高齢視覚障害者をとり巻く諸問題を直視する――支援システムの構築を目指して 第11回 高齢視覚障害者が社会の中で役割と生きがいを持てる視覚リハの在り方

雑誌月刊視覚障害12月号表紙
雑誌月刊視覚障害12月号表紙

コロナウイルス感染拡大の影響に振り回された2020年も、残すところあと6日になりました。そして、この1年私の生活リズムを決めていた「高齢視覚障害者を取り巻く問題を直視する」の連載も、ついに2021年1月号で終わりになりました。高齢視覚障害者の支援の問題を頑張って勉強し、掘り下げてきたつもりですが、連載を終わって見ると、まだ何も分かっていないような気がしています。

 少し虚脱感もあり、今は頭が回らない状態です。ちょうど「ステーホーム」の年越しになりますから、ゆっくりと鋭気を養って、また真剣に高齢視覚障害者の問題に取り組んで見たいと思っています。この1年連載を読んできてくださった皆さんありがとうございます。

 さて、2021年1月号は、来年になってからこのブログにアップします。まず12月号連載11回目をお読みください。

 コロナ禍に負けないで良い年をお迎えください。

はじめに
 この連載記事を書かせていただく中で、私にとって新しい複数の出会いがありました。そして、その方たちが、それぞれの思いを抱き、視覚障害者の支援や相談に関わる中で経験してきたことを伺う機会もありました。それらのお話は、高齢視覚障害者への視覚リハサービス(支援)を考えていく上で、今まで私にはなかった、新しい考え方(視点)を発見するきっかけとなりました。
 今回は、その新しい考え方を私に気づかせてくださった方々の中から、白井夕子さんへのインタビューを中心にお送りします。東京都盲人福祉協会(都盲協)でIT機器や点字の訓練に従事されている白井さんが「何に気づいたか」をご紹介し、そこから高齢視覚障害者への視覚リハの新しい視点を浮き彫りにしたいと思います。

1 都盲協が実施している中途失明者緊急生活訓練事業
(1)歴史ある団体
 都盲協は1902(明治35)年、自由民権運動の父とされる板垣退助の指導のもとに「盲人生活擁護と失明という同じハンディを持つ者同士団結して問題解決に当たること」を目的に結成されました。120年近い歴史を持ち、今では相談・訓練事業などだけでなく、就労継続支援B型事業所「パイオニア」も運営しています。
 「視覚障害者にとって物理的、精神的にもバリアのない社会、すなわち障害者が障害を意識せず暮らすことが出来る社会の実現を目指して」活動しており、その「果たすべき役割は益々増大しつつあります」(注1)とのことです。
(2)相談・訓練事業の概要
 都盲協の相談・訓練事業は、都の補助事業として行なわれているもので、都内在住の身体障害者手帳所持者が対象です。この「中途失明者緊急生活訓練事業」は、1983(昭和58)年に東京都からの委託事業としてスタートしており、当初は「措置制度」でしたが、現在では障害者総合支援法に定められた「地域生活支援事業」に位置付けられているものです。
 訓練事業は、PC訓練を除いて、すべて訪問形式で行なわれています。正式に訓練事業の対象となるのは、身体障害者手帳を所持している方のみですが、相談事業の一環として、手帳を持っていない方の早期の相談も受け付けています。継続訓練に入る前に、手帳を取得する手続きの支援などにも、柔軟な対応が可能です。
 現在、この事業に携わっているスタッフは5人で、歩行訓練士(視覚障害者生活訓練等指導員)の有資格者が4人、IT(主にタブレットとスマートフォンの使い方)と点字指導を中心に行なっているスタッフが1人となっています。このITと点字指導を行なっておられるのが、今回お話を伺った白井さんです。
(3)利用者・利用状況の概要
 都盲協が東京都に提出した報告書をもとに、2019(平成31・令和1)年度の訓練事業の利用者と利用状況の概要を見てみましょう。
 表1は、当該年度に相談・訓練事業を利用した方を、科目別に集計したものです。
 年間の実質利用者数279人という実績は、訪問訓練を行なっている施設の中では圧倒的な数と言えます。しかし、手帳を所持する都内在住の視覚障害者が3万9,400人(東京都保健福祉局「福祉・衛生 統計年報(平成30年度)」)と推計されていることからは、まだまだ訓練ニーズに充分には答えられていないと、私は考えています。

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表1 訓練科目別(重複科目受講者45人を含む)
※実質利用者279人
※IT訓練の内容は、主にタブレットとスマートフォンの使い方
((以下、科目_受講者数、実施回数、1人平均回数の順に記す))
歩行訓練_189人、998回、5.3回
点字訓練_5人、41回、8.2回
ADL訓練_38人、132回、3.5回
PC訓練_45人、334回、7.4回
IT訓練_47人、328回、7.0回
相談・情報提供のみ_0人、0回、0.0回
合計_324人、1,833回、5.7回
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 表2は利用者の年齢構成をまとめたものです。平均年齢58.9歳(男性58.1歳、女性59.6歳)、90代以上の方が3人いらっしゃいます。
 60歳以上の方が139人(49.8%)と、利用者の高齢化が見てとれます。

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表2 年齢別
((以下、年代_男性、女性、計の順に記す))
10代_1、0、1
20代_5、9、14
30代_11、14、25
40代_24、19、43
50代_31、26、57
60代_24、29、53
70代_23、29、52
80代_11、20、31
90代以上_3、0、3
合計_133、146、279
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 表3の利用者の障害等級別で見ると、1級と2級の合計が252人で、全体の90.3%を占めています。利用者のほとんどが重度の視覚障害者です。

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表3 障害等級
((以下、等級_人数の順に記す))
1級_165
2級_87
3級_12
4級_6
5級_6
6級_1
不明_0
取得不可_2
合計_279
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 表4-1から、新規に訓練を受けた方では、歩行訓練が圧倒的に多く、続けてIT訓練も比較的多いと言えます。表4-2からは、同じ科目の訓練を再度受けた方の数でも、歩行訓練が多数で、PC訓練・IT訓練も比較的多いということがわかります。

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表4-1 新規訓練者数(都盲協での訓練を初めて受けた人)
※人数に重複訓練は含まない。
((以下、科目_人数の順に記す))
歩行訓練_103
点字訓練_1
ADL訓練_7
PC訓練_8
IT訓練_20
相談_0
合計_139
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表4-2 再開訓練者数(同じ科目の訓練を再度受けた人)
((以下、科目_人数の順に記す))
歩行訓練_57
点字訓練_0
ADL訓練_1
PC訓練_19
IT訓練_6
合計_83
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2 白井さんのインタビューから
(1)白井さんの略歴
 白井さんは、生まれつきのロービジョン(弱視)で、現在は矯正視力が0.1程度。福祉系大学を卒業後、民間企業に電話交換手として就職、ダイヤルイン方式の普及で仕事が減っていく中、ご自分のキャリアについて考え、大学生の頃から続けていた盲ろう者向け通訳・介助の仕事に専念するようになりました。しかし、盲ろう者のニーズと自身のスキルとのズレなどの理由から、その仕事も減り、改めて将来のことを考えておられた時、都盲協の相談・訓練事業のポストに欠員ができ、「ITと点字訓練を担当してほしい」と乞われて、2016(平成28)年に現在の仕事を始められました。
 ご自身も視覚障害当事者であるという立場には、私と類似する部分もあり、親近感を持ちながらお話を伺いました。
(2)相談・訓練事業全体についての印象
 入職したばかりの頃には、70代の方から申し込みがあると、「お年を召しているな」と感じたそうですが、今では、「80代の方の訓練希望も当たり前に思えてきたので、全体に高齢化が進んでいると感じています」とおっしゃいます。
 訓練科目の中では「歩行訓練」が常に50%を超えて、群を抜いています。80代の方からも希望があると伺い、「80代の方も、高齢になってからの中途障害者ですか?」と質問してみました。
 「80代の場合、ご家族や医療・福祉関係者など周囲の方から連絡が入り、相談から手引き歩行の訓練に進む中途の方が多いです。自ら訓練希望の連絡をされる方の場合、幼い頃や比較的若い時期から視覚障害者で、『しばらく一人で歩くことが減って、うまく歩けなくなったので、再度訓練を受けたい』という要望も多いです」と白井さんはおっしゃいます。
(3)IT訓練から見えてきたこと
 白井さんが行なっているIT訓練の具体的な内容は、「主にiPhoneの使い方」です。希望があればAndroid系のスマートフォン(スマホ)の使い方も指導しますが、Android系は、訓練を希望する方の機種を研究して、対応を考える程度で、「iPhoneの使い方が圧倒的に多い」そうです。
 2019年度の報告書の数字(前掲表4-1)を見ると、IT訓練の希望者も比較的多いようですが、その理由について白井さんは「(スマホ以外のいわゆる)ガラケーのサービスが、あと何年かで終わってしまうという情報に接し、スマホの練習が必要だと思っている方、iPhoneを持っているが使い方が分からない方、ガラケーよりも多機能で便利だよと周囲から言われた方が増えたこと」と分析をされます。
 歩行や点字の訓練を希望される方たちは、その難しさを覚悟されていることが多い一方で、特にiPhoneの訓練を希望する方は、既に使っている当事者や周囲の方から「(AIアシスタントの)Siriを使うと、音声で簡単に電話やメールができる」などと言われ、「それなら、やろうか」という気持ちで訓練に入る場合が多いそうです。ところが、実際に訓練を始めてみると、覚えることがたくさんあり、「高齢の方にとっては思ったほど簡単ではないため、挫折してしまう方も多い」とのことでした。
(4)スマホの訓練がもたらした意外な副作用
 高齢視覚障害者がスマホの訓練を希望する時は、今はガラケーでおしゃべりする程度だが、スマホで調べ事をしたい、アプリを使って墨字を読めるようになりたい、ラジオも聞きたいなど、自分の生活の潤いのために使いたいという方が多く、「訓練」というより「レッスン」や「習い事」に近いと白井さんは感じています。
 「高齢というライフステージでは、人生を豊かにするためのレッスンにシフトしていくのはいいと思いますが」と前置きをしつつ、白井さんは「実は、可能な限り一人でできることを増やしたい、『人の世話にならないように』スマホを使えるようになりたい、つまり『一人で完結するため』の道具としてスマホを使いたいという考え方のもとで技術を練習すると、どんどん人と関わらなくなっていきます」と問題点を挙げます。
 意外に思われるかもしれませんが、「これがあれば、わざわざ人を呼ばなくて済む、人の世話にならなくて済む」という方向に向かってしまうと、「孤立度が深まっていくようにも感じています」と白井さんは言います。「コミュニケーション機器でもあるスマホの技術の習得が、人との関わりを希薄にし、孤立を促進することに繋がってほしくはありません。家族や地域社会と関わるために使ってほしいと思います。ですが、訓練を希望する高齢者の約半数が、『人の世話にならずに一人で完結する』ことを望んでいます」というのが白井さんの印象です。
 もちろん、本当に一人でいるのが好きな人もいますし、自分自身の生活を豊かにするために訓練を受けること自体は悪いことではない、というのは白井さんも認めるところです。
 しかし、人の世話にならずに一人で完結することを望んでいるはずなのに、「訓練を通じて指導員との信頼関係が構築されると、訓練より自分の話(おしゃべりなど)を優先する方や、新たな訓練内容を探してでも訓練回数を増やそうとする方が見られます」というのです。「このことから、人の世話にならずに一人で完結することを目指している人の中にも、指導員と話をする時間を楽しみにしている方、日常の愚痴や見えなくなった悲しさなどを話す相手を求めている方が多いのではないでしょうか」と白井さんは語り、隠された意図をも感じ取っています。
(5)技術指導のほかに必要なこと
 高齢者へのリハでは、思考や心を柔軟にすることが大事であり、それを達成する要素として、人や地域社会との関わりの中で自分の安心できる居場所を作ることが挙げられます。技術指導をして「訓練生が『できることを増やす』だけでは、それは達成できません」と白井さんは言います。
 ただ、現在のご自身の主な仕事は技術指導であり、それで手一杯であるため、地域資源や人とつながるための支援については、情報提供に留まらざるをえない状況です。「指導とは別に、地域や人とつながるために一緒に踏み出せる人を見つけられるような、さらに自分の状況を説明し、上手に頼みごとをするといったような、コミュニケーションの力を訓練するプログラムや機会が必要」だと感じているそうです。
 「高齢者の視覚リハには心のケアがとても大事で、中途視覚障害になって変わってしまった姿を人に見せたくない、といった気持ちを乗り越えられるようにするための仕組みが必要だと感じています」と白井さんはお話を結ばれました。

第11回のまとめと次回の予告
 1.これまでの視覚リハでは、当事者一人ひとりの歩行や日常生活などの技術を向上させることで、「見えない・見えにくい状態になったことで失われてしまった自信を取り戻し、社会や地域との関わりを再構築できる」という仮定の下に技術的訓練が中心になってきました。しかし、白井さんが気づかれたのは、少なくとも高齢視覚障害者に対して、訪問という閉ざされた環境で行なう技術指導だけでは不充分ということでした。たとえ技術レベルが上がっても、それだけで、その方が家族や地域社会との関係を再構築することはできず、むしろ「一人でできることを増やして、孤立する方向に向かう」というケースもあるのです。だからこそ、IT技術の指導とは別に、高齢であることに加え、視覚障害があることで傷ついてしまったプライドや、自分のイメージを転換して、人と交われるようにするためのコミュニケーション訓練が必要だと述べておられるのです。このインタビューを通じて、私は今までの高齢視覚障害者のリハに欠けていた考え方に気づかされました。
 2.障害のない高齢者でも、仕事を辞め、家事や子育ての中心から退くと、それまで家族や地域社会で担ってきた役割が失われてしまい、強い喪失感に捉われることは、決して稀ではないと思います。そして、「人に迷惑をかけないこと」「働かざる者食うべからず」という意識の中で育ってきた、今の高齢の世代の方が、見えない・見えにくい状態になって、「人に世話をかけることは恥だ」「前と変わってしまった自分を、近所の人たちや親しい人には見せたくない」という強いこだわりを持つことも充分にありえます。この強いこだわりを変えていくことは至難の業です。
 3.入所や複数人で行なう通所でのリハであれば、同じ立場の方たちと交わる機会を作ることや、グループワーク的な手法を駆使することも可能ですが、特に訪問によるIT訓練という2人きりの閉ざされた場では、そのような機会も作れません。いろいろな催し物に誘っても、一歩を踏み出せない方が多くいます。こういう方たちも実は、人や社会との関わりを構築したいと望んでいるのです。
 4.家族や地域社会の中に居場所と役割を持ってもらうための方法と、それを担う専門家の姿など、具体的なイメージはまだできていませんが、今後ますます高齢視覚障害者が増えていく中、将来的にどうしていけばいいかを考える必要があると思います。
 5.高齢視覚リハの達成目標にそこまで望むのは法外だと考えておられる方には、「障害者権利条約」第19条(自立した生活及び地域社会への包容)の「(b)地域社会における生活及び地域社会への包容を支援し、並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス、居住サービスその他の地域社会支援サービス(個別の支援を含む。)を障害者が利用する機会を有すること。」(注2)を、ぜひ、熟読玩味していただきたいと思います。

 次回は、連載の最終回ですので、高齢視覚障害者が「年齢に関係なくリハビリを受ける権利」を我が国で実現するための課題などを、今までの総まとめとして書かせていただきます。

注1 東京都盲人福祉協会ウェブサイト「都盲協について」
https://www.normanet.ne.jp/~tomou/about/index.html
注2外務省ウェブサイト「障害者の権利に関する条約」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_000899.html