視覚障害者向け機器展示室ルミエールサロン 20周年記念式典に出席して -20年の軌跡から見えてきたこと-

月刊視覚障害2022年2月号表紙
月刊視覚障害2月号表紙

新型コロナウイルス感染拡大を防止するために、昨年は、研究会や研修会もみんなzoomを使ってのオンライン方式で、リアルに会場で人に出会うことが出来なかった中、リアルに出席させていただいた、「ルミエールサロンの20周年記念式典」でのことを、月刊視覚障害2022年2月号に書かせていただきました。それからあっという間に1ヶ月経ち、寒かった長い冬も終わろうとしています。コロナ禍は、第6波に突入し、相変わらずオンラインの会議会議、でも、オンラインだと全国から自由に集まれる。これも視覚リハの普及活動には良いチャンスです。
 さて例によって、発行から1ヶ月を経た「20周年記念式典での私の思い」を月刊視覚障害編集の許可を得て、掲載いたします。昔を振り返ることで、これからを考えたいと思って書いた記事です。読んでいただければ幸いです。
 所で、一昨年の暮れに、少し贅沢な気分を味わいたくて買ってきた胡蝶蘭の鉢。人に教わり、ネットで調べて、一生懸命育てたら、こんな見事な花が咲きました。空気中に伸びた緑色のひもみたいな物は根なのだそうです。この根で、空気中の水分を吸収したり光合成をするのだとか。その生命力に感激しながら癒やされています。では本題に入ります。

見事に満開に咲いてくれた胡蝶蘭。2年目なのに可憐な白い花がきれいです。鉢の外に、細くて緑色をした根が一杯伸びています。
自宅で見事に咲いてくれた胡蝶蘭
橋本元知事夫妻と私と別府さんでの記念撮影シーン
橋本元知事夫妻と私と別府さんでの記念撮影

1.はじめに
 これからお話しする「ルミエールサロン」とは、高知県障害福祉課と高知県身体障害者連合会が連携して取り組んできた、高知県立盲学校内に設置されている視覚障害者向け機器展示室のことです。その「20周年記念式典」(主催:高知県障害福祉課、高知県身体障害者連合会)が、2021年10月16日、オーテピア高知図書館(高知市)4階ホールで行われました。
 私は高知女子大学(現・高知県立大学)に赴任した時に、その立ち上げに関わったということで、「誰一人取り残さない高知の視覚リハに必要なこと」というテーマで、記念講演をさせていただきました(注1)。新型コロナウイルスの感染拡大が続いている時期でしたが、会場とオンラインの二元方式で開催され、約80人が出席される中、私は2年ぶりに第二の故郷である高知で講演することができるという素晴らしい機会を与えていただいたのです。
 ルミエールサロンが目指していた「医療と福祉・教育の連携」を象徴するように、この式典は「高知県眼科医会」が共催してくださり、会場には、同会からお祝いに贈られた色鮮やかなスカシユリなどのスタンド花が飾られていました。また、ルミエールサロン誕生の基盤を作った「職員提案事業」の生みの親である橋本大二郎元高知県知事と奥様も出席してくださるなど、式典は終始和やかな雰囲気の中で催されました。
 本誌に寄稿させていただくこの機に、「職員提案事業」に応募したあの時の原点に戻って、「20年前、なぜ高知で理想に近い形の視覚リハシステムができたのか」ということと、そこから学んだ「視覚リハシステムのあるべき姿」について、あらためて考えてみたいと思います(注2)。

2.高知県の実態に合った理想の視覚リハシステムを形に
 1999年4月、高知女子大学社会福祉学部に講師として赴任した私は、大学の社会貢献事業の一環として、高知県での視覚障害リハビリテーション(以下、視覚リハ)システムの普及を目指したいと思っていました。同じ時期、別府あかね(べふ あかね)さんは視覚障害者生活訓練指導員(現在、厚労省では視覚障害生活訓練等指導者としているが統一されていない。歩行訓練士のこと)の資格を取得して高知に戻ってきたところでした。二人が出会い、歩行訓練や日常生活訓練をはじめとする視覚リハサービスの有用性と効果を周知させる活動を同年に開始したのですが、別府さんが歩行訓練士という専門家として働く基盤も、紹介する視覚障害者用の機器もない状態でした。
 そんな時に、当時の橋本大二郎県知事が1997年から行っていた「職員提案事業」を知ったのです。この事業は、県の職員が県の行政を改善するために政策を提案し、その提案を知事が審査して、「これは」と思うものには独自に予算をつけて、県の事業として行うというプロジェクトでした。この提案事業に、別府さんや県の障害福祉課の方たちの知恵を借りながら応募し、採択されたのが「ルミエール(フランス語の光)プランの提案―福祉・教育の枠を乗り越え、高知県の視覚障害者の生活の質向上をはかる事業―」(注3)でした。
提案内容は5項目からなりますが、
1 提案理由」は紙数の都合で省略し、続く4項目を以下にご紹介します。

2 事業の達成目標
 視覚障害者、家族、その方たちに関わる保健婦、看護婦、介護支援センター職員などが、福祉の窓口、教育の窓口など、どの窓口からアプローチしても、必要な情報が提供され、満足のいく適切なサービスを受けられるようなネットワークを造ることを最終目標として、本事業は、その第1段階とし、下記の事業を実施する課程で、異職種の方たちが相互に充分な情報交換と理解が出来ることを目標とする。

3 事業の内容
(1)盲学校の一般に開放可能な空き教室を利用し、本プランで購入する拡大読書器、…(中略)…視覚障害者用の便利なグッズを展示し、県の視覚障害者、家族、関係者が自由に閲覧・試用出来るようにする。(後略)
(2)盲学校の開放可能な教室や本プランで購入した機器類を活用し、盲学校教員・視覚障害者生活訓練指導員・研究者などを講師とし、保健婦、看護婦、ホームヘルパー、介護支援センター職員など、視覚障害者と出会う専門家を対象に、視覚障害者への理解を深め、処遇技術などを紹介する講座を開催する。
(3)本年度、療育福祉センターで行った視覚障害者巡回相談事業を拡大し、障害福祉課、障害児教育室・盲学校教員、視覚障害者生活訓練指導員、研究者等が(2)の機器類をバスに乗せて、県内の遠隔地、中山間地域など、高知市に出て来にくい所に、年3-4回出張し、視覚障害者の出前相談、専門家に対する出前講座を開催する。
(4)視覚障害者に対する自立支援事業先進地域から講師を招き、講演会を開催する。
(5)上記4つの事業などを円滑に進め、相互理解を深めるため、県障害福祉課に調整役をお願いして、連絡会議(事例研究会のような形式張らない会議)を開催する。(後略)

4 視覚障害者生活訓練指導員の人件費を県で一人分保障すること
 上記プランを円滑に運営し、充実したものにするためには、視覚障害者のリハビリテーション専門家である「視覚障害者生活訓練指導員」が、高い専門性を発揮し、教員や他の専門職と対等な立場にあること、当プランに充分な時間がさけることが必要不可欠の条件であるので、県は、「視覚障害者生活相談・訓練事業」内容を拡大し、「遠隔地巡回相談」「啓発活動(2年後に迫った、全国障害者スポーツ大会のサポーター、ボランティアの養成も重要となる)」などの要素も加え、視覚障害者生活訓練指導員を専門家としての身分保障のもとに、一人分の人件費を保障するべきである。

5 必要費用について
 生活訓練指導員の人件費、機器などの購入費、諸経費合わせて600万円程度(詳細は省略)。

3.職員提案事業の予算獲得が可能にしたこと
 20年以上前の高知県においては、中途視覚障害者に対する視覚リハサービスの存在も有効性もほとんど知られていませんでした。もちろん、このような状況は高知県に限ったことではありませんし、当時は「リハビリテーションは生活の自立、特に経済的自立を目指すサービスである」と考えることが一般的な傾向としてありました。そのため、65歳以上の高齢視覚障害者が視覚障害者全体の7割以上を占めていた高知県においては、視覚リハサービスのニーズはほとんどないとも考えられていました。ニーズのないサービスには予算が配分されないのは、国や地方自治体の政策としては常識的なことでした。
 しかし、職員提案事業の予算はそのような考え方の枠の外にあり、知事の独自の裁量で採択されるものであったため、当時私たちが考えていた視覚リハサービスの理想型を形にすることができたのです。特に、その存在を一般には認められていなかった視覚障害者生活訓練指導員の人件費を、視覚リハ専門家としてその仕事に専念できるよう確保できたことの意義は、その後の高知県の視覚リハサービスの発展にとって大変大きな基盤になったと私は考えています。
 そして、職員提案事業が担当部署の直轄事業として行われたため、県障害福祉課の方たちが巡回相談等の現場でスタッフとして直接関わることになりました。それにより、視覚障害者生活訓練指導員が専門家として学んだことを駆使して活動する姿や、視覚リハサービスを利用した当事者や関係者の皆さんがその対応や結果に満足し、喜んで帰って行く姿を、県の職員の方々は目の当たりにし、提供している視覚リハサービスの効果を実感することができました。
 職員提案事業は1年間に限った事業でしたから、事業継続のためには、既存の予算枠から担当部署の方たちが予算を取ってくる必要があります。「自分たちが取ってきた予算が実際に効果的に使われている」と予算獲得に携わる方たちに実感していただいたことが、その後も運営方針を変更することなく、事業予算の獲得を継続することができた大きな理由だと思います。

4.ロービジョンケア普及のため再び職員提案事業に応募
 2000年に提案した「ルミエールプラン」では、医療との連携については深く触れることができませんでした。当初、歩行や日常生活訓練などの視覚リハの理論や方法は、眼科医療の手が離れてしまった全盲の方たちのリハの方法として確立され、我が国への導入と実践も視覚障害者の支援を行っている施設等で行われているに過ぎませんでした。そのため、医療関係者には視覚リハの存在も効果もほとんど知られていなかったのです。
しかし、視覚リハサービスを必要とする視覚障害者は、病気の治療のためにまず眼科を受診します。そこで、医療による視機能回復が望めない方たちに、視覚リハサービスの存在やその効果について、早期に眼科医から紹介してもらうことができれば、人生の半ばで見えない・見えにくい状態になり、途方に暮れている方たちにとって大きな助けとなると考えました。それを実現するためにも、眼科医や医療関係者と視覚リハ関係者との緊密な連携の確立を、私たちは強く切望していました。
 一方、視覚障害者の9割は何らかの形で「保有している視覚」を使うことができ、その「保有視覚」を評価し、光学機器などを使って生活の質を向上させようという「ロービジョンケア」の試みが、眼科医や研究者、弱視レンズなど光学機器を扱う方たちの間で広がり始めていました。
 このロービジョンケアの考え方を取り入れて、見えにくい方たちへの効果的な視覚リハサービスを高知でも行いたいと考えて、私たちルミエールプランの関係者は、2004年に再び職員提案事業に応募し「視覚障害者自立支援事業(ルミエールプランのステップアップ)」が採択されました(注4)。
 この提案の「事業の目的及び内容」は以下の通りです。

 高知県の視覚障害者(手帳所持者)約3700人の約9割がロービジョン(弱視)であるが、これらロービジョンの方たちの見え方についてきちんと評価し、当事者に自らの見え方を自覚してもらったり、保有視覚をより良く使えるようアドバイスしたり、光学的補助具をフィッティングすることの重要性や効果については、ほとんど認識されていないことが、過去4年半の視覚障害リハ普及活動の中で明確になってきた。そこで、本事業においては、2001年6月から盲学校に設置されている「ルミエールサロン」にロービジョン用の各種トライアルセットを置き、ロービジョン当事者にそれを試用してもらい、適切な補助具選定をすることによって、ロービジョンの方たちの自立性と生活の質の向上をはかるとともに、不適切な補装具給付による税金の無駄な支出を防ぐことを目的とする。
 また、ロービジョンケアの重要性についての医療、教育、福祉分野での認識が充分でないこと。適切な補助具のフィッティングを行ったり、自分の意志を伝えることができない乳幼児や重複障害者の視機能評価を行える専門家が県内にほとんどいないので、県外から優れた実践を行っている専門家を講師として招き、視機能評価の重要性とロービジョンケアの重要性を認識し、トライアル機器を正しくフィッティング出来る専門家育成を行う。また、トライアル機器の貸し出しなどを媒介として、医療・福祉・教育の連携をさらに強固なものにしていくことを目指す。

この提案で要求した予算額は合計350万円(最新の弱視用光学機器・乳幼児向けの視力検査キット等の購入費、ロービジョンケア技術研修会費用など)で、ほぼ提案通りに認めていただきました。

5.ルミエールサロン設立の原点に戻って思ったこと
 橋本元県知事は、記念式典の締め括りのご挨拶の中で「ルミエールプランが20年間も続き、こんな形で発展していることを大変喜んでいます」とおっしゃってくださいました。20年前、中途視覚障害者に対する視覚リハという存在も、ロービジョンケアの効果も、それら視覚リハサービスに携わる専門家としての視覚障害者生活訓練指導員の存在も、まだほとんど知られていない時期に、視覚リハサービスの必要性や多職種連携で行うサービスの在り方について理解していただき、2回にわたり職員提案事業として採択してくださった橋本元知事の英断に、私はあらためて感謝し、気持ちが高揚していくのを感じました。
 ルミエールサロンの存在は、職員提案事業という基礎の上に成り立っていることは確かです。しかし、その基礎を生かして、高知の視覚リハシステムをここまで発展させてこられたのは、県の障害福祉課の担当者の方たち、そして、相談や訓練の現場で、高齢視覚障害の方たちや重複障害の方たち等の難問に取り組んできた関係者の方たちの絶え間ない努力の賜物なのです。
その後、日本眼科医会の働きかけの下、地域で連携して行うロービジョンケア「スマートサイト」(注5)の実施が全国で始まりました。高知県でも、スマートサイトのリーフレット作り(注6)をきっかけとして、医療、福祉、教育、行政の関係者が集まって、継続的な勉強会と意見交換の場を持っています。
 ルミエールサロンの20年間の活動は、常に視覚リハに対する多職種の理解と協力の下に行われてきました。その土台の上に医療との緊密な連携への道が拓けてきたのです。この機会を生かして、次の10年、どのように発展して行くか…私はその未来への期待にワクワクしながら、この活動からさらに学ばせていただこうと思っております。

6.おわりに
 現在、超高齢化と超少子化の進む我が国では、従来の社会福祉制度や施策に捉われず、新しい地域共生社会を作るための模索が始まっています。見えない・見えにくい方たちのニーズに即した支援システムを考える時、「既存の制度や枠組みに捉われず、何が必要か」というところから発想する姿勢がとても大切なのだと、ルミエールサロンの開設の契機を振り返りながら、あらためて確信した次第です。

(注1)講演内容については、私のブログ「吉野由美子の考えていること、していること」にプレゼンテーション資料を掲載。
https://yoshino-yumiko.net/2021/10/20.html
(注2)ルミエールサロン設立時の詳しい情報は下記参照。
別府あかね他「高知県における視覚障害リハビリテーションの啓発活動」、吉野由美子他「高知県における視覚障害者自立支援システムの構築を目指して」。以上、『第10回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集』、2001年、pp.74-81。
吉野由美子他「高知県における視覚障害者自立支援システムの構築を目指して2」、別府あかね他「高知県における視覚障害者の啓発活動2」。以上、『第11回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集』、2002年、pp.49-56。
(注3、注4)2000年と2004年の職員提案全文は「吉野由美子の考えていること、していること」に掲載。
https://yoshino-yumiko.net/2021/12/post-34.html
(注5)スマートサイトの説明については下記参照。
https://www.jarvi.org/for-medical/#04-01
(注6)リーフレット「高知家のいっぽ」に関する情報。  
https://machida-hp.com/low_vision/content/leaflet/

(写真説明)
記念式典会場で撮影された写真。右から別府あかねさん、筆者、橋本大二郎元高知県知事夫妻。筆者は黒のジャケット姿で車椅子を使用している。4人の背後には、鮮やかなオレンジ色のスカシユリなどが入ったカラフルなスタンド花が飾られている