高齢視覚障害者をとり巻く諸問題を直視する――支援システムの構築を目指して 第8回 高知県で行なわれている訪問型視覚リハサービスの現状と課題

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雑誌月刊視覚障害10月号表紙
月刊視覚障害10月号表紙

1週間ほど前までは、暑い暑いといっていたのに、この二日ほどの朝夕は、涼しいのを通り越して寒いぐらいになってきました。ベランダにもコオロギの鳴き声が聞こえてきて、すっかり季節は秋。休眠していたシクラメンの鉢に恐る恐る水やりを開始しました。うまく目覚めてくれるのかどうか心配ですが。

「高齢視覚障害者を取り巻く問題を直視する」の連載も、今日手元に届いた10月後で9回目になります。こんなに続けられると思わなかったけれど、いろいろな問題が見えてくるようになって、こんなに続くことになりました。
 さて、発行から1ヶ月経ったので、8月号をブログにアップします。私の第二の古里高知、懐かしいルミエールサロンでの高齢視覚障害者の方達に対する支援の現状について書きました。読んで見てください。 

はじめに
 私が高知女子大学(現・高知県立大学)に赴任した1999年、高知県では視覚障害リハビリテーション(以下、視覚リハと略す)という存在も、それを行なう専門家である視覚障害者生活訓練等指導員(歩行訓練士。以下、訓練士と略す)の存在もほとんど知られていませんでした。「高知県内でも中途視覚障害者が歩行訓練や日常生活訓練を受けられるようにしたい」「視覚障害者のための様々な便利グッズを紹介したい」などの志を持った仲間と共に、県職員提案事業を活用して、2001年、高知県立盲学校内に開設されたのが「ルミエールサロン」です。同校と高知県地域福祉部障害福祉課(当時は健康福祉部障害福祉課)が連携して設置する視覚障害者向け常設機器展示室で、視覚障害者の相談や訓練の拠点にもなっています。(注1)
 開設当時の高知県は、島根県に次ぐ超高齢化県で、四国の約4割を占める県の面積の内、中山間地域が約9割、公共交通機関などインフラも発達していない状況で、移動手段は車が中心でした。
 人生の半ばで見えない・見えにくい状態になった方たちに対する視覚リハについてはほとんど知られておらず、リハサービスを受けようというニーズさえない状況でしたので、ルミエールサロンの運営方針は、「こちらから積極的に地域に出て、視覚リハのサービスの内容、効果」について、当事者・家族・医療関係者・福祉関係者などに啓発していくというものでした。
 そこで、視覚リハサービスも訪問型で、機器展示や相談などに関しても各地域に出張して行なうこととしました。
 ルミエールサロン開設から、来年で20周年を迎える今、そこでの視覚リハは、どのように行なわれていて、どんな課題があるかなどについて、訓練士として15年間仕事を続けてこられた金平景介さんに、高齢視覚障害者に対するリハに焦点を絞って、オンラインでお話を伺いました。

1 ルミエールサロンの全体像
(1)地域生活支援事業などを中心とした運営
 ルミエールサロンの運営は、障害者総合支援法第77、78条に定められている「地域生活支援事業」を中心として、県独自の施策を組み合わせて行なわれています。地域生活支援事業とは、全国共通の「自立支援給付」とは異なり、「障害者及び障害児が、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、地域の特性や利用者の状況に応じ、柔軟な形態により事業を効果的・効率的に実施」することを目的としており、実施主体は市町村や都道府県です。その実施形態も、各自治体の比較的自由な判断に委ねられており、実施状況に合わせて国が補助金を出す制度です。この事業を実施するか否かの判断も、各自治体に委ねられています。(注2)
 ルミエールサロンの事業は、高知県から公益財団法人 高知県身体障害者連合会に委託されています。
(2)スタッフの体制
 現在、常勤の訓練士が3人。待遇は県の公務員に準じており、視覚リハサービスの提供に専念できる環境です。比較的若い職員もいて、事業の継続を見据えた体制にもなっています。
(3)サービスと利用者の数
 2019年度(平成31・令和元年度)視覚障害者生活相談・訓練事業報告概要に示された活動状況(実施回数と利用者数)は、以下の通りです。
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※同一人が複数のサービスを利用しているため、「内訳」の人数の計(185人)と「合計」の利用者数は一致しない。

合計
 541回(131人)
内訳
 訓練(訪問) 281回(58人)
 相談(訪問) 149回(93人)
 相談(来所) 50回(22人)
 相談(スカイプなど遠隔) 61回(12人)
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 相談は、概ね短期の利用で、制度や機器の紹介などの内容が多く、訓練は実際に機器の使い方、歩行・日常生活訓練などを行なった回数です。
 訓練回数は、一つの目的について20回を上限としていますが、別の目的が出てくれば再度の訓練を拒むものではなく、利用者のニーズに応じて、柔軟な運用をしているとのことです。
(4)利用対象者
 ルミエールサロンでは、中核市である高知市を除く県全域の「見えない・見えにくいことで困っている方」を広く迎えており、身体障害者手帳の所持は利用の要件ではありません。
 利用者の平均年齢は69.5歳、最高96歳、最低6歳で、年齢層別では、0歳以上18歳未満1%、18歳以上65歳未満30%、65歳以上69%でした。訓練に関しては18歳以上とされていますが、相談に関しては年齢制限はありません。
(5)その他の活動
 (3)で示したのは、当事者に関わる内容ですが、その他、啓発活動として、市町村の障害福祉担当者会への出席、大学や介護福祉関係などの研修講師、地域の福祉祭りなどの出張機器展示など、年に30~40回の啓発活動を行なっています。また、拡大読書器などの機器を購入する前の貸し出しなどについての業者との交渉、機器修理の手配など、様々な調整がサロンを維持していくための業務として挙げられています。

2 高齢視覚障害者への訪問訓練の一事例
(1)93歳の一人住まい
 Aさん(男性、当時93歳)は、加齢黄斑変性症により、左眼はかなり以前から手動弁に低下、右眼を頼りに生活していました。ところが、0.6以上あった右眼の視力が、病変によって数年で急激に低下し、ルミエールサロンで相談を受けた時には、右眼は0.02(矯正不能)、左眼は光覚弁にまで視力低下が進んでいました。また、Aさんには難聴もありました。
 居住地は、県庁所在地から車で2.5時間以上かかり、眼科医院も週に数日しか開いていない地域医療の悪化が進む地域でした。そこに、お一人でお住まいでした。
(2)初回訪問までの経過と内容
 視覚リハへの理解がある眼科医からの紹介を受け、県外にお住まいの娘さんが帰郷しているタイミングに合わせ、ルミエールサロンの初回訪問が行なわれました。紹介と同時に医師の勧めで身体障害者手帳を申請し、1級と判定されました。
 ただし、ご本人の居住地、娘さんが県外にいること、歩行訓練士の訪問回数も限られることに加え、身体障害者手帳の申請中では機器を紹介しても補装具や日常生活用具の手続きができないこともあって、初回訪問を行なうまでに、医師の紹介から2カ月ほど経過してしまいました。
 初回訪問では、音声時計・録音図書・拡大読書器などを紹介したところ、特に拡大読書器への関心が強く、新聞や、働いていた時に読んでいた機関紙を読むことができると喜んでいたそうです。
 10人以上いるお孫さんや曾孫さんの写真を拡大して見た時には、涙を流して、一人ひとりの顔とそれぞれの名前を確認していたAさんの姿をよく覚えていると、金平さんは言います。
(3)2回目以降の訪問
 手帳を取得後、拡大読書器(据え置き型)・音声時計・身体支持用白杖の申請をご家族の支援を受けて行ない、機器がそろったタイミングで2回目の訪問となりました。
 2回目の訪問では、主に拡大読書器の使い方の訓練をし、効率よく写真を見たり、雑誌や新聞を読んだりする方法が伝えられました。
 3回目の訪問時には、読むことに加えて、書くこともご本人がすでに行なっていたので、読書器特有の書字の方法をお伝えし、訓練終了となりました。
 訓練終了から2年経過後、Aさんが95歳で亡くなったとのお便りが、ご家族から金平さんの元に届きました。亡くなる直前まで拡大読書器を使用して(カタカナでのメモ書きが残っていたそうです)、初回相談から1年半近く、豊かな生活を送ることができ、「家族ともども感謝しております」と、そのお手紙にはありました。
 「亡くなったことには切ない気持ちになりましたが、こういったお礼の手紙をいただくと、この仕事のやりがいを改めて感じました」と、金平さんは振り返ります。

3 どうしてもうまくいかない心残りの事例について
 Aさんの事例のように、ご本人とのやりとりの中で「やりたいこと」をうまく見つけ出し、それが訓練につながって、ご本人やご家族に喜んでいただけるケースは、もちろん少なくありません。しかし、せっかく眼科医やケアマネジャー、ご家族の紹介や勧めでご本人を訪問し、様々な機器、歩行や日常生活での工夫などを紹介しても、「今さらいいです」「どうせ見えている時のようにはうまく使えないし」などと言われてしまい、視覚リハのサービスを受けることを断られるケースも少なからずあるのだと、金平さんは、ちょっぴり沈んだ声で話してくださいました。
 なぜ、拡大読書器やパソコンなどの便利な機器を使おうという気持ちになれないのか、歩行や日常生活訓練に関心を示してくれないのか、金平さんはその原因として、「見えない・見えにくい状態になってから、あまりにも長い時間が経ちすぎていること」「ご本人の諦め、周りへの依存心」「家族の『私たちが何でもやってあげるからいい』という姿勢」などを挙げます。それに加えて「訓練士としての、利用者のやる気を引き出す技術の不足」とも、自戒を込めておっしゃっていたのが印象的でした。

4 高齢視覚障害者との出会いで金平さんが学んだこと
 「見えない・見えにくい状態になって諦めてしまうこと」と「高齢になって諦めてしまったこと」。この二つは、似ているようで、実は違うことだと金平さんは言います。Aさんにとって、文字を読んだり書いたりすることは、「高齢になって諦めてしまったこと」ではなかったのです。
 見えない・見えにくい状態になってからの期間やご家族の考え方など、いろいろな要因が複雑に絡み合って、ご本人の意欲ややりがいに影響していることは明らかです。適切なタイミングで視覚リハを提供するためには、視覚リハをメジャーにし、あらゆるタイミングで情報と、リハサービスを提供することがとても重要です。つまり、当事者対応と啓発活動は、視覚リハの両輪であるといっても過言ではないと金平さんは考えているのです。
 「見えない・見えにくい状態になって困っていることはありませんか」と尋ねるよりも、「今、やりたいことはありますか?」「見えていたころにやっていたけれど、見えなくなってからやめたことはありませんか?」「私たちは、やりたいことをちょっとした工夫や道具で解決する方法を一緒に考えます」と相談に乗るように金平さんは心がけているとのことでした。

第8回のまとめと次回の予告
 1.第8回ではルミエールサロンの金平さんにインタビューを行ない、高齢視覚障害者への相談・訓練の事例として、Aさんのケースをご紹介しました。なぜ、この事例を選んだかというと、高齢視覚障害者のリハにおいては、視覚リハサービスを提供し、ご本人のQOLが向上しても、その後、長い期間を経ずに亡くなっていくケースが、当然あるということを示したかったからです。その限られた時間を、見えない・見えにくい状態になったというつらさを抱えて、諦めて生きていくのではなく、自分らしく、生きがいを持って生き抜くお手伝いをするのも、高齢視覚障害者に対する視覚リハの重要な役割であることを、皆さんに理解していただきたいのです。
 2.せっかく、ルミエールサロンにつながっても、「諦めの気持ち」から抜け出せず、その後の訓練や機器の利用などにつながらないケースも決して少なくはありませんし、その要因は、金平さんが言われるように様々でしょう。が、一番大きな要因は、「見えない・見えにくい状態になったら何もできない」という誤った認識が、一般社会において常識化していることです。そのため、特に高齢になってから見えない・見えにくい状態になった時、外でもないご本人に、諦めの気持ちが強く表れるようになってしまっています。この認識を変えることは容易ではないけれど、私たち視覚リハの専門家は、それを変えていくために、私たちの持っている方法や技術を一般に広め、メジャーなものにしていく努力を、粘り強く進めていかなければならないのだと、このインタビューを通じて再確認しました。
 3.四国の約4割を占める高知県のような広い地域では、集中的に訓練を行なうことが難しく、一方で訪問による相談や訓練で全域をカバーすることは効率が悪い、という不利な点を抱えています。しかし、たとえそうだとしても、訪問によって、利用者が自分の暮らしている環境の中で、生活に最も必要な訓練を受けられるというメリットは、とても大きいと考えます。
 4.ルミエールサロンへの相談窓口は、地元の福祉保健所や眼科医などで、訓練士が訪問する場合には、それらの関係者と連携を取りながら行ないます。そのことを通して自然に地域との連携体制が図られるようになり、利用者を軸にした視覚リハの啓発にもつながっています。
 5.ルミエールサロンの運営の基礎である「地域生活支援事業」は、地域の特性に合わせて柔軟に実施できる事業です。ルミエールサロンではこの特性を活用しており、利用者には「手帳の所持」や「年齢制限」といった煩瑣な縛りはありませんし、介護保険サービスと障害福祉サービスを併用することによる問題も起こりません。さらに、支援する側の訓練士も、病院や介護施設、老人ホームなどからの依頼があれば、比較的自由に訪問し、早い時期に相談に乗ることができます。「地域生活支援事業」での運営は、福祉サービスを利用する側、提供する側の双方にとって、たいへん魅力的な形態です。
 6.しかし、この事業は、あくまで各地方自治体の独自の考え方によって行なわれるもので、「特殊なもの」と見なされます。今回ご紹介した高知県での実践が有効なものであるとしても、その有効性が国全体の政策に反映される訳ではありません。
 7.現在、生活訓練などの視覚リハ提供体制を整えることの重要性を理解した人々により、各地で様々な実践が行なわれています。ですが、残念ながら、それらの情報が公に共有されることは少なく、視覚リハに関わる専門家や支援者の共通理解になっていません。私たちは視覚リハ専門家集団として、各地で行なわれている地道な実践を共有し、高齢視覚障害者がどこに住んでいても、介護保険を受けるようになっても、必要な視覚リハサービスを受けられるようなシステムを構築するための戦略を立てる必要があると考えています。

 第9回では、静岡県浜松市で、視覚障害者に特化した就労継続支援B型の事業所を運営し、65歳以上の高齢視覚障害者を受け入れ、働く場・居場所作りを支援しているNPO法人六星ウイズ蜆塚での事例をご紹介する予定です。

注1 別府あかね、吉野由美子 他「高知県における視覚障害者リハビリテーションの啓発活動」第10回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集、2001年、p74-81
注2 厚生労働省ウェブサイト「地域生活支援事業について」を参照。