視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から 2022年8月号 第3回 「行政職員向けセミナーについて」

雑誌視覚障害2022年8月号の表紙
雑誌「視覚障害」2022年8月号表紙

コロナの猛烈な感染拡大と、猛暑、そして線状降水帯による豪雨と水害、今年の夏は、本当にひどい夏ですが、副反応が心配だった新型コロナウイルスのワクチン接種(4回目)も無事に終わり、幸いなことに、私は元気で過ごしています。
 毎回同じ台詞になってしまうのですが、1ヶ月経つのはあっという間、私が「月間視覚障害」編集部から依頼を受けてコーディネートしているシリーズ「視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から」の第3回目が、8月号に掲載されました。

 私は、視覚リハの普及を目指した活動をしてくる中で、実際に視覚リハを行っている現場から、視覚リハの有用性や、その方法について、どんどん広報することがとても大切だと思ってきました。しかし「広報する」には、時間とお金と人手がかかりますし、効果的に広報すると言うのは、とても大変なことだと思ってきました。
 その大切なのだけれどもなかなか現場で行えない「広報」を効果的に行っているところ「日本盲導犬協会」を知り、「行政向けの広報」を必要性と、その方法について是非書いて欲しいと思い、この広報活動に精通している歩行訓練士の堀江さんに執筆を依頼して、掲載が実現しました。
 タイトルは「行政職員向けセミナーについて~日本盲導犬協会が自治体にアプローチする理由」です。
 この内容も、是非少しでも多くの関係者に読んでいただきたくて、月刊視覚障害の編集部と相談し、執筆者の堀江さんの許可を得て、私のブログにも掲載させていただくことになりました。
 PDFデータと、テキストで掲載しておりますので、沢山の方に読んでいただければ幸いです。

雑誌視覚障害2022年8月号-堀江さん.pdfをダウンロード

視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から
第3回 行政職員向けセミナーについて
~日本盲導犬協会が自治体にアプローチする理由

公益財団法人日本盲導犬協会
歩行訓練士  堀江 智子

はじめに
 私は、歩行訓練士として日本盲導犬協会の視覚障害サポート部に所属しています。
 盲導犬協会という名称から、犬を育成し、訓練をして、盲導犬を希望する視覚障害者だけを対象にした団体というイメージがあるかもしれませんが、盲導犬歩行訓練と白杖歩行訓練、生活訓練などの視覚障害リハビリテーション事業を行っています。
 そして、当協会が行う視覚障害リハビリテーション事業の対象者は「見えない人見えにくい人(以下、視覚障害者)」としていて、居住地域や年齢、身体障害者手帳の有無も問いません。
 また、当協会の部署には、広報・コミュニケーション部があり、学校や自治体、公共交通機関、店舗、医療機関等、視覚障害者をとりまく社会に対して、社会モデルを視点にした理解促進事業を専門に進めています。つまり、当協会の事業自体が、視覚障害リハビリテーションと、社会に対する理解促進の両輪の視点で展開していくという体制になっているのです。
 今回は、今年度で3年目になる「行政職員向け『視覚障害者と盲導犬情報セミナー』」の内容を通して、「なぜ、当協会が自治体にアプローチする必要があるのか?」について、連載のテーマである「誰一人取り残さない視覚リハシステム作り」の一助になればと活動をご紹介したいと思います。

1.公益財団法人日本盲導犬協会の事業について
 当協会は、全国に11団体ある盲導犬育成事業者の1つで、国家公安委員会によって指定されていて、国内に4つの訓練センター(仙台・横浜・富士宮・島根)があります。
 盲導犬に関する法律は、身体障害者補助犬法、道路交通法等に定められていて、社会福祉法では盲導犬育成事業は第二種社会福祉事業とされています。

2.日本盲導犬協会がなぜ行政にアプローチするのか?
 盲導犬育成団体である当協会が全国の自治体に対して、なぜ、アプローチをする必要があるのかについて、理由を2つ挙げてみたいと思います。
 まず1つ目は、都道府県が実施する「身体障害者補助犬育成及び給付事業」、「身体障害者補助犬育成事業費補助金交付事業」等との関係性からです。
 身体障害者福祉法により、実施主体である都道府県が定める要綱に従い、「育成団体が実施主体から委託を受け盲導犬を視覚障害者に給付する」、または、「盲導犬希望者に盲導犬を貸与するにあたり、かかった飼育費用等の一部を都道府県が補助する」という形で、盲導犬育成事業は行われています。
 しかし、「補助犬何頭分などの予算枠」、「対象となる身体障害者手帳の等級の定め」、「書類様式や申請方法」等が各自治体によって異なり、事務手続きを行うためには、年度ごとの都道府県の補助犬担当者とのやり取りが欠かせません。
 当協会では過去3年間で年間30~35頭の盲導犬と使用者を認定していますが、都道府県から委託や補助金契約があるのは育成頭数の約半分で、残り半分は当協会の事業を通して、視覚障害者の社会参加を応援していただいている個人や企業、団体からの善意の寄付によって盲導犬を貸与しています。
 都道府県が実施する「身体障害者補助犬育成及び給付事業」、「身体障害者補助犬育成事業費補助金交付」等の対象者が、身体障害者手帳の等級で1級のみ、または1級と2級のみと定めてられているところが多かったり、予算額によって年度内に契約できる頭数に限りがあったりするため、視覚障害者が市町村窓口に盲導犬取得を相談した際には、「予算枠が埋まってしまったので今年は無理」、「2級のロービジョン者は貸与の対象ではないと言われてあきらめていた」という方も多数おられます。 窓口で当該都道府県の対象者にならないとしても、当協会の貸与条件では可能な方もいるので、盲導犬で社会参加を希望する方へ情報提供をしてほしいということを伝え続ける必要があります。
 2つ目は、自治体が行う社会への理解促進事業に対し、提案をさせていただくためです。
 身体障害者補助犬法に規定されている、第23条(国民の理解を深めるための措置)と、第25条(苦情の申出等)には、社会に対して、補助犬使用者の受け入れを促進するための活動を、自治体が積極的に行う義務があり、対象の身体障害者に対して、社会で自立した生活を送るための選択肢として、補助犬の使用促進についても自治体が先頭に立って行う必要があるということが書かれています。
 障害者総合支援法に定める地域生活支援促進事業のメニューの1つである「身体障害者補助犬育成促進事業」では、理解促進についての補助金の活用が可能です。当協会から都道府県に対して、その具体的な方法についてのご提案もさせていただいています。
 その他、当協会で把握して対応した、入店拒否等の「受け入れ拒否対応事例」等については、事案が発生した各都道府県の相談窓口に報告するとともに、その適切な対応について、育成団体と協力して再発防止に努めるご提案を継続しています。

3.後手から先手のアプローチへ
 前述のように、入店拒否をされてからの対応や、自治体窓口で盲導犬申請の対象ではないと言われ、あきらめていたという相談を受けてからの後手のアプローチから、なんとか先手に変えなければならないと考えました。
 そこで、本来、視覚障害者に伝えるべき情報や地域での理解促進活動について、自治体に周知することが先手のアプローチになると考えました。
 2008年から全国自治体約2,000か所に向けて、当協会の盲導犬事業を周知する目的で、事業紹介などの資料を発送したり、直接、障害福祉課の担当者と会い、盲導犬事業について説明する活動を行ったりして、より積極的に顔の見える活動に取り組みました。
 しかし、2020年に入ると新型コロナウイルスのパンデミックにより、当協会の事業でも、移動や対面での活動が難しくなるという状況がありました。
 そのころから、視覚障害リハビリテーション関連の団体等でも、Zoomを使ったオンラインセミナーなどが各地で多く開催されるようになり、このZoomを活用することで、これまで対面で行っていた自治体への先手アプローチをオンラインにスライドすることにしたのです。

4.行政職員向け盲導犬情報セミナーの実施
 2020年10月から始まった「行政職員向け『視覚障害者と盲導犬情報セミナー』」ですが、毎月1回、行政職員の方が参加しやすいように1時間の内容で開催しました。2部構成にして、第1部のテーマは「盲導犬を希望する方について」。盲導犬貸与までの流れや条件に加え、自治体窓口対応で、活字の福祉のしおりだけでは、補装具や日常生活用具を選択できるまでの情報提供になっていないこと、地域の視覚障害者の支援機関の連絡先を積極的に伝えてほしいことなど、自治体からの情報提供のあり方について提案しました。
 第2部は「社会の盲導犬理解について」。障害者差別解消法や合理的配慮、社会モデルにも触れながら、視覚障害者が盲導犬を取得して社会参加を実現しようとしても、社会の受け入れが進まなければ、社会参加には繋がらないということを整理してお伝えする内容です。
 受け入れ拒否の現状は7割が飲食店で起こり、次に生活上、必要不可欠な病院などで起こっています。一方で事業者は、「身体障害者補助犬法について知らない」、「受け入れについて特別な対応が必要だ」という認識の状況にあり、当協会が対応した事例では、説明をすれば84%の事業者で受け入れに転じたというデータがあります。事業者側のちょっとした不安や誤解を解消できる取り組みがあれば、受け入れ拒否は防げることなどの現状を伝えます。
 初めてセミナーを実施した2020年度は、当協会盲導犬ユーザー居住地を中心に487団体に案内を出し、77団体の参加がありました。
 参加者へのアンケートで、 「参加した理由」をお尋ねしたところ、「知りたい内容だった」、「受け入れ拒否の対応を知りたい」、「盲導犬の利用条件を知りたい」、「出張できないので、オンラインはありがたい」などの回答がありました。
 視覚障害者への対応について、「今後、情報提供方法に工夫や改善ができると思いましたか?」に対する回答では、「情報提供方法を改めて見直す」、「視覚障害=点字というイメージが強かったが、音声が有効と知った」、「プレクストークが等級によって日常生活用具の支給対象にならない方がいることを知り、デイジーでない方法も検討が必要」、「見えやすい文字の表記等は、書類を作る上でも気を付ければすぐ取り入れられる」、「署名してもらうとき、サインガイドがあれば解消できると思った」、「正しい知識を得て、その上で視覚障害の方とお話ができるようになりたい」などがありました。
 その他、「人口の少ない自治体では視覚障害の専門性のある職員も少なく、協会に助言してもらいたい」、「窓口で視覚障害の方の対応をした経験がない」、「眼科で行政サービスの内容を伝えていると思った」などの回答も。
 「セミナーは知りたかった内容でしたか?」という問いには、「各講義内容を掘り下げて全体で2~3時間くらいかけてもよい」、「受け入れ拒否の相談で、説明して事業者がすぐに理解してくれればよいが、そうでない場合の対応が不安」という内容の回答でした。
 これらの実施経験を活かし、2年目の2021年度からは、毎月実施するオンラインセミナーに参加する方法と、YouTube動画でいつでも視聴できる方法の2つの選択肢を基本講座として用意しました。加えて、基本講座を深掘りした応用講座として30分の動画を9種類作り、希望する自治体に毎月1講座YouTube動画で配信しました。
 応用講座の内容は、「視覚障害者の心理」、「盲導犬ユーザーの受け入れ事例紹介」、「視覚障害者の移動(歩行)とは」、「盲導犬に関する法律と行政の役割」、「補装具・日常生活用具について」、「盲導犬歩行の実際 共同訓練の指導内容等から」、「補助犬の衛生管理」、「災害時の補助犬の対応 行政・ユーザーの準備」、「視覚障害者のICTの活用・就労について」です。
 2年目は、2,151の自治体にセミナーの案内をして、基礎編申し込みは108団体でわずか5%、応用編申し込みは67団体3%という結果です。基礎編YouTube再生回数は98回、9つの応用編YouTube再生回数は平均約50回と、少ない参加者ではありましたが、これまでにお会いする機会がなかった地域からの参加も多数ありました。

5.先手のアプローチでわかったこと
 視覚障害者にとって、眼科での情報提供の次に重要な機関は、身体障害者手帳を申請したり、行政サービスについて相談したりする地域の行政窓口です。しかし、見えにくい人に紙媒体の福祉のしおりを渡しただけでは、当事者が障害の種類、程度に応じた支援を選択できる体制になっているとは言えません。
 また、セミナー内の質疑応答の中では、一部の自治体でしたが、情報提供が「申請主義の原則から外れ、行政サービスの押し付けになること」と混同された発言や、「眼科で視覚障害に関する情報提供がすでにされているのでは?」という質問がありました。もし他の地域でも、そのような認識があるとしたら、自治体が積極的にその役割を果たさなければならないことや、視覚障害者からも自治体窓口に対して情報提供のニーズがあることを、しっかりお伝えしていかなければなりません。
 以上の理由から、当協会では当事者が困って相談に来る前に、先手として自治体へのアプローチを積極的に行っています。

6.理想的な自治体の一例
 ここで、理想的な自治体の一例として、富士ハーネスの所在地である富士宮市の障がい療育支援課との取り組みを紹介したいと思います。
 市役所内には、手話通訳者の配置と同様に、視覚障害に関する担当者が、会計年度任用職員として配置されていて、点訳、音声CD、拡大文字を準備し、口頭での情報提供や相談を行っています。
 2021年度からは、当協会と連携し、富士宮市主催による「見えにくい人の生活相談会」を毎月実施し、補装具や日常生活用具類を実際に体験できるようにしたり、視覚障害当事者の相談員と生活相談をする取り組みを行っています。いわば、市役所を中心とした小さいスマートサイト(ロービジョンケアネットワーク)で、コーディネーターが視覚障害に対応する市の職員という形です。
 各地域でも、障害者総合支援法の地域生活支援推進事業に基づき、各自治体が任意で実施している意思疎通支援事業において、視覚障害支援に特化した点訳、代読、代筆、音訳支援に対する職員の配置から、富士宮市のような仕組みづくりを検討できないか期待するところであります。

おわりに
 障害種別としての視覚障害は人数的にも少なく、ましてや盲導犬の使用者は1,000人にも満たない状況です。だからと言って、対応の優先度が低いと判断されたり、知識や経験不足を理由に対応が遅れ、視覚障害者が取り残されてはなりません。
 当協会は、全国を対象に活動する施設として、視覚障害に配慮された情報が、どの地域にもいきわたり当事者が選択できる環境を作ること、そして盲導犬と共に社会参加したい人が、当たり前に暮らせる社会となるよう、自治体に対し、連携の呼びかけを続ける必要があると考えています。