高齢視覚障害者をとり巻く諸問題を直視する――支援システムの構築を目指して 第2回 高齢視覚障害者と医療との関わり 見えにくさのある高齢者のおかれている状況

月刊視覚障害3月号の表紙写真
月刊視覚障害NO.382

時間の建つのは早い物で、明日から4月になります。私が連載している「月刊視覚障害」の4月号が手元に届き、高齢視覚リハ問題の連載も3回目に入りました。編集室との約束で、新しい雑誌が出たら、前の記事を、私のブログにアップしても良いと言うことで、2月号の内容を掲載いたします。沢山の方に、高齢視覚障害者の直面する問題について、是非興味を持っていただいて、一緒に解決に向かって進んでいけたらと思っております。

1 高齢者が見えにくくなった時の介護現場での認識――眼科医療との関わり
 「見えにくくなったら眼科医を受診し、治療を受ける」というのが当たり前、世間一般の常識だと私は考えていました。ところが、高齢の方、特に介護が必要な状態の高齢者の場合、どうやらその常識が通用しないらしいということが、高齢視覚障害者の支援についての問題を勉強していく過程で分かってきて、大いに驚かされました。
 ある特別養護老人ホームでの事例です。足の障害のために車イスで施設内を移動していた85歳の男性に、しばしば壁に車イスをぶつける、女子トイレに入り込んでしまう、落とした物を見つけられないといった異常行動が増えていました。
 ご本人からの「見えにくくなった」という訴えもあまりなかったので、介護している職員は「認知症状が進んだ」と考えて、しばらくの間は、眼科受診ということになりませんでした。しかし、家族や周囲の人が「もしかしたら目が見えにくくなったのではないか」と疑い始め、眼科を受診したところ、白内障が相当に進んでいて、両眼とも光覚程度しか見えなくなっていたということが判明しました。
 入院して、手術で眼内レンズを入れると、良い方の目の視力が0.4ほどまで回復しました。以降、車イスで壁にぶつかったり、女子トイレに迷い込んだりといった行動はなくなり、籠もりがちだった自室から出て、ホールで他の入所者や職員とも積極的にコミュニケーションをとるようになったということです。
 この事例を聞く中で私は、高齢視覚障害者と眼科医療の間にある問題の複雑さに気づきました。そして、眼科医や介護現場の方に話を聞くなど、さらに調べていく内に、残念ながらこういう事例は少なくないということが分かってきたのです。

2 なぜ眼科受診に至らないのか
(1)疾患の「見えにくさ」
 視覚障害のない方たち(晴眼者)が、周囲の環境をはじめとする情報の多くを視覚から得て行動しているということは周知の事実です。見えにくくなれば、当然、日常の行動に異常が出てきます。
 しかし、高齢者の場合、視機能低下以外の様々な要素によっても、行動の異常が起こります。転倒して骨折したため歩きにくくなっていたり、高齢に伴う様々な病気の症状だったり、認知症に由来するものだったり、それらが重なっていたりもします。また、高齢者自身も見えにくくなったと訴えないことが多く、家族も介護者も「見えにくくなっているのではないか」と疑いもせずに、体力の衰えや、認知症などによる行動の変化だと誤解することが多いのです。
 実は、体力測定や認知症の検査のように一人ひとりの行動との関連で見立てができるような、見えにくくなること(視機能低下)と日々の行動に関する検査の指標というものは確立されておらず、介護職員も「見えにくさ」と行動の変化を意識するような教育を受けていません。そのため、目の疾患は見過ごされてしまうことが多く、眼科の受診につながりにくいのです。
(2)加齢が原因とは限らない
 様々な眼科的な疾患だけでなく、近視や老眼等が進み、メガネが合わなくなったことで見えにくくなってきたとしても、「年を取ったから仕方がない」と思っている高齢の当事者や家族はとても多いです。これでは、なかなか眼科の受診に至りません。屈折矯正や補助具を使って見え方を改善していく、いわゆるロービジョンケアについては、まだ一般にほとんど知られていませんから、眼科受診に対する期待値も低いと推測されます。
 受診して改善されるという期待値が低ければ、介護が必要で、簡単に外出や受診ができない方たちは、特に眼科受診から遠ざかることになってしまいます。
(3)老人ホームに眼科医がいない
 養護および特別養護老人ホームには、「老人福祉法」第17条(施設の基準)や「養護老人ホームの設備及び運営に関する基準」(昭和41年厚生省令第19号)、「特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準」(平成11年厚生省令第46号)によって、医師を置かなければならないと定められています。
 しかし、老人ホームで主に必要とされているのは、介護を必要としている高齢者が体調を崩した際の診療、骨折の手術、リハビリを目的とした入院治療などです。そのため、内科、外科、整形外科医が置かれている場合がほとんどで、眼科との関わりは少ないのです。また、老人ホームに勤務する医師の多くが非常勤といわれています。
(4)誤った手助け
 介護する側のまちがった考え方として「見えない・見えにくくなっていても」自分たちが手助けをすればいい、というものがあります。見えにくくて歩くのが難しければ車イスに乗せてあげればいいし、食事がうまく食べられなければ食べさせてあげればいいという考え方です。これらは、視機能を改善することばかりか、当事者のQOL(生活の質)を向上させることに対する無関心からもくるものであり、視覚リハの観点からは、誤った考え方といわざるをえません。
 また、メガネやルーペなどをご本人がうまく管理できない場合、紛失したり壊したりすると危険を伴うということを理由に、それらを使わせない例もあります。

3 見えにくさのある高齢視覚障害者の状況
 連載の第1回では、主に全盲の高齢視覚障害者が老人ホームやデイサービス施設等でどのように扱われているかについて、事例を挙げて紹介しましたが、ここでは、ロービジョン(見えにくさのある方たち)が、同様の施設でどのように扱われているかについて紹介します。
(1)見えにくいことに気づいてもらえないつらさ
 私自身が圧迫骨折し、その後のリハビリのために入院していた病院の食堂で見た光景です。食事の時に紙パックの牛乳が配られるのですが、パックの白地の天面に、銀色の紙で塞がれた丸い小さな穴が開いています。紙パックについているストローを、そこに差し込んで飲むというわけです。
 たまたま私の隣の席にすわった70歳を過ぎたぐらいのご婦人が、ストローを差し込む場所が見つからず、目を近づけて一生懸命探しています。でも、どうしても見つからない様子で、最後に職員に助けを求めました。すると、その職員は「しょうがないわね、このぐらいのこともできないの?」とぞんざいに言い捨て、ストローを突っ込んで立ち去りました。
 私はこのことが気になっていて、その方に食堂で何回か会い、少しお話しができるようになってから、「見えにくいんですか」と恐る恐る聞いてみました。
 「そうなの。白っぽいものだとか、細かいものだとか、見えにくくなって」と話してくれました。3年ぐらい前に作ったメガネをかけても、ちっとも見えるようにならないといいながら、「もう年だし仕方がない」と寂しそうでした。
 私の立場では、どんな原因で見えにくいのかといったことまでは聞けませんでしたが、白地に銀色のようなコントラストの低いものは、確かに見えにくいようでした。しかし、この方の病棟での生活は1年を超えており、普段、病棟内を歩いている時や、慣れた環境で決められた日課をこなすのには、あまり困っている様子は見えませんでした。
 その方に接する職員の態度を見ていると、「見えにくいからできない」ということには、ちっとも気づいていないようでした。「こんなこともできないの?」と、馬鹿にしているように私には聞こえて、とてもつらかったのを鮮明に覚えています。
(2)勝手な時だけ見えないふりをするといわれて
 ある特別養護老人ホームに入所している方のことです。70歳を少し過ぎた男性で、網膜色素変性症による視野狭窄があります。本を読むのが好きで、お部屋にいる時は文庫本などを読んでいるのですが、足下が見えないために、一人で歩くことが怖いといいます。そのため、食堂に行く時や、買い物などで外出する時には職員に手引きを頼むのですが、「本が読めるのに、どうして一人で歩けないの、勝手な時だけ見えないふりをしている」とあからさまに嫌そうな態度を取られるのが「つらい」とおっしゃっていました。
 この2つの事例、たいしたことではないように思われるかもしれません。しかし、周囲の方に見えにくさを理解してもらえないばかりか、「甘えている」「判断力が落ちている」などと誤解されたまま毎日を過ごす当事者の身になって考えると、とても耐えられる状況にないことは、容易に想像できると思います。

4 見えにくい高齢者の行動についてなぜ誤解が生じるのか
 「3」で取り上げたような事例は、リハビリ病棟や老人ホームだけで起こる問題ではなく、見えにくさのある多くの視覚障害者が、日々、一般社会の中で体験していることです。
 ロービジョンの見え方(どのように見えているのか、どこが見えにくいのか)は、見えにくくなった原因によって一様ではありません。網膜色素変性症の場合、視野の中心部は比較的よく見えるのですが、周辺部は見えません。視野に入れば小さな文字などでも読めますが、足下などが見えないので、怖くて一人で歩くことができないのです。
 網膜色素変性症は網膜の光を感じる細胞が周辺部から侵されてしまうので、イラスト(次ページ)(注)のように「求心性視野狭窄」の見え方になります。視覚障害に至る原因によっては、周辺部が見えるものの中心部が見えない「中心暗点」や、まぶしくて真っ白に見える「羞明」、ゆがんで見える見え方など様々な見えにくさがあります。また、病気の進行具合や、複数の病気の合併によって、様々な見えにくさが複雑に重なり合うこともあります。だから、ロービジョンの見え方は、一人ひとり違うといっても過言ではありません。
 このような見え方の違いについては、残念ながら一般社会にはほとんど知られていません。その背景には、たとえば視野が欠けるという異常は、見える範囲が20度ぐらいまでに狭くならないと自分自身でも気づかないという、ロービジョンに特有の自覚の困難さも関係しているものと考えられます。
 また、介護福祉士やホームヘルパー、ケアマネジャーらがロービジョンについての知識を得ていない最大の理由は、それらの専門職の教育カリキュラムの中に、ロービジョンに関する内容が含まれていないことだといえます。

第2回のまとめと次回の予告
 1.第2回では、老人ホーム等の入所者の行動が変化した時に、その原因である視機能の低下に対する介護職員や家族の察知が鈍いことと、その要因、眼科受診になかなか結びつかない状況について紹介しました。多くの見えにくい高齢者が「見えにくさ」について理解してもらえず、適切なケアが受けられていない状況にあります。
 2.事例に共通しているのは、「見えにくさ」が千差万別であることについて、一般社会の理解が乏しいだけでなく、介護に携わる専門職員たちでさえも、一般社会と変わらない認識・誤解をそのまま持って、ケアを行なっているということです。
 3.介護に携わる専門職員には、「見えにくさ」や「見え方の違い」、その対応方法についての知識を得る機会がほとんどありません。そのため、従来の考え方を改善することも、自身の誤った理解に気づくこともできずにいます。
 4.ほんの少しでも見えているのであれば、保有しているその視覚を少しでもよりよく使えるようにしていこうという「ロービジョンケア」の考え方が、眼科医療の中に取り入れられ、福祉や教育の世界でも重要視されるようになって、まだ30年も経っていません。その中で、高齢の見えにくい方たちに対するロービジョンケアの普及には、難しい問題が山のようにあるということを直視しました。

 第3回では、今回述べた困難な問題に対する、解決の糸口を取り上げます。

 注 視覚障害リハビリテーション協会ウェブサイト「症状によって異なる見えにくさの例」(2020年2月20日閲覧)
https://www.jarvi.org/about_visually_impaired/#a3
 引用したもの以外にも「中心暗点」「ゆがみ」「羞明」の見え方の例や説明などが掲載されているので、ご確認ください。

(写真説明)
横長の長方形のイラストだが、中央の円の中にだけ風景の一部が描かれていて、その周辺は白くなっている。風景は橋、陸地、水面の一部であることだけは視認できる。