料理することから生まれる生活の実感

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 私は、12月4日(金)早朝にダイビングツアーから帰国したのだが、実はツアー中に東京の新居のキッチン改造工事が行われていて、マンションに帰ってその結果を確認することになっていた。

 23回もダイビングができて、自分の健康状態に自信を取り戻せたと言っても、ひどく疲れているはずなのに、改造結果の事を考えると精神は興奮状態であった。

 キッチン改造の目玉は、高さ85センチの流し台を切り詰めて、高さ72センチにすることと、もう一つ、玄関の靴箱の棚をぶち抜いて、電子レンジなどの置ける作業台をつくってもらう事であった。
 業者さんは、うえるぱ高知の下元さんから紹介していただいた方で、とても親切に対応してくださっていたので、できあがりについて心配する必要はなかったけれど、ガス管や水道管が通っている流し台を外して、切り詰めてと言うことになると、本当に大丈夫かなと少し不安な気持ちもあった。

 午前11時頃マンションに戻って来て、すぐにキッチンに行って見た。
 見た目と言うのは不思議なもので、背が低くなった流し台は、とても小さく見えた。水槽や作業場所に立って見ると、すごく低く感じて「しまった切り詰めすぎたのかな」と言う感じがした。

 あんなに綿密に打ち合わせをしたのに、72センチは低すぎたのかななどと思いながら、ガスの着火を確認したり、水回りを点検したりした。仕上がりは思ったよりずっと良くできていた。

 翌日ダイビングツアーの報告を兼ねて友人の大井手さんと会うことになっていたが、「せっかく流し台ができあがったのだから、鍋持って行くから、家で飲まない」と言ってくれた。「買い物から一緒にしたら楽しいし」と言う彼女の言葉に甘えて、食器など何もない私の家に、大井手さんは鍋とお玉を持って来てくれた。

豚肉とほうれん草が置かれている流し台
(はじめて流し台の上に料理の材料が置かれた所)

 買い物で疲れ果ててしまった私を尻目に、大井手さんが料理をはじめた。
 「ガスを消したかな」と言う強迫観念にとらわれるのがいやで、今まで3年間、私はこのキッチンで煮炊きは一切しないことにしていたので、ガスコンロに土鍋がかかり、暖かい湯気が上がっている風景を見て、訳もなく感激してしまった。
 「私はここに住むんだな」と言う確信のようなものがわいて来た。

外大の上に土鍋がある図  切り詰めで扉が閉まらなくなった部分の様子
(左の写真はコンロと土鍋 右の写真は切り詰めて扉の閉まらなくなった空間部分)

 美味しいじょうや鍋をつつきながら、久しぶりに午前3時過ぎまで語り明かして、大井手さんは帰って言った。
 この事をきっかけに、私もキッチンに立って、野菜を切ったりとちゃわんを洗ったりするようになった。

 ガスコンロの位置が下がったので、鍋の中がちゃんと見えるし、流しもとても使いやすくなったのだが、私は今まで、80センチの高さの流し台を我慢して使っていたせいか、「低いな」と言う感じがなかなか拭えない。

 人間てすごく適応力があるようで、少しつま先立ちをして、変な格好で80センチの流し台を使っていても、10年もその状態が続くと、どうもそれが当たり前になってしまうらしい。自分に適した高さであってもその環境に慣れるのは一苦労のようだ。

 もう一つ誤算があった。作業台が低くなったから、手と目との距離が長くなって、ロービジョンの私にとっては、切っているものの材料が見えづらいような気がするのだ。
 切ると言う作業は運動感覚中心の作業だから目はあまり使っていないと思っていたのだが、どうもそうでもないらしい。

 慎重128センチの私にとって、72センチの流し台は、適切な高さなのだと思うけれど、もしかしてロービジョンと言う観点から見ると、手と目の距離が長くなるのは問題なのかもしれない。
 重複障害のある人間の生活環境を整えると言うのは、難しいものだなと改めて思い知った。

 とにもかくにも、キッチンを改造して多額のお金をかけたので、「ここに住むぞ」と言う覚悟ができた。
 改造をしてくださった方たちは、住んでいる中で出て来る問題について、これからもいろいろと相談に乗ってくれるそうなので、私が新しい環境に適応していく様や、それに手を貸してくださる方たちの事も、追々とこのブログに上げて行きたいと思っている。