視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から2022 第12回(最終会)「あったらいいな、こんなサポート」の 振り返りとこれから

雑誌「視覚障害」2013年5月号表表紙
雑誌「視覚障害」2023年5月号表紙

 2022年6月から連載を続けてきた「視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から」も、2023年5月号で最終会となりました。このテーマでの連載のコーディネートの依頼を編集室からいただいた時、「面白い」「やりがいがある」という思いで引き受けさせていただいた時、1年は長いし,本当に無事続けられるかなと不安でもありました。しかし、執筆を依頼させていただいた皆さんと、編集室の協力で、内容は予想以上の物になり、1年なんてあっという間に過ぎてしまいました。
 コーディネーターなどという肩書きをいただいた私ですが、このお仕事のおかげで,とても勉強になりました。

 執筆してくださった皆様、編集室の皆様、本当にありがとうございました。
 もう一つ、皆様の許可をいただいて、この連載の全てを,私のブログで公開させていただき,本当にありがとうございました。そのことで、視覚リハのことを知りたいと思っている多くの方達と情報を共有することが出来ました。感謝いたします。この連載がこれで終わるのかと思うと,ちょっぴり寂しいです。また何か「視覚リハの現場」を皆さんに知っていただく記事を書いて見たいなと思っております。
 本当にありがとうございました。

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視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から2022
最終回 「あったらいいな、こんなサポート」の
    振り返りとこれから

神戸市立神戸アイセンター病院
公認心理師 田中桂子

はじめに
 今回、筆者に与えられた課題は、本誌2014年10月号の連載「視覚障害リハビリテーションの現場から」に寄稿した「あったらいいな、こんなサポート」(以下、前著)について、すでに実現したこと、しつつあることを報告し、その上で、実現できず更に発展が望まれること、新たな視点について考察を加えることです。
 筆者は現在、公立の眼科病院、メンタルクリニック、高齢者介護関連企業の3か所で非常勤の心理職として働いています。神戸市立神戸アイセンター病院では、網膜変性外来やロービジョン(以下、LV)外来に同席して、患者さんへ情報提供をしたり、個別の面談などの心理支援をしたりしています。他には、他地域の眼科でLVケアのお手伝いや、支援施設などで行われている当事者や支援者向けの研修、同行援護従業者や盲ろう通訳・介助員養成研修などの講師をしています。

1.2014年10月号で語った「夢」
 それでは、前著に記しました五つの提案について、現状と考察を述べていきたいと思います。
(1)365日・24時間対応している電話相談
現状:対面、電話、リモートでの相談は少しずつ充実してきていると思われます。しかし、切れ目なく設置された相談窓口は未だなく、時間外の対応には、個人的な善意や尽力に頼っている状況です。
 あたりが寝静まった暗闇の中で、不安がコントロールできなくなったとき、誰かに話を聞いてもらえるとどんなに救われることか。そして、相手が視覚障害に関しても理解をもつ人だったら、安心感は更に大きいでしょう。
 前著では、365日・24時間、無料で電話相談に応じてくれる「いのちの電話」のような仕組みを取りいれた、「視覚障害者ホットライン」が実現できないだろうか、また、同様の既存の組織と連携して、視覚障害者に特化した相談枠の開設はできないだろうかとの提案をしました。当時は、電話やメールでのやりとりが主流でしたが、この10年弱の間に、LINEなど比較的手軽なコミュニケーションツールがいくつも出現しており、今後は、これらを使用した斬新な相談の仕組みが考えられるかもしれません。
 たとえば、AIが対話の相手をする仕組みはどうでしょう。昨今、心理学の分野では、AIカウンセリングが開発・試行されています。こうしたツールは、込み入った話は無理にしても、話がしたい時にとりあえずの「応答」を得ることができるかもしれません。また、翻訳機能を搭載して、北半球と南半球、昼夜が逆の国の人に話し相手になってもらうというアプリシステムも作れるかもしれません。相手からの応答を得ることで人は落ち着きを取り戻すと言われています。上記のツールは十分とはいかないまでも、利便性のあるシステムではないでしょうか。
 また、(1)のテーマに関連して「効率的に話を聞くこと」について書いてみます。筆者は数年前から、ある視覚障害関連団体で相談員の研修を担当しています。そこで学んだことは、「とりあえずの相談事」が済むと、後は全く関係ない話を延々とし続ける相談者が少なからずいるということです。「話を聞いてほしいこと」も当事者のニーズであるなら、「相談」と「話し相手をする」を区分けし、対応するとよいかもしれません。回線数や容量、時間制限がある中で、「話を聞いてほしい」モードには、たとえば、ピアカウンセリングの手法を使って、別枠で対応できるのではないかと考えます。

(2)大きい・小さい、視覚障害者の自助グループ
現状:当事者やその支援の組織、また、それぞれの属性を持つ自助グループは少しずつ増えていると実感しています。ただ、患者数が少ない疾患の当事者が集う場所はまだ絶対数が不足しています。
 性別、年齢、病名などに関係ない「視覚障害」という大きな括りで構成されているグループに所属することは、「大きな視点で視覚障害を捉え、心の視野の拡がりが期待でき」、その上で、より「わかりえあるという実感を持つために、自分と近い境遇の人たちによるグループで交流を重ねることが有効」です(*1)。たとえば、日本網膜色素変性症協会(JRPS)では、各支部活動の他、会員の属性ごとにアイヤ会(1996年)、ユース部会(2004年)、「親の会」(2017年)、「ミドルの会」(2022年)が順次発足し、小さな括りのグループで会員同士の交流を深めているとお聞きします。
 また、コロナ禍以降、リモートでのやりとりが増えました。見えない・見えにくい方々がこうしたツールを使うには、手順の面倒さもありますが、今までなら出向くことが難しかった遠方の人たちやグループと交流を持つこともできるようになっています。それを活かすためには、全国にどういう属性の当事者のグループがあるか、その運営や活動などを検索できる仕組みがあればいいなと思います。

(3)視覚障害者が自由にデザインする有償の訓練や生活支援サービス
現状:筆者が知る限りでは、残念ながら、このような有償サービス利用者が増えているという実態はないと思われます。
 前著執筆後、当事者からのご希望があり、フリーランスの専門職に有償の訓練を依頼したことが幾度かありました。いずれの場合も、今すぐ訓練が必要な事情があるものの、「受給者証がない」、あっても「訓練が数か月待ち」、あるいは、「希望の期間の訓練は受けつけてもらえない」など、フレキシブルな対応ができないケースでした。その結果、どの方も、専門職が提供する対価に見合った訓練にとても満足され、後に公的制度を利用できるようになっても、必要な時には有償サービスを利用されるようになっていかれました。
 無償、低料金の国の制度を利用することは、納税者の権利であり、それを否定するものではありません。しかし、その制度では利用できるサービスがなく、その結果、必要な援助が望めない場合には、相応の対価を支払い、目的をかなえることも必要な時代になってきているのではないかと思います。その結果として、自分の力で自由を勝ち取ることができるのならば、その先には、真の自立があるでしょう。

(4)法律・税務・労務のワンストップサービス
現状:需要がほとんどなく活動休止となっています。
 法律や税務、労務に関わる作業はただでさえ煩雑なものです。2014年当時、筆者自身もチームの一員として「Handicapped person Support Team(HST)」を発足させたばかりでした。主な活動内容は、視覚に障害がある方が無用な心配をせずに、法律・税務・労務の専門家に繋がれることを目指したワンストップサービスです。当初、数ケースのご相談があり、必要な専門家が連携して対応をさせていただきましたが、その後、我々のアピールが弱く、活動を発展させるに至っていません。
 見える・見えないに関わりなく、我々の日常には、「自力では片づけるのが困難なやっかいな事柄」が降ってきます。相談案件がないのではなく、必要な方々に届くための我々の工夫が不足しているようです。そのためには、視覚リハビリテーション(以下、視覚リハ)のいろいろな分野からご意見を伺い、情報の発信の仕方を見直すことが必要ではないかと考えます。

(5)支援者のためのトレーニング 
現状:職能集団ごとの会ができたり、専門性を高めるための研修システムができつつあります。しかし、対人援助者に不可欠である「安心できる場と仲間で自分たちの仕事を振り返る」ことを実現するには、まだ十分とはいえません。
 前著では「小さいグループでもいいので有志が集まって、各自が自分の仕事を安心して語れる場を作ってみてはどうでしょうか」と書きました(*1)。筆者は心理臨床の世界で、この「語れる場」の有効性を実感していることから、視覚リハの世界でもこのしくみを紹介し、ぜひ拡げたいと考え、話が通じる仲間に少しずつ実施を持ちかけました。
 その結果、現在ではいくつかの施設で、継続的に実施する「語れる場」が実現しています。当初は慣れない試みに怯えもあったと思われますが、経験を重ねていくうちに、その場が当事者支援に役立つこと、そして、それが自分たちにとって楽しい時間であることに気づいていただくことができています。今後も、少しずつこの「語れる場」を増やしていきたいと思っています。

2.今後「あるといいな」の事柄
(1)巷にあふれる移動支援機器情報の整理
 従前から赤外線を用いるなどの移動支援機器は存在していましたが、ここ数年のそれらの開発スピードには目を見張るものがあります。多くの支援機器が出てくると、個別のニーズに応じた対応が期待できます。しかし、その種類が、あまりに急速に増えてきたことで、当事者のみならず支援者でさえ、その情報に追い付けなくなっていると聞きます。
 今後もこの傾向は続くと思われ、続々と世に送り込まれる移動支援機器を、機能別に整理し、現時点でのメリット・デメリットをわかりやすく提示したり、当事者の個別のニーズに応じた説明が的確にできたりするような仕組みの構築が望まれるのではないでしょうか。

(2)福祉の専門特化
 視覚リハのニーズは年齢や見え方、また、生活状況によって多岐にわたります。特に介護保険と障害者福祉が複雑に絡む65歳以上の高齢者対応、障害者年金受給などは、高度な知識とそのアップデートを必要とします。そういう中で、視覚リハ施設として、また、視覚リハ専門家として、「特にこの分野や年代のことなら任せてください!」という仕組みができるといいのではと思います。
 つまり、支援者同士、組織同士で連携・協働して、得意分野の支援を行うのです。我々心理職の多くは、自分の専門分野を持っています。たとえば医療、教育、福祉などで、さらには、子ども、青年、高齢者といった世代別にもあります。ジェネラリストであると同時に、ある分野のスペシャリストでもある…そのようなあり方が、支援者に無用な負担を強いず、かつ利用者に対し、より貢献できる支援の枠組みを作り出すのではないかと考えます。

(3)家族支援のあり方
 当事者家族の集いでよく出る話題は、「親亡き後の子どもの行く末」についてです。「障害がある」、さらに「配偶者がいない」子どもともなれば、心配の種が尽きないのは想像に難くありません。親が元気なうちに、「不便はあっても、我が子はちゃんと日常をこなしていけるんだ」と確認できることは、家族の安心、落ち着きに繋がり、ひいては子どもを支えることに繋がると思います。
 そのために親が生前にしておくべきことは何か、また、日常で親がサポートする必要があること、逆に直接手を出さず見守るのがよいことは何か、それらを少しずつ学べるフランクな勉強会があるとよいかもしれません。

(4)ECLO
 最後に、昨今、日本でも注目を集めている患者支援のワンストップサービス「ECLO」について柏倉論文(*2)を引用しながら概説します。
 ECLOとは、Eye Clinic/Care Liaison Officerの略で、イギリスの眼科に配置されている眼科連携職員を指します。日本では「失明時アドバイザー」と訳されることもあります。ECLOの資格を得るには、ロンドン市立大学に設置された眼科サポート研究コースで、眼の病理・生理・心理に関する専門知識、LVケア、視覚リハ、LVエイド等の支援機器、視覚障害認定にかかる申請手続き、福祉サービス受給のための法的手続き、病院外の社会資源との連携業務、カウンセリングをはじめとする精神面の支援、特別支援教育などの研修を修了する必要があります。
 また、その役割は、①医師の診断内容を患者が理解できるよう助言する、②患者を必要な社会資源に結び付ける、③治療を受けながら送る生活を患者自身が自己管理できるように支援する、④地域における自立生活や治療に関する情報を提供することによって、患者が自己決定、自己選択できるよう後押しする、などがあります。
 ECLOがその機能を充分発揮するためには、眼科医療におけるチームの一員として認知されることが前提です。視覚障害当事者のECLOは1サポーターとしてではなく、資格を取得した専門職として支援に関わっており、このシステムは、彼らの職域開発としても機能しています。
 2022年度、日本視覚障害者団体連合において、「失明の可能性の告知を受けた人の早期相談支援体制の構築に向けた調査研究(日本版ECLOの検討会)」が実施されました。
日本ではこのような支援は、医師、視能訓練士、歩行訓練士、盲学校教員、相談支援員などが、それぞれ個別に、また専門外でも知識のある分野を担当して関わっているのが現状です。したがって、ECLOの導入にあたっては、この制度を「そのまま日本に持って来られるか」について、慎重な検討が必要になってくるでしょう。
 医療の現状では、国家資格者以外をチームに入れること、また、情報を共有することの制限があり、その部分をどう整えるか、またECLOのような専門職を、どういう機関で誰が養成するかも課題です。
 イギリスでは、視覚障害者協会(RNIB)が、初年度は配置にかかる人件費の全額を負担しているということです。養成や配置に関するこうした財政的基盤を整えることも必要になるでしょう。

おわりに
 前著で挙げた項目について見直し、また、新たな視点を加えて筆を進めました。読者のみなさまへ、未来に向けての問題提起となれば幸いです。昨今の目を見張るSNSやITの進化は、見え方に困難がある方々にとって、大きな福音ではあります。一方で、その恩恵を受けにくい方々が、取り残されていく、両極化の傾向も出てきています。
 支援を必要としている方が自分のニーズをきちんと他者に伝えるためには、ハード面だけでなく、ソフト面での支援が、より細かく要求される時代になってきつつあるのではないでしょうか。
 リアル・バーチャルの両面から、支援者が、当事者それぞれに応じたニーズを拾いあげていく。そういう仕組みが、今後はますます必要になってくると考えます。
筆者の専門である心理臨床のフィールドから何ができるのか常に考えながら、視覚リハの現場に身を置きたいと思っています。

【引用文献】
(*1)「あったらいいな、こんなサポート」田中桂子 『月刊視覚障害』pp.42-49 2014年10月
(*2)「イギリスにおける中途視覚障害者支援の動向-RNIBが推進するECLOの役割を中心に-」柏倉 秀克 日本福祉大学社会福祉学部『日本福祉大学社会福祉論集』第136号 pp.1-14 2017年3月