視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から2022 第5回 地域における視覚リハの展望 ~訪問訓練の現場から~ 

月刊視覚障害10月号の表紙
月刊視覚障害10月号の表紙

 ようやく秋風が吹いて、過ごしやすい季節になったと思ったら、突然暑くなったり、寒くなったり、連休のごとに、雨が降ったり、全く人騒がせな寄稿ですが、そんな事にはお構いなく、月日はどんどん経って行きます。私がコーディネートさせていただいているシリーズ「視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から」も第5回になりました。今回は、地域の実情に合ったやり方で、視覚障害者の一人一人のニーズに沿ったきめ細かい方針を立てて、、訪問訓練を行っているNPO法人アイパートナーの前川さんに、その現状と課題について書いていただきました。今までと同様に、執筆者の同意を得て、このブログでもPDFデータとテキスト形式で、紹介させていただいています。

視覚障害2022年10月号-前川.pdfをダウンロード

地域における視覚リハの展望~訪問訓練の現場から~
視覚障害者生活訓練等指導員(歩行訓練士)
前川 賢

はじめに
 地域における視覚障害児・者への訪問型ハビリテーション・リハビリテーション(以下、視覚リハ)の内容は、多岐にわたります。三重県では約四半世紀をかけ、視覚障害者生活訓練等指導員(歩行訓練士。以下、訓練士)による訪問訓練事業を成立させてきました。これまでの経緯と、見えてきた課題にふれ、今後の地域訪問型視覚リハの展望について述べてみたいと思います。
 
1.NPO法人としての訪問訓練状況と事業形態
 筆者は、一般企業、知的障害者福祉、重度肢体不自由者福祉、児童福祉のキャリアを経て、現在、視覚障害児・者福祉に携わっています。2000(平成12)年に三重県でNPO法人アイパートナー(以下、アイパートナー)を立ち上げました。設立以来、訓練士として、県下在住の視覚障害児・者に対し、日常生活用具、補装具、ロービジョンエイドなどを使用しながら、歩行や生活訓練を訪問形式で実施しています。2022(令和4)年現在、スタッフは8名で、年間の訓練受講者数は約260名、1か月あたりの訪問訓練回数は約380回で推移しています。
 設立当初は、1時間3000円という損益分岐点といえる実費を設定し、個人契約で訓練を開始しました。現在は、県や市町の公的事業契約、個人契約、寄付金などの形態で運営し、公的事業での訪問訓練が全体の約90%を占めるという状況です。市町が主体の訪問訓練は、三重県下29市町中23市町で事業化され、アイパートナーと契約をしています。
 当事者団体が県の委託を受けて運営する三重県視覚障害者支援センターで実施される相談事業を、我々訓練士が担当することで、視覚障害児・者の各種相談に対応しています。必要なら市町の訪問訓練事業につなげるのが典型的な流れの1つになっています。医療、教育、福祉、当事者団体との連絡連携は当初から有し、拡大深化させてきました。医療との連絡連携は、現在ではスマートサイトを採用しています。教育関係では、週に1回、訓練士が盲学校の在学生への歩行訓練に赴き、福祉関係では施設などを利用する視覚障害児・者についての各種相談から訓練につなげています。
 市町に事業がない地域や、緊急性を伴う訓練については、三重県視覚障害者支援センターの「緊急訓練」と称する事業で訓練士が訪問できるようにもなりました。これら公的事業による訓練回数に不足がある場合は、個人契約や寄付金で回数を確保します。県、市町、個人の契約分担を構築し、全てに同じ訓練士が携わっているのが三重県の特徴になります。
 
2.活動の3段構え
 訪問訓練に携わる現場での活動の実際は、3つの内容を常態化させながら進める日々です。 
 1つめは訪問訓練そのものです。訪問訓練の内容は、歩行訓練、生活訓練、デジタル機器の活用を含めたコミュニケーション訓練など多岐にわたります。本人と訓練士双方の努力で、自立生活技術の習得を目指すのが各種訓練です。因みに、訓練という用語にナーバスな人、立場の人もおられます。そのため、現場で練習という用語も使用しますが、提供する内容に違いはありません。
 2つめは、環境の整備について管轄機関に直接働きかけることです。現場において、訓練で解決できない事柄に遭遇することがあります。例えば、努力して習得した白杖歩行を駆使しても歩行困難な道路環境などです。いわゆるICF(国際生活機能分類)の「環境因子」に該当する内容です。ICFは、2001年にWHO総会で採択されました。「全ての人に対する健康の構成要素に関する分類」で、「健康状態」、3つの「生活機能」、2つの「背景因子」の分類で構成されています。「背景因子」の1つが「環境因子」で、物的・人的なものを含めた全ての環境を指します。本人の努力だけでは解決できない、社会の側に改善すべき環境整備を見つけた場合、直接管轄機関に働きかけ解決を目指していきます。 例えば、「この場所にはどうしても点字ブロックの敷設を要する」と判断した場合の働きかけなどです。 
 3つめは、環境整備してもなお解決しない事柄に対するアプローチです。例えば、歩道上に違反して路上駐車する車両に白杖が接触し、車体を傷つけた場合に視覚障害者に責任が発生するなど、道路交通法の改正を要する内容に思えます。これらの事柄を放置すると、やっていることが全て対処療法的な内容に終始し続けることになってしまいます。「本来どうあるべきか」の追求と訴求を継続することで、ユニバーサルデザインに根ざした社会の基盤を醸成させていくことに貢献していかなくてはなりません。これらは、訓練士会、関係団体、学術団体、研究会などに働きかけながら、全体で啓発していかなければならない事柄です。啓発は、現場に直接携わり続ける者から発信する継続性を求められます。
 
3.マニュアルの形骸化による弊害
 公的機関の慣習やマニュアルが、訪問訓練の事業化に支障を及ぼす場合があります。理由があってマニュアル化されたものが、時を経て時代にそぐわない内容のものになったり、時間の経過とともに取り扱う人が変わり続けたりする中で、マニュアルだけが形骸化して残ります。「なぜそうなっているか」を踏襲せずに、慣習化したものをそのまま運用していることがあるのです。
 形骸化されたマニュアルは事業化の弊害になります。訪問訓練を市町予算で事業化し、実施できるよう契約を進める場合など、なかなか進展しないことがあります。「前例がない」「他の市町ではどうか?」「マニュアルではこうなっているから」など、よく聞いてきた言葉です。契約後においても、担当の交代によってマニュアルの取り扱いが変わってしまうこともあります。マニュアルの運用を硬直化させてしまうこともあれば、弾力的な運用に積極的で、必要なら契約内容そのものを改善できたりもします。
 担当や窓口の要員交代によって取り扱いが流動的なこと自体は問題だとも思います。しかし、人次第であるというのが現状で、理解ある人と結びついていくか、啓発により理解者を増やしていく必要があります。経験上、事業の必要性を本気で理解し、進めてくれる担当者であれば、新規事業はつくれるということを実感しています。
 マニュアルの形骸化を防ぐために、事業契約のある市町などの担当者と連絡をとり続けることが、重要な業務の1つになっています。加えて、関わる視覚障害児・者が活用している障害福祉サービス、介護保険サービス、教育機関との連絡と連携に要する時間も、増え続けています。
 増え続ける理由は、視覚障害児・者の活動制限について、理解を促すための啓発的な取り組みや説明に時間を要するからです。そのため、啓発の一環として、訓練現場を様々な関連機関、関連領域の方に積極的に見学してもらおうと思いもしました。しかし、訓練中に同行して見学者に説明する熟練訓練士がいない見学では、専門性の理解が全く的外れなものになってしまい、効果が期待できないばかりか、逆効果になってしまいます。例えば、歩行訓練など、見学するだけでは白杖操作技術を教えるのが訓練士の主たる専門性と勘違いされやすいのです。それは、視覚障害の活動制限への無理解、低理解に起因するもので、啓発の難しさに直結しています。
 
4.活動制限の無理解、低理解は地域リハを停滞させる
 視覚障害児・者の大きな活動制限として、「移動」と「読み書き(情報の制限)」の2つがあげられます。視覚障害の状態によって、移動と読み書きはそれぞれ活動制限の程度が異なり、逆転したりもします。移動はできても読み書きに重篤な困難をもたらすケースもあれば、読み書きはできても移動困難なケースもあります。
 移動、読み書きに代表される活動制限の内容は多様です。眼球構造上のアクシデントだけではなく、眼球付属器、視神経、脳のアクシデント、あるいはその複合アクシデントによる結果としての視覚障害があるため、個人差を生じるのです。
 視力と視野だけをとっても、時間帯、場所、環境、天気、体調などの違いによって、1日の中でさえ見え方、感じ方が異なることも理解してもらいづらい事柄になります。
 多様な個別性、個人差を理解せずに、晴眼者に対しアイマスクなどによる障害体験を安易に実施すると、視覚障害の活動制限について、実際とはかけ離れた画一的で主観的な理解を与えてしまうことになります。視覚障害児・者の活動制限について誤ったリードをしてしまいがちな啓発が、視覚障害関係の講習会などでもあると感じます。
 また、視覚障害者自身が他の視覚障害児・者の活動制限を理解しにくいという点も、視覚障害児・者の活動制限の1つといえると思います。
 これらの結果、多くの視覚障害児・者に寄与できるバリアフリーな環境構築とはほど遠い整備になったり、他の障害特性を持つ人にはバリアーとなる環境構築になったりする場合があります。
 現場においては、視覚障害児・者にとって、既知の場所と未知の場所とで全くパフォーマンスが異なる点も、活動制限を誤解されやすい点です。自宅訪問で面接に赴く福祉関係者の前では、視覚障害児・者のパフォーマンスは自立度の高いものに見えてしまうことがあります。自宅内では難なく移動できるからです。ところが、未知の場所に行けば全く自力移動できなかったりするなど、困難を生じます。
 活動制限の無理解、低理解は、視覚リハの展開や市町など公的機関との事業契約の運用にも影響を及ぼします。多くの視覚障害児・者の場合、白杖歩行は練習したコースにおいて安全性を確保した自立度の高い歩行になります。一方、未知の場所では歩行困難か安全性が著しく損なわれるため、単に白杖の操作技術を習得すれば訓練終了ということにはなりません。新しい目的地への自立歩行を実現するためには、訓練の継続を要するのです。その理解がないと訓練が期間で区切られてしまったり、翌年度は受けられなかったりするなどの非現実的なルールが設けられてしまいます。
 市町行政の申請主義的な窓口対応は、視覚障害児・者の活動制限に対する無理解の1つです。視覚障害児・者に対しては、特に初期段階において、さらには継続的にも行政側から積極的な情報の伝達、連絡を必要とします。視覚障害児・者は、申請したくても「窓口に行くことができない」「連絡ができない」「申請できるサービスを調べることができない」など、できづらい活動制限におかれているからです。
 コロナワクチン接種の案内をするため、単身生活をしている視覚障害者宅に電話連絡を実施した市町があります。市町の担当者が、電話のやり取りの中でその方の生活状況が分かり、市町の生活訓練事業を紹介し、訪問訓練実施につながったケースがありました。これなど、申請主義的な対応ではなく、視覚障害児・者の活動制限に適切な対応を実施できた好例だと思います。
 活動制限の無理解、低理解は、地域における視覚リハを停滞させる大きな要因の1つです。

5.訪問訓練から見えてきた今後の展望と喫緊の課題
 訓練先として、自宅以外に介護施設などへの訪問が徐々に増えてきています。視覚障害者が入通所する介護施設などで、活動制限の無理解から環境整備がなされず、老化以外の諸能力低下を招いている現場に遭遇することがあります。訓練士が直接関わることで、環境整備を提案し、施設内での移動や生活の自立度を上げていく連携について、今後もますます強化していく必要があります。
 自宅以外への訪問先の増加とともに、他の疾患や障害の重複化もますます増加傾向にあります。筆者が視覚障害以外の障害福祉サービスについて職歴を有していた点や、介護福祉士などの職歴を有する訓練士を配置していることで、対応を可能とする範囲は広めですが、他の専門領域との連携強化を、ここでも求められます。
 なお、超重症児と呼ばれる人たちが背負う重複障害内容の1つである視覚障害に対しては、現在のところ訓練士は全くの無力です。また、訓練士のみならず、視覚リハを称する職域の者は、ほとんど無関心で職域の対象外になっているのではないかと思います。視覚障害である以上、訓練士として何ができるのかを考えていくべき対象であるはずなのですが、筆者も、現在のところ直接的な関わり事例を持たないままです。 
 訪問訓練の限界も見えてきています。視覚障害者同士のコミュニティ形成をすることに課題を有するのが弱点です。例えば、同じマンションに住んでいる視覚障害者宅を数件訪問していても、個人情報の観点からお互いを紹介することができかねるからです。先の入通所者施設で取り上げた課題も含め、対応していくために、視覚障害者に特化した生活基盤となる入通所施設をつくる必要性を検討中です。視覚障害の活動制限を理解して環境構築した住空間の実例と、自立生活の実現を示す必要性があります。訪問訓練だけでは解決できない、生活空間の構築に迫られているのです。
 活動制限の無理解、あるいは低理解という土壌の上に視覚リハを定着、発展させていかなくてはならない現状は、訪問訓練以外の啓発的取り組みに相当な労力を要求される実態を続けることになります。
 不思議なことに、視覚障害を取り巻く様々な支援サービスが充実すればするほど、その労力に費やす時間が増えていく傾向にあります。行政、医療、教育、福祉の関連機関との実質的な連携は、ますます全方位的に求められています。時間をかけて蓄積してきた連絡連携は全体的に充実したものになりつつありますが、各所でみれば、まだ凸凹している現状もあります。
 連絡連携を維持発展させつつ、視覚障害児・者の活動制限について理解を促す啓発をいかに継続させていくのかは、時間の確保も含めて喫緊に対応を要する課題になっています。