事の背景
比較的新しく開業した地下鉄(例えば大江戸線)では、車いすやベビーカーがスムーズに電車に乗り込めるように、ホームに傾斜をつけて、電車とホームの間の段差をなくしている車両が2両ほどあって、その車両には、それを示すマークがついている。普通は、電車とホームの間に段差があるので、車いすが乗り込むときは、駅員がスロープを取り付けて、車いすの乗り込みを補助するのだが、ホームと車両の段差がない方式だとスロープを使わないので、車いす使用者も障害のない方と同様に自由に乗り降りできるはずである。
ところが、私が操作している電動車いすでは-運転技術の問題かもしれないが-、乗り込むときのスピードが足りなかったり、少し斜めに乗ったり降りたりすると、前輪がホームと車両の間の隙間にはまってしまうことがある。こうなると「もし電車が発車したら大事故」という恐怖が、頭の中を駆け抜ける。それで、私はいつも、駅員の方に乗り降りを見て確認してもらうようにお願いしている。
少し前、大江戸線を使って会議に二日続けて出席した時に、電車の乗り降りの時に車いすのスピードが足りなかったのか、前輪をホームと車両の間に挟んでしまう失敗を2回経験し、そのたびに駅員さんに補助していただいて、無事車両に乗り込むという経験をした。
私加害者になったのかも??
私が主催責任を持っていた会議が、うまく行って無事終了し、なんともいえない疲れと脱力感を味わいながら大江戸線のホームで、帰りの電車を待っていた。「2回も前輪を落としてしまったから、今回は少しスピードを上げて乗り込もう」と私はぼんやりと考えていた。電車が入ってきてドアが開き、他の乗客が乗り込んで、私の前には誰もいないので、安心して少しスピードを上げて電車に乗ろうとした時に、目の前に、年配のご婦人が出てきて、車いすの前を斜めに横切って乗り込んで来た。私は慌てて運転用のスティックを後ろに引いて、その方にぶつからずにすんだと思ってほっとして、手すりにつかまっていた。
私のところに年配の男性が近寄ってきて「これ車のようなものだし、音もしないし、あんなにスピードを出して乗ったら危ない」「もっと大きな声で叫んで、周りの注意を引いてから乗りなさい」と何回も注意された。その方の言っていることは正しいと思ったので、「良くわかりました。今後は気をつけます」と言うような会話をした後で、「でもあのご婦人にはぶつからなかったので」と言うようなことを言ったら、その男の方が「いやぶつかったよ」「我慢しているだけだ」と言うようなことを言われた。私は、すごく焦った。ぶつかったんならお詫びしないといけないし、もしけがをしていたら等など、とても心配になった。でも、残念ながら私には、そのご婦人の区別もつかない。私に注意をした男の方も「もう良いよ、終わった事だ」と言うようなことを言って、別の車両に移って行ってしまった。
このことがあってから、もうずいぶんになるけれど、時々私の頭を、ぶつかったかもしれないと言われたご婦人の陰が浮かぶ。「たいしたことでなければ良いのだが」
歩行者も社会も電動車いすになれていないから
私が電動車いすに乗るようになって2年半になる。この車いす最高速度時速4km。ブレーキはなく、右手で操作するすディックを話すと止まる。法的には電動車いすに乗る私は歩行者なので、もちろん歩道を走り、横断歩道を渡る。電車に乗り降りする時には、駅員がスロープを使って誘導してくれる。この電動車いすに乗るようになって、私の行動範囲はすごく拡大した。買い物や学会出席で広い大学内を移動する時も、とにかく疲れずに、障害のない方が普通に歩く速度で移動できるようになった。
素晴らしい機器なのだが、例え時速4kmのスピードでも金属の塊が動いているわけだから、歩行者とぶつかったら相手にけがをさせる可能性が大きい。
歩道を歩く歩行者や自転車、それから電車の乗り降りとかの時、歩いている方たちの行動は、本当に予測不能だ。先ほど例に出した方も、私には突然、斜めに私の前に出てきたように思えた。なぜか歩道を通る自転車は、狭いところをすり抜けたりするし、小さな子供たちは、親の手を振り払ってちょこちょこと前に出てくるし、スマホを見ながらこちらは全然見てくれない歩行者。それと、車いすは低いので、子供には良く見えるのだが、背の高い大人には視線の下なので気をつけるように言われている。
それと、歩道と車道の段差も時々バリアフル、先ほど例にあげたように、車いす用に設計されたはずの地下鉄のホームと車両の間も、ベビーカーやスーツケースなどを押して入るのは便利だけれど、電動車いすを自走している人たちの事情をどのぐらい考慮して作られているのかわからない。
毎日電動車いすで外に出て、無事家に戻ってくるとほっとすると言うのは正直な気持ちだ。
何しろ、こちらが悪くなくても、相手にけがを負わせてしまう可能性は、こちらにあるから、とても怖い。いろいろな状況に対して、素早く判断できるのか、見えにくさも抱えている私なので。とても怖いけれど、でもこれがないと、私の活動範囲は極端に狭くなってしまう。
社会一般、高齢者や障害者を支援する専門家の人たちにもっと電動車いすのことを知ってほしい。関心を持ってほしい。
介護保険の制度でサービスをコーディネートするケアマネージャーの方たちは、高齢者が電動車いすを使うことを不安がる例が多いと聞いている。また、リハビリに携わる方たちは、自走式の車いすについては詳しいけれど、電動式については、実態を知らない方も多いように思う。
使いこなすために、特に町中で使いこなすためには、上記のような様々な問題があり、瞬時の判断力が要求される電動車いすだから、ケアマネージャーの方たちも家族の方たちも、使ってもらうのに慎重になるのはわかる気がする。また、電動に頼ると、筋力落ちるし、いわゆるリハには乗らないと思っている専門家もいると聞いている。
どちらもそういうことはあるのだと思う。でも、これを使えたおかげで、私のように、今までと同じように活動を続けていられる人もたくさんいるはずだ。
私が電動車いすの操作を教わり、「こんな時どうするの」といろいろと聞いて勉強させてもらっているのは、車いすの点検に来てくださる業者の方からと使用している当事者の方からだ。それでは不十分だと思う。
いわゆる支援の専門家が、もっと電動車いすの事に関心を持ってもらって理解してほしい。そうして、町の中でどのように使いこなしたら良いのかについて、使用者と一緒に考えていただきたい。
そうする中で一般社会へのアピールもして、環境を変えて行かないとと思っている。
私も加害者にならないように、もっと努力して行きたいと思っている。