高齢視覚障害者を取り巻く諸問題を直視する-支援システムの構築を目指して-第1回(2020年2月号)

月刊視覚障害2020年2月号の表紙写真
月刊視覚障害NO、381表紙

現在私の年齢は72歳、幼い頃から低身長で、脊髄側湾と大腿骨の変形という障害を視覚と共に持っている重複障害者であったが、3年ほど前に、骨粗鬆症からきたと思われる第5葉対の圧迫骨折をしてから、脊柱管狭窄症の痛みに悩まされて、長い距離を歩くのも難しくなって、今介護保険を利用して、週2回リハビリ特化型のデイサービス施設に通って、少しでも運動能力を維持したいと頑張っている。この自分の経験を通して、高齢視覚障害者の直面する問題について、自分事として深く考えて見たいという思いが強くなってきた。私なりに述べたいことを「月刊視覚障害」の編集室に持ち込んで、その企画を認めていただき、「高齢視覚障害者を取り巻く諸問題を直視する-支援システムの構築を目指して-」というタイトルで、5回ないし6回の連載をさせていただくことになった。
 この記事を、雑誌が出てから1ヶ月を過ぎた後で、私のブログで公開するという許可を「月刊視覚障害」の編集室から得て、毎月、記事をの内容公開できるようになった。もし興味があったら読んで見てください。
 以下雑誌に掲載した本文です。

高齢視覚障害者をとり巻く諸問題を直視する――支援システムの構築を目指して
第1回 高齢視覚障害者はどんな状態におかれているのか
視覚障害リハビリテーション協会 吉野 由美子

はじめに――連載を始めるに当たって
 「このごろ、人生の半ばで見えなくなった方たちが訪ねてきて、『こんな状態なら死んだ方がいい』といわれ、いろいろと相談にのるのだけれど、私では充分に対応できない」というお話を名古屋ライトハウス「あけの星声の図書館」(現・名古屋盲人情報文化センター)の岩山光男館長からうかがったのは、1974(昭和49)年、名古屋市にある日本福祉大学を卒業した年でした。岩山館長は「あなたは社会福祉を勉強してきたのだから、点字図書館の仕事をしながら、中途視覚障害者の相談にのってほしい」と誘ってくださり、私の就職が決まりました。そして私は、2年間に延べ50人の、人生の半ばで見えない・見えにくい状態になった方たちの相談にのることになったのでした。
 先天性の視覚障害者(ロービジョン)で、東京教育大学附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)に小学部から在籍し、全国から集まった優秀な全盲やロービジョンの学生たちとだけ接してきた私にとって、名古屋ライトハウスで出会った中途視覚障害の方たちの状態は、本当に驚くべきものでした。「見えないから一人でトイレにも行けない」「歯ブラシにうまく歯磨き粉がつけられないから一人で歯も磨けない」といったお話を聞きながら、「この方たち、本当に今まで私が一緒に過ごしてきた人と同じ視覚障害者なの!?」と唖然としてしまいました。
 この方たちに出会う前、私は幼い頃からの(先天性の方も含む)視覚障害者と中途視覚障害者が、これほど違うのだということをちっとも知りませんでした。しかし、とにかく相談対応するようにといわれて入職したのですから、必死で視覚障害者のリハビリテーションについて学びました。歩行訓練や生活訓練といった視覚障害者のリハビリテーションの方法は、ちょうどこの時期、ようやく我が国にも入ってきたばかりで、もちろん世の中にはほとんど知られていませんでした。
 このような体験を通じて私は、中途視覚障害者に対するリハビリテーションの方法やシステムの普及こそが自分のライフワークだと思い定め、今年で47年目になりました。
 多くの視覚障害当事者や眼科医、視覚障害リハビリテーション(以下、視覚リハと略す)の関係者、そして研究者たちの努力によって、幼い頃からの視覚障害者と中途視覚障害者のニーズの違い、前者には教育を中心とした発達支援(ハビリテーション)が必要であり、後者にはリハビリテーションが必要であるとの認識は、一般社会に少しずつ理解されてきました。特に若年や中年の方たちに対する、自立を目指した視覚リハについての理解は広まりつつあります。しかし、視覚障害者の7割以上を占めるといわれる高齢視覚障害者に対するリハビリテーションやケアについては、残念ながらほとんど理解が進んでおらず、社会的な対応も手つかずのままです。
 3年前に腰椎を圧迫骨折し、介護保険の適応を受けて身体的なリハビリに励むようになった私(72歳になりました)は、高齢の視覚障害者の問題を自分自身のこととして感じ、このままではいけないと思いました。そして、私の視覚リハ普及の中心的な狙いを、QOL(生活の質)の向上を目指すことを主な目的とする高齢視覚障害者のリハビリテーションの普及に絞って、深めていってみたいと思うようになりました。
 この連載では、事例や制度の紹介・分析を通して、高齢視覚障害者をとり巻く諸問題を直視したいと思います。なお、ご紹介する事例は、いずれも筆者の体験や見聞に基づきますが、特定の個人・団体を指すものではないことをお断りしておきます。

1 ある有料老人ホームでの事例
 生まれつき全盲で、65歳を過ぎた一人暮らしの女性の事例からご紹介します。盲学校であはきの資格を取得し、自宅で開業していましたが、年を取るにつれて一人での生活が不安になり、有料の老人ホームに入居することを決心したとのことです。
 住み慣れた自宅を離れてホームに入居する日、持ってきた荷物を自室に置くと、その方は事務所で入居の手続きをし、ホームでの生活上の説明や注意などを受けていました。その間に、親切心からなのか、早く片付けたかったのかはわからないのですが、そのホームの介護職員が、入居者の衣類や日常生活用品を、ご本人に相談もしないまま、タンスや食器戸棚などに片付けてしまったのです。
 自室に戻ったご本人は、自分の持ってきた衣類や道具類がどこにあるのかさっぱりわからない状態で、ひどいパニックに陥ってしまいました。自室に閉じこもり、職員が何を言っても信用せず、ホームは大騒ぎになってしまいました。
 困り果てたホームが、慌てて「視覚障害者生活訓練指導員」という専門職があることを調べて、「どうすればいいのか」を相談することにしました。相談を受けた生活訓練指導員は、全盲の方の行動について、そしてそのケアについて職員研修を行ない、ご本人にも接触して、事態を打開しようと努力しましたが、ご本人が落ち着きを取り戻して、そのホームで安定した生活を送れるようになるまでに、何カ月もかかったと聞いています。
 全盲の方は、自分が分かるようにものの置き場所を整理し、慣れた環境の中では、まるで見えているかのように動くことができます。それは自分なりの手がかりを持ち、環境を把握しているからです。手がかりのない慣れない環境では、視覚からの情報が利用できないのですから、何もできなくなるというのは当然のことです。
 だから、この方が自宅を離れて新しい環境で暮らすというのは、とても勇気のいる決断だったと思います。そんな中で、自分の荷物が勝手に片付けられてしまったらパニックになるのも当たり前のことです。ご本人も、職員も、相談を受けた生活訓練指導員も、関係修復のためにすごく努力をしたのだと思います。関係が修復できて本当によかったと思う事例です。
 視覚障害についての知見があれば、ご本人に知らせず、勝手に荷物を片付けるなどということが、どんな結果になるのかは常識です。しかし「見えないということ」「視覚情報を利用できない方が、どのように周囲の状況を知り、理解するか」ということは、残念ながら一般社会にも、高齢視覚障害者の介護を担うホームヘルパーなどにもほとんど知られていません。このような事例は、今もあちこちで起こっていると推察されます。
 もう一つ、全盲の方(高齢の方に限らないですが)が未知の地域・場所など新しい環境になじむためには、触覚や聴覚などによる様々な手がかりを用い、言語的・行動的な解説によってその環境を既知の状態にする「ファミリアリゼーション」が、とても重要になります。それは視覚リハ専門家(歩行訓練士や生活訓練指導員)の重要な仕事ですが、ファミリアリゼーションの重要性も、それを担う専門家がいることも、一般にはほとんど知られていないのです。

2 盲養護老人ホームで出会った事例
 次の事例も65歳を過ぎた女性で、一人暮らしをしていた方です。前の日までは普通に見えていたのですが、突然激しい頭痛に襲われて緊急入院しました。様々な検査の結果、緑内障による眼圧の急激な上昇であっという間に失明状態になったとのこと。一人暮らしはとても続けられず、盲養護老人ホームに入所しました。
 個室で生活しているこの方に、「今したいことは?」と尋ねると、「歩いて自分でトイレに行きたい」「食堂までは車イスでなくて自分の足で歩いて行きたい」と答えたそうです。その方は他に障害のない単一の視覚障害者ですが、「急に見えなくなってしまったので、見えない状態でどのように歩けばいいのか分からない」「手引きしてもらわないと歩けない」とのことで、居室のすぐ側にあるトイレに行く時も、手引きが欠かせないのだそうです。ところが、ホームからは「おむつをしてほしい」といわれてしまい、排泄については定期的なおむつ交換という、寝たきりの方と同様の形になってしまいました。食堂へも手引きをしてもらえれば歩けるのですが、時間がかかってしまい、とにかく急激な失明で、手引きをされるのにも慣れていないため、車イスでの移動になっていたのでした。
 「養護老人ホーム」は、経済的あるいは環境の問題などで自宅での生活が困難な65歳以上の高齢者を、措置制度によって入所させる施設です。「盲養護老人ホーム」は、養護老人ホームの基準に加え、視覚障害者の入所を前提とした特別な設置基準を設けて運営されている施設です。これと同様に、介護の必要な方たちが対象の特別養護老人ホームにも、視覚障害者に特化した「特別養護盲老人ホーム」があります。これらのようなホームは、全国に80カ所あまりあります。
 盲養護老人ホームは、養護老人ホームと同様の高齢者で、かつ自立度の高い視覚障害者が入所対象です。創設された当初は、入所対象として想定されていたのは、視覚障害者としての自立した生活技術を持っている、幼い頃からの視覚障害者で、その方たちに適した施設整備や職員配置がなされていました。従って、視覚リハを受けた経験がないために介護度が高くなってしまっている中途視覚障害者に対する職員配置はできておらず、また、施設内での歩行や日常生活訓練などのリハビリテーションを行なえる職員の配置義務もありません。
 最近では、盲養護老人ホームに入所される方の介護の必要性が高まり、それに対する介護報酬の加算も徐々に増えていますが、慢性的な人手不足という課題は変わらないようです。
 この事例は、変化していく高齢視覚障害者の実際のニーズに制度設計が追いついておらず、そのしわ寄せが利用者に重くのしかかっている例だといえます。

3 介護保険により運営されているデイサービス施設での事例
 地域で暮らしながら介護やリハビリを必要としている高齢者が利用するデイサービス施設には、高齢視覚障害者もたくさん通っています。
 80歳に近い、ある全盲の男性は「本当は、デイサービス施設になんか行きたくない」といいます。行っても何もすることがなく、施設に着いたらテレビの前の椅子に座って、そこでじっとしているだけとのこと。見えている人たちは将棋や麻雀、風船バレーなどをしていますが、その方は周囲が見えないために仲間に入れません。椅子から立ち上がろうとすると、職員が来て「動くと危ないから、そこに座っていて」というので、お風呂とお昼ご飯の時以外は、ただ座っているだけだそうです。「本当は家にいたいけれど、家族がぜひ行ってというから、家族のために仕方なく通っている」と漏らされました。
 70代のある全盲の女性は「私の通うデイサービス施設には同じ地域の人が来ているらしい。ずっとその地域で暮らしてきたから顔見知りの人もいるけど、顔が見えないから誰が来ているのか分からない」といいます。誰にも話しかけられず、やはり、ただ座っているだけとのことでした。
 介護保険料を納めた上に、1割負担の介護サービス利用料も払っているのに、嫌々デイサービスを利用するなんて、本当に間尺に合わない話です。しかし、多くの視覚障害者が我慢しているのが実情のようです。
 もし、視覚障害者が使える将棋盤やオセロ、点字が打ってあるトランプやカルタ、鈴が入ったボールやピンポン球などを介護担当の方が知っていたら、デイサービス施設のプログラムにも視覚障害者が楽しめるものが増えるでしょう。
 ある施設では朝、プログラムを始める前に、その日の利用者と職員が輪になって自己紹介をする時間を作ったそうです。自己紹介タイムのおかげで、視覚障害者も、その日誰が来ているかを知り、知り合いと話ができて、楽しく1日を過ごせるようになったということを聞きました。

第1回のまとめと次回の予告
 1.第1回では、老人ホームやデイサービス施設で実際にあった、主に全盲の方の事例について取り上げました。
 2.事例に共通しているのは、施設職員が視覚障害者(全盲の方)のケアについて、ほとんど知識を持っていないということです。
 3.高齢者の介護等に携わる方たちも、全盲の方に対して多くの方が抱いている「目が見えないと何もできない」という誤解にとらわれていることも共通しています。
 4.高齢者に対するリハビリテーションという観念も、まだまだ世間に受け入れられていないと思いますが、視覚障害者に対するリハビリテーションという考え方は、ほとんど知られておらず、高齢視覚障害者にリハビリテーションを行なって、そのQOLを向上させることができるということについては、全く理解されていないと考えられます。

 第2回では、高齢視覚障害者と医療の問題に関することと、ロービジョン(見えにくさのある方)の事例について書きます。