって諦めた」という方に、使い方を説明し差し上げています。その場ですぐ渡すことで、笑顔で帰ってもらうことができているように思います。
 ルーペは100円ショップのものを紹介することもありますが、おすすめはスタンプルーペです。ネットショップでも買えるので、家族に手伝ってもらえるよう検索のキーワードなどをメモにして渡します。
 お手軽遮光眼鏡は、白内障手術後に使う保護用眼鏡を利用します。これは白内障手術後の患者さんで、指定の期間を終了しても、かけると眩しくなくて楽だからと長期間愛用していることがヒントになりました。本格的な遮光眼鏡は値段も高く、補装具申請をしてからだと時間もかかります。この保護用眼鏡であれば、その場ですぐに試すことができ、「欲しい!」と思ったらすぐに購入できます。この「~をしたい」、「~が欲しい」と思ったときにすぐ叶えられること、タイミングを逃さないことが大事だと考えます。
(4)書類の作成
 医療機関でしかできないロービジョンケアの一つに書類の作成があります。前述した身体障害者手帳のほかに、指定難病の臨床調査個人票、介護保険の主治医意見書、障害年金診断書などの作成があります。
 特に、主治医意見書作成の依頼が眼科にあるということは、他の身体や心身には異常がなく、眼科以外は受診していないということになります。実はこの書類には、「傷病に関する意見」という欄以外に、身体や行動・精神の状態、サービス利用に関する意見、特別な医療などの欄がありますが、そこで挙げられている項目は、視覚障害に関係しないものばかりなのです。そのため、「その他の特記事項」の欄に視覚障害でいかに不自由しているかを作文する必要があるのです。しかし、見えにくい患者が少しでも生活しやすくなるように、患者とともに考えるという「ロービジョンケアマインド」がないと、なかなかしっかり書けないかもしれません。そもそも、「うちでは書けないから内科で書いてもらって」ということもあり得ます。行政が判断し眼科に依頼してくるのですから、できるだけ事細かに書くようにしています。
(5)スマートサイトと中間型アウトリーチ支援
 現在、ロービジョンケアが必要な方には、眼科医療機関からスマートサイト(ロービジョンケア紹介リーフレット)を手渡し、できるだけ早く視覚障害リハビリテーション(以下、視覚リハ)に繋がるようにするシステムが運用されています。高知県には相談窓口として、「オーテピア高知声と点字の図書館」(以下、オーテピア)や視覚障害者向け機器展示室「ルミエールサロン」、「高知市障がい福祉課」、「高知県立盲学校」の4か所があります。
 高知県は東西に長く東端と西端の間の距離は約190km(全国8位)、主な社会資源は高知市内に集中しています。眼科医療機関でさえも、安芸市から東には常勤医のいる眼科はありません。安芸市は高知市から約40km東に位置し、公共交通機関は乏しく当然ながら車での移動が主になります。そのため、安芸市在住のロービジョンの方が高知市内の福祉機関に出向くのは難しいことです。
 そこで、ルミエールサロンに所属する歩行訓練士が訪問で視覚リハを行ってくれます。これは高知県が行っている事業で、高知市以外の患者さんが無料で利用することができます(高知市では高知市障がい福祉課が行っています)。他には、オーテピアが音声図書の案内を訪問で行ってくれます。
 一方で、自宅訪問には抵抗があるという患者さんもいらっしゃいます。そのため、かかりつけである当院に患者さんと視覚リハの専門家に来てもらい、ロービジョンケアを行うという中間型アウトリーチ支援にも取り組んでいます。
 患者さんがスマートサイトを利用して自分で連絡を取ることは、簡単なようで実はハードルが高く、患者さん任せではなかなか繋がりにくいのが現状です。そこで、早く繋がって欲しい場合には、スマートサイトを渡しつつ、その場で私が相談窓口の施設に電話をかけるようにしています。そして、歩行訓練士と直接話をし、その後に歩行訓練士から改めて患者さんに連絡をしてもらい、中間型アウトリーチ支援か自宅訪問をセッティングします。やはり、医療機関でひと手間をかけることが、より繋がりやすくなるコツだと感じています。
 以上、当院で行っているロービジョンケアを紹介しました。専門スタッフもいない、道具もない、必要最低限の中で行っているロービジョンケアです。「こんなことでもロービジョンケアと言えるのか」という内容だと思いますが、ロービジョンケアマインドさえあれば、全ての眼科医がいつでもどこでもできる内容です。

4.高知のロービジョンケアの今後
 私がロービジョンケアに関わるようになってしばらくして、高知県眼科医会の理事を拝命しました。ちょうど、日本眼科医会がスマートサイトの作成に力を入れていた時期で、高知県でも改訂版スマートサイト(初版は2010年作成)を作成することになり、一任されました。これを機に、高知県の他職種(福祉、医療、教育)の方と顔の見える関係を築こうと、「高知家ロービジョンケア勉強会(現・高知家ロービジョンケアネットワーク)」を立ち上げ、定期的に勉強会を行っています。眼科医にもロービジョンケアを知ってもらうように、勉強会の告知や報告を会報誌に掲載するようにしました。少なくとも高知県には、「ロービジョンケアなんか聞いたこともない!」という眼科医はいないと思います(ロービジョンケアマインドを持って診療しているかどうかは別にして)。
 私が次に広めたいのは、眼科以外の医師や医療機関です。ロービジョンの方は眼科だけを受診されるわけではありません。先日、高知県女医会でロービジョンケアのことを講演する機会をいただきました。「初めて聞いた」と興味深く聞いていただけて安心したと同時に、さらなるロービジョンケアの啓発の必要性を感じました。