2020年2月号から連載を始めた「高齢視覚障害者を取り巻く問題を直視する」の連載も12回を数えて、ついに最終会となりました。連載を始めた時は、5回ぐらいのつもりでしたが、取材を進める中で、私が思ってもいなかった問題が見えはじめ、そして取材の中でいろいろな出会いがあり、内容がどんどん広がって行きました。1年にわたる長い間、この連載を読んでくださった皆様に感謝すると共に、1年にわたって連載を続けさせてくださった「月刊視覚障害編集室」の皆さんにも深く感謝いたします。
私なりに一生懸命、この問題に迫り、ほんの少しでも解決の糸口が見つけられないだろうかともがいて見ましたが、まだスタートラインに立っただけという感じがしています。
次に走り出す前に、少しエネルギーを補給して、また新たな切り口を見つけて、この問題に自分ごととして取り組み続けて行くつもりですので、またその時にはお付き合いください。
なんとなく癒やしを求めて,昨年12月に衝動買いした胡蝶蘭の鉢植え、1ヶ月以上、私の目を楽しませてくれました。水をやりすぎないように、湿度の保持をして、等等、気を配って世話をするものがあるって良いですね。生活に張りが出ますから。さて気持ちを新たにして、コロナに負けずに暮らしていこうと思っています。
はじめに
本連載を月刊『視覚障害』編集室に提案した時には、5回ほどの連載を考えていた私ですが、取材を進める中で、この問題の深さと広さに、改めて気づかされました。当初は「高齢視覚障害者」のケアやリハビリテーションが整っていない点ばかりが目に飛び込んできていました。しかし、この難問に真正面から取り組み、解決の道筋を模索している当事者や支援者、視覚リハ専門家の方々に出会う中で、私自身も、問題を指摘するだけでなく、解決の糸口や可能性にも触れたいと思うようになりました。そういうわけで、連載は12回、ちょうど1年に及ぶことになりました。
今回は、その総まとめとして、「高齢視覚障害者に対する視覚リハが普及するためのポイント」について、連載を通して得た私なりの考えをお示ししたいと思います。
1 障害者権利条約の考え方を基礎としよう
我が国では2014年1月20日に批准し、同年2月19日に発効した「障害者の権利に関する条約」(障害者権利条約)(注1)の第25条と第26条を、私たち視覚リハ専門家と支援者は、その活動の基礎に置くべきと考えます。
第25条 健康
締約国は、障害者が障害に基づく差別なしに到達可能な最高水準の健康を享受する権利を有することを認める。締約国は、障害者が性別に配慮した保健サービス(保健に関連するリハビリテーションを含む。)を利用する機会を有することを確保するための全ての適当な措置をとる。締約国は、特に、次のことを行う。
(a)障害者に対して他の者に提供されるものと同一の範囲、質及び水準の無償の又は負担しやすい費用の保健及び保健計画(性及び生殖に係る健康並びに住民のための公衆衛生計画の分野のものを含む。)を提供すること。
(b)障害者が特にその障害のために必要とする保健サービス(早期発見及び適当な場合には早期関与並びに特に児童及び高齢者の新たな障害を最小限にし、及び防止するためのサービスを含む。)を提供すること。
(c)これらの保健サービスを、障害者自身が属する地域社会(農村を含む。)の可能な限り近くにおいて提供すること。
…(以下略)…
第26条 ハビリテーション(適応のための技能の習得)及びリハビリテーション
1 締約国は、障害者が、最大限の自立並びに十分な身体的、精神的、社会的及び職業的な能力を達成し、及び維持し、並びに生活のあらゆる側面への完全な包容及び参加を達成し、及び維持することを可能とするための効果的かつ適当な措置(障害者相互による支援を通じたものを含む。)をとる。このため、締約国は、特に、保健、雇用、教育及び社会に係るサービスの分野において、ハビリテーション及びリハビリテーションについての包括的なサービス及びプログラムを企画し、強化し、及び拡張する。この場合において、これらのサービス及びプログラムは、次のようなものとする。
(a)可能な限り初期の段階において開始し、並びに個人のニーズ及び長所に関する学際的な評価を基礎とするものであること。
(b)地域社会及び社会のあらゆる側面への参加及び包容を支援し、自発的なものであり、並びに障害者自身が属する地域社会(農村を含む。)の可能な限り近くにおいて利用可能なものであること。
2 締約国は、ハビリテーション及びリハビリテーションのサービスに従事する専門家及び職員に対する初期研修及び継続的な研修の充実を促進する。
3 締約国は、障害者のために設計された補装具及び支援機器であって、ハビリテーション及びリハビリテーションに関連するものの利用可能性、知識及び使用を促進する。
なぜ、突然、障害者権利条約を少し長めに引用したかというと、第25条では、高齢視覚障害者のリハビリテーションの基盤となる保健サービスについて、第26条では、ハビリテーションとリハビリテーションについて、それらを適切に受けることが障害者の権利であり、締約国は、障害者がこの権利を行使するためのあらゆる施策を行なうべきであることが、しっかりと述べられているからです。
我が国ではリハビリテーションという考え方が、障害者の職業自立とセットになって捉えられ、導入されてきた歴史が長く、高齢者に対するリハという考え方は、まだ根づいていません。視覚リハも同様に、職業自立のための訓練という意味合いが強かったので、高齢視覚障害者に対するリハビリテーション(以下、高齢視覚リハと略す)という考え方は、視覚リハ専門家の中でも、なかなか受け入れられなかったのだと考えられます。だからこそ、私たちは、高齢視覚障害者がリハサービスを受けることは、国際的にも認められた「権利」である、ということをきちんと理解し、普及啓発に真剣に取り組むべきなのです。
2 高齢視覚リハの真の到達点
視覚リハの真の到達目標は、「見えない・見えにくい状態になって『一人では何もできない』と思い込んでいる方が、歩行訓練や日常生活訓練を受ける中で、『できることがたくさんある』『生きていける』という自信を取り戻すこと」であるにもかかわらず、いつの間にか「技術の習得」が、その目標とみなされるようになっていたのではないかと、私は考えています。これから職業に就き、社会復帰を目指す若年から中高年の方たちにとって、技術の習得は確かにとても大切なことです。しかし、技術の習得や経済的自立などばかりが視覚リハの到達目標として前面に出てしまうと、高齢視覚リハは非効率的なものとされ、切り捨てられてしまいます。
その高齢視覚リハの到達点は、「高齢になって見えない・見えにくい状態になり、『一人では何もできない』『今までの生き方を維持できず、不安の中で暗い余生を送る』と思い込んでいる方が、視覚リハ専門家や同じ仲間とのふれあいの中で『できることが、まだたくさんある』という自信を取り戻し、『できない部分は、家族や社会資源などに頼るということを自身で選択をする力』を身につけ、社会とのつながりや自身の役割を再発見していけるようにすること」だと私は考えます。つまり、高齢視覚リハの立脚点もまた、「視覚リハの真の到達点」を大切にすることに外ならないのです(連載第7回参照)。
従って、高齢視覚リハのプログラムもまた、技術習得を中心とするだけでは不充分で、介護や地域の社会資源との連携、社会とのつながりを模索する必要があるのです。
3 高齢になってからの中途視覚障害者を念頭に置いた戦略
私たちが介護保険の利用対象年齢となって、いわゆる介護認定を受けると、概ね1割負担で、様々な介護保険サービスを利用できるようになります。しかし、介護保険サービスが、その方の障害特性に配慮した専門的なサービスではない、ということは、よく知られています。そのため、見えない・見えにくいことで、適切なケアやリハサービスを受けられていない多くの方が、恐らく潜在的にもいらっしゃることは既にお示ししました(連載第1回参照)。
見えない・見えにくい方たちの高齢化が進んでいるにも関わらず、そのような方たちに対するケアや、特に視覚リハに関するノウハウは、視覚リハ専門家である私たちのところにしか蓄積されておらず、一般にはほとんど知られていません。特に介護保険適応年齢に達してから、視覚情報を充分には使えない状態になった方たちは、身体障害者手帳を取得するメリットどころか、障害福祉や視覚リハのことを何も知らないまま、介護保険サービスだけを受けることになっていきます。
視覚リハを含め視覚障害者に特化したサービスは、障害者総合支援法を根拠に、身体障害者手帳を取得した視覚障害者を対象に制度設計や運用がなされてきました。そのような経緯から、高齢で中途視覚障害者になった方たちに焦点を当てた視覚リハサービスは、今までほとんどありませんでした。今後は、手帳を取得していない高齢者も視野に入れた視覚リハ、あるいは障害福祉サービスの構築を模索する必要があります。
また、既に手帳を所持している視覚障害者が65歳になって介護保険サービスへ移行した際に起こる、いわゆる「65歳問題」も存在します。私たちは、介護保険サービスと障害福祉サービスのそれぞれについて知識を深め、どのように併給していくのかも、しっかり考えて、判断していく必要があります(連載第10回参照)。
障害福祉サービスから介護保険サービスに移行する過程で発生する様々な問題を緩和するために、厚生労働省は全国の自治体の担当部署に向けて、たくさんの通達や通知などを出しています。しかし、役所の担当者が概ね3年ごとに異動すること、手帳を取得している視覚障害者は少数であることなどが相まって、それらの通達や通知などは、障害福祉の担当者にも、介護保険の担当者にも、ほとんど知られていない、把握されていないというのが実情です。そのことを踏まえて、視覚リハ専門家も自分たちの活動の根拠となっている法制度についての問題意識を持ち、さらに弁護士らとの連携も築いていく必要があると考えます。
4 連携に向けての啓発活動がカギ
再三くり返してきたように、視覚リハについては、その存在も、効果も、当該分野の専門家がいることも、世の中にあまり知られていません。まして、高齢視覚障害者に対しても視覚リハが行なわれ、効果をあげており、少しずつではあるにせよ、その方法や知見が蓄積されてきているということなどは、ほとんど知られていません。
見えない・見えにくい状態にある高齢者に現に関わっている介護職員もケアマネジャーも、視覚リハの存在さえ知りませんから、高齢視覚障害者の抱えている日常生活上の困難を解決できないばかりか、そのニーズを充分に把握できずにいます。そのような介護の現場にいる方たちが、視覚リハ専門家に相談し、支援を求めたり、連帯して問題解決に当たったりすることも、めったに見られません。
このように、どこに相談すればいいのかわからない、相談できる専門家がいるということすら知られていない、それどころか何が困りごとなのかも充分には把握されておらず、そのニーズの存在さえ顕在化していない、というのが、高齢視覚障害者をとり巻く現状です。これは、ちょうど20年前、高知県で「ルミエールサロン」を立ち上げ、訪問での視覚リハシステムを構築する前の、同地の視覚障害当事者・支援者が置かれていた状況と、非常に類似していると私は思います。
このような事態を打開するためには、視覚リハ専門家が、自身が関わった一つひとつのケースにおいて、当事者の状況が少しでも好転するよう最大限の努力をし、その過程を関係する多職種間で共有して、効果を確認してもらう、ということを積み重ねていくしかないのだと思います。ケアマネジャーをはじめ介護の現場の方たちに、当事者の変化と笑顔を見てもらうことによって、多職種間のつながりが生まれ、高齢視覚障害者の抱える問題に困っていた多方面の関係者、それらの問題の存在に気づかずにいた方からの依頼が、ゆっくりですが着実に増えていきます。そして、その一つひとつの依頼に丁寧に応えていくことこそが、高齢視覚リハの普及にとって、非常に重要であり有効なのです。
同時に、視覚リハの方法や効果についての絶え間ない啓発活動が重要です。従来の視覚リハでは当事者・家族・眼科医などが対象の中心でしたが、高齢視覚リハでは、地域包括支援センターや老人ホーム、デイサービス施設など、介護関係の施設・団体なども常に念頭に置くべきです。視覚障害関係の機器展や講演会などに介護関係の方を誘うことも効果的です。
歩行訓練士(視覚障害生活訓練等指導員)は、他の様々な仕事との兼業が多く、相談対応だけで精一杯であることや、所属機関が「訓練士の仕事は訓練をすること」という方針でいることがまだまだ多いように感じられます。しかし、訓練の希望者を待っているような姿勢では、「今さら視覚リハなど」「お迎えが来るまでの辛抱」「私たちが介護してあげるからいい」と思っている当事者や家族、関係者から視覚リハに対するニーズを引き出すことは、ほとんど不可能に近いでしょう。ちょっとしたきっかけを作って、地域自立支援協議会やケア会議などに、小まめに出席して連携を深めることも有効です。
ところで、地域生活支援事業として行なわれている訓練事業では、手帳を所持していない方の受け入れや、比較的自由な啓発活動も可能ですが、各自治体の考え方の違いで、地域格差が大きいです。また、それらの訓練の実績や効果などの統計は、自治体ごとに集約されるのみで、国の政策決定に反映されないという問題があります。一方、自立支援事業として実施されている機能訓練事業においては、従事する視覚リハ専門家の数も多く、訓練内容も充実していますが、対象が手帳所持者に限られ、多職種へ向けた啓発活動を業務として行なうには多くの制約があるため、高齢視覚障害者のニーズに応える、あるいはニーズを掘り起こすことが非常に難しい状況です。
そこで、地域生活支援事業と自立支援事業、それぞれに従事している視覚リハ専門家同士の相互理解と情報の共有も必要なのです。
5 高齢視覚リハの果たすべき役割の再確認
連載第8回では、Aさんという一人暮らしの男性が、訪問訓練の結果、「拡大読書器」を使って読み書きができるようになり、95歳で亡くなる3カ月前まで、豊かな人生を送っていたことをご紹介しました。
ルミエールサロンの金平景介さんに伺ったたくさんのお話の中からこの事例を紹介したのは、高齢視覚リハにおいては、視覚リハサービスを提供し、ご本人のQOLが向上しても、その後、長い期間を経ずに、ご本人が亡くなるケースが、当然あるということを示したかったからです。その限られた時間であっても、見えない・見えにくい状態になったというつらさを抱えて、諦めて生きていくのではなく、自分らしく、生きがいを持って生き抜くお手伝いをするのが、高齢視覚障害者に対する視覚リハの重要な役割なのです。そのことを、皆さんに再確認していただきたかったのでした。
6 連載の終わりに
「高齢視覚障害者をとり巻く問題を直視する」を連載する中で、たくさんの方のお力をお借りしました。お一人お一人のお名前は記しませんが、ここに感謝申し上げます。
この連載を通じて高齢視覚リハをとり巻く問題の深さと広さを痛感しつつ、自分の限られた知識の中で、ほんの一部ではありますが、高齢視覚リハの普及のために、私たちが踏まえておかなければならないと思われることを記しました。相談支援の現場を離れて、ずいぶん月日が経つ私ですので、的外れなことも多かったと思いますが、皆さんが高齢視覚リハに取り組まれる上で、お役に立てば幸いです。
私自身は、今回学んだことを出発点として、今後も高齢視覚障害者の問題を自分事として、より深く掘り下げていきたいと考えています。
注1 外務省ウェブサイト「障害者の権利に関する条約」 https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_000899.html