視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から2022 第1回 再びこのシリーズをコーディネートするにあたって

月刊視覚障害2022年6月号の表紙
月刊視覚障害2022年6月号表紙

もう8年前になるのですが、私が企画を出させていただいて、「視覚障害リハビリテーションの現場から」というシリーズをコーディネートさせていただいたことがあります。今年の1月ごろだったか、「同種のシリーズをまたやって見ませんか」と編集部の方から依頼を受けて、8年間の時を経て、「視覚リハの現場がどのように変わってきたのか」を知りたいと思いましたし、社会一般の皆さんに「視覚リハの現状」を知っていただく機会にもなると思い、この依頼を引き受けさせていただきました。

 そして、私が第1回を担当し、その後11人の最前線で頑張っている方達に執筆を依頼して、快く受けていただき、6月号からシリーズ「視覚リハ(ロービジョンケア)の現場から」がスタートしました。

今まで、月刊視覚障害の許可を得て、私の書いた物は、発行から1ヶ月経ってからこのブログで公開させていただいていましたが、「もっと早く沢山の皆さんに見て欲しいんですが」とお願いして、発行から1週間で、ブログに公開する許可を得ました。また、PDFデータでの公開も認めていただきました。それだけでなく、他の11人の著者の方から許可をいただければ、その方の著作も、このブログで公開しても良いという許可までいただけました。

 このシリーズが、今の視覚障害リハビリテーションについて、多くの方に知っていただいて、少しでもそのサービス内容が前進することに寄与できたらと思っております。いろいろと無理を聞いてくださった「月刊視覚障害」の方達に感謝を込めて。

視覚リハの現場から第1回.pdfをダウンロード

はじめに
今から8年前、本誌2014年4月号から1年間にわたり、私は「視覚障害リハビリテーションの現場から」というシリーズをコーディネートしました。この企画は、視覚障害リハビリテーション(視覚リハ)に対する一般社会の理解も乏しい中、視覚リハを必要としている方たちのために、できるだけ良いサービスを提供しようと頑張っている歩行訓練士や眼科医など、視覚リハの専門家の方11名に、当時おかれていた状況や思いなどを執筆していただくというものでした。
 時を経て、視覚リハを取り巻く環境に加え「支援を受ける対象者のニーズ」も多様に変化してきました。今回のシリーズでは、それらに対応するため、厳しい条件の中で、様々な立場で、様々な場所で活動している視覚リハ専門家11名の方々に、現況の報告をしていただきます。
 シリーズを始めるにあたって、この8年間に、視覚リハシステムを取り巻く状況がどのように変化したのか、サービスを提供する側の環境がどのように変化したのかなどを概括いたします。それを通して、視覚リハの現在地を認識していただき、第2回以降の11名の方の報告を読まれる際の参考にしていただければと思います。

1.8年前の視覚リハシステムを取り巻く状況
 我が国も2014年に批准した「障害者の権利に関する条約」(以下、権利条約)の第26条「ハビリテーション及びリハビリテーション」の条文を要約すると、「障害者は、何歳になっても、性別や立場がどうでも、どこに住んでいようと、障害を負ってからできるだけ早く、最善のリハビリテーションサービスをその障害者の居住している地域で受ける権利があり、締約国は、障害者のリハビリテーションを受ける権利が現実のものになるように全力を尽くさなければならない」とされています。
 2014年の「視覚障害リハビリテーションの現場から」でも第1回を担当した私は、「我が国の視覚リハサービスの内容が、現在『権利条約』の要求している内容と乖離していることは、視覚障害当事者のみならず視覚障害者の支援に携わるものであれば熟知していることです」(注1)と述べ、その原因として次の3つを挙げました。
(1)脊髄損傷や頸椎損傷などの医学的リハビリテーションが、医師の支持の下に、医療と深く結びついて、医療の範疇の中で発展してきたのと違い、視覚リハ(歩行訓練・コミュニケーション訓練・日常生活訓練等)は、視覚障害当事者や福祉・教育の関係者の努力によって医療の範疇の外で発展してきたこと。従って理学療法士や作業療法士等が国家資格化して、専門職としての地位を与えられたのに対し、視覚障害生活訓練等指導者(歩行訓練士と称する)は、認定資格という形で、専門職としての地位が確立されていないこと。
(2)歩行訓練等の方法・技術は、全盲の方に対して訓練を行うことを前提として発展してきたため、長い間、何らかの視機能が使えるロービジョンの方たちを、視覚リハの対象とみなさなかったこと。
(3)視覚リハが職業訓練の前段階と考えられて発展して来たのに対し、視覚障害者の7割が高齢視覚障害者となり、対象者のニーズの変化にサービス体制が追いついていないこと。
 以上のような、 「障害者の権利としてのリハビリテーション」の理想との乖離を生み出していた2014年における状況が、現在、どのように変わったのでしょうか?
 8年前と比較して、まず、支援の対象である視覚障害者の高齢化がさらに進みました。また、ロービジョンケアの普及とスマートサイトによる医療との連携の深まりの中で、手帳を取得するまでには至っていないが、見えにくいことで困っている方たちが、視覚リハサービスを利用する機会も増えてきました。そして、介護保険との関係で、65歳を境として視覚障害者に対するサービス提供体制も大きく変化するようになりました。
 一方、視覚リハサービスを提供する歩行訓練士等の専門性は担保されておらず、人員不足の状態は8年前と変わっていません。
 主要なポイントについて、詳しく見ていきましょう。

2.医療との連携について
(ア)ロービジョンケアも眼科医の使命
眼科医療の使命は「病気を治すこと」であるという考え方は、今でも多くの医療関係者の方たちには最優先のことだと思われているように感じます。だから、今の医療では治せない状態の患者さんに「あなたは治りません」と告げることは、医師にとっては敗北宣言だとみなされていました。2001年に高知県立盲学校内に設置された視覚障害者向け機器展示室「ルミエールサロン」(注2)のチラシを作成し、高知県内の眼科に配ろうとしたところ、「こんな物を置かれると、患者を治せない病院だと思われる」と、置くことすら断られた経験がありました。
 また、1.の(1)で述べたように、視覚リハは医療現場と離れた所で発展してきたという経緯から、眼科医は歩行訓練などの視覚リハの存在も方法も知らなかったということもあり、治らない患者に対する「障害の告知」は行われないことが多い状況でした。
 そのような中、 「視覚に何らかの障害があり生活に支障のある方たちに対して、少しでもそのQOLを向上させること(ロービジョンケア)も医師の大切な使命」という考え方が、徐々にですが広がってきました。理由の一つとして、今までボランタリーに行われていたロービジョンの方たちへの支援が、2012年に「ロービジョン検査判断料」として保険点数化(注3)されるようになり、ロービジョンケアに対して医師が関心を示すようになったことが挙げられます。病院でも、患者に対して「福祉機関や教育・職業訓練などの情報を提供すべきである」という考え方が登場し始めてきました。
(イ)スマートサイトによる医療から福祉・教育・職業
   訓練などへの連携
眼科医からの視覚リハサービスの情報提供は、広がる傾向を示してはいたものの、普及するまでには至りませんでした。その理由としては、必要な福祉サービス等の情報を患者に直接伝えることは、「あなたはもう治りません」という告知に繋がるという眼科医の心理的な負担が大きいこと、福祉制度や福祉サービスの情報を眼科医自身が集めることの困難さなどが挙げられます。
 そのような状況を少しでも緩和する方法として、アメリカの眼科医会が実施していたのが「スマートサイト」(注4)というシステムです。このシステムは、良い方の目の視力が0.5以下になった患者さんに、地域の眼科医会が、 「見えない・見えにくい方のために視覚リハサービスを提供している施設等の情報」をリストアップしたリーフレットを患者さんに手渡すという方法です。そして、リーフレットを手渡された患者さんは、自ら必要とする施設等に連絡してサービスを受けることができるという仕組みです。
 我が国にこのシステムが紹介されたのは、2006年ごろからで、医療から視覚リハサービスへの情報提供が重要であると考えた先進的な眼科医会が、このシステムを少しずつ採用していきました。手渡す対象の患者は各県によって運用のされ方に違いがありますが、よく見える方の目が0.4を下回った方とされています。
 日本眼科医会では、このスマートサイトの普及を全国的なものにするために、まだシステムを導入できていない都道府県の眼科医を集めて講習会を開いたり、リーフレット作成に補助金を出したりして、システム作りをサポートしました。その結果、2021年6月には全ての都道府県でリーフレットが作成されました。このようにして、適切な視覚リハサービスに繋ぐことも大切な眼科医の使命であるという考え方が、徐々に広がってきています。
 歩行訓練士を始めとした支援者は、「見えない・見えにくい状態になったら、なるべく早く視覚リハサービスを知って利用して欲しい」と切望していました。言わば医療との連携は悲願でしたから、スマートサイトのリーフレットが全国で作成されたことは、医療から福祉・教育などへの患者さんの流れを大きく改善することになると期待されています。
 都道府県によって、見えない・見えにくい方たちへの支援体制が違いますから、それぞれの眼科医会の担当者と、福祉・教育・行政などの方たちが集まって、患者さんが相談しやすい窓口、役割分担や連携の仕方等を検討し、リーフレットが作成されています。この作成過程で、医療・福祉・教育・行政など、立場の違う専門家がお互いを理解することができます。ただ、このスマートサイトによる連携の在り方については、非常に地域差が大きい上にこれからの課題も多く、多数の地域では、連携のスタートラインに立った所という段階です。
 
3.視覚リハサービス提供施設等の状況と歩行訓練士の
 専門性の担保の状況
『視覚障害者の生活訓練実施機関の現状(2021)』(日本ライトハウス養成部)によると、現在、視覚障害者の生活訓練を実施している福祉関連の機関は全国に86か所、歩行訓練士を常駐させている病院は5か所(内1か所は、2021年度までで訓練士が退職)です(注5)。眼科医療の中で視覚リハ(ロービジョンケア)が認知され、早期の視覚リハの必要性が認知され始めても、歩行訓練士の資格は認定資格で、医療に関わる国家資格でないことが大きく影響して、病院から始まるリハという形にはなりにくい状況です。
 福祉関係の訓練施設がない県は、山形・岩手・群馬・和歌山・奈良の5県で、それらの県では、日本盲導犬協会や日本ライトハウスに事業を委託して、視覚リハサービスの提供を行っています。
 大都市とその周辺を除けば、訓練施設は1県1か所であり、訓練担当者が一人ということも多く、「訓練した
い」と申し込んでも長い期間待機させられる例が多くなっています。また、埼玉県や神奈川県などのように、県内に複数の訓練施設を持っていても、訓練希望者が多く、歩行訓練などは1年以上待たないと受けられないという話も聞こえてきています。
 前述のように、歩行訓練士の資格については現在も認定資格で、我が国で歩行訓練士の養成が始まった時のやり方が今でも強く影響しています。例えば、点字図書館などに就職し、視覚障害の歩行訓練や生活訓練に携わるという役割を持った職員を、日本ライトハウスの養成部に派遣するという形態等が続いています。
 2021年4月時点で、日本ライトハウス養成部や国立障害者リハビリテーションセンタ-学院等を卒業し、認定資格を得た方は約980名いますが、実際に歩行訓練や日常生活訓練に携わっている方は、その半数にも満たないのが実状です。8年前と正確に比べることはできませんが、訓練実施施設は微増に留まっています。歩行訓練・日常生活訓練などの視覚リハサービスのみに専門的に従事している訓練士は、本当に一握りだと推測されます。

4.視覚リハサービスの普及を阻む社会一般の視覚障害
 に対するイメージ
 「ロービジョンケアも眼科医の使命である」という考え方が、徐々にではありますが広がってきている一方で、社会全体の「見えない・見えにくい」方たちに対する理解は進んでいるのでしょうか? 確かに少しずつ改善されている部分はありますが、相変わらず「視覚障害者とは全盲の人」「視覚障害者の数は少ない」「多様な見え方についてほとんど知らない」といった程度の認識だと思われます。特に、高齢の方たちの間では、「歳を取ると見えなくなるのは当たり前」という「都市伝説」がはびこっていると同時に、「見えなくなったら一人では何もできない」という強い固定観念があります。また、高齢の方たちを支える側の家族には、「歳を取ってから見えなくなったら、一人では何もできないから自分たちが介護するか、介護サービスに頼むしかない」という思いがとても強いです。
 介護福祉士やホームヘルパーの教育カリキュラムでは、視覚障害について学ぶ時間が少ない上に、単独で外出などができる視覚障害の方のケースをモデルとして学ぶことが多いため、高齢になってから見えない・見えにくくなった方たちについての知識はほとんどありません。
 65歳(特定疾患の方は40歳)からは、障害に対する介護やリハビリなどのサービスが必要な方たちは、介護保険制度を優先的に利用することになっています。しかし、介護保険は障害別に特化されたサービスを提供するシステムではなく、主に認知症や身体介護に対応するためのサービス体系になっているために、見えない・見えにくい方たちにとっては利用しづらいシステムです。
 このような理由から、介護保険法でのサービスで適応できない視覚障害に特化したサービスについては、障害者総合支援法でのサービスを「併給」という形で受けることができます。しかし、残念ながらケアプランを組み立てるケアマネジャーも担当窓口も、このことについての十分な知識がなく、特に歩行訓練や日常生活訓練などの視覚リハに関わるサービスの存在は、ほとんど知られていない状態です。
 高齢になってから見えない・見えにくい状態になる方が、視覚障害者の8割を超えると言われている現在において、「歳を取ったら見えにくくなるのが当たり前」「見えなくなったら何もできない」という一般の認識を変えていくためには、環境改善や暮らし方の様々な工夫によって、QOLが向上し、老後の暮らしを生きがいのあるものにすることができるという視覚リハの効果を、もっと広く世の中に知ってもらう必要があります。しかし、人数も少なく専門職として位置づけられていない歩行訓練士にとって、積極的に啓発活動を行うことは至難のわざとも言えます。
 
おわりに
 このシリーズでは、まだまだ世の中に知られていない視覚リハサービスの普及のために努力している歩行訓練士の方たち、広い地域の中の唯一の眼科病院、十分なスタッフもいない中で地域や他の社会資源と連携しながら頑張っている眼科医の方、視覚障害に特化した就労継続支援B型事業所を運営し、高齢視覚障害者の生きがい作りや居場所作りに頑張っておられる方など、11名の方たちに様々な立場と視点から執筆していただき、「誰一人取り残さない視覚リハシステム」を作り出すための手助けになればと思っております。

(注1)吉野由美子(2014) 「視覚障害リハビリテーションの現場から 第1回」 月刊『視覚障害』 №311,4月号,pp23-30.
(注2)吉野由美子(2022) 「視覚障害者向け機器展示室ルミエールサロン20周年記念式典に出席して -20年の軌跡から見えてきたことー」 月刊『視覚障害』 №405,2月号,pp15-24.
(注3)ロービジョン検査判断料についての参考サイト
https://www.doctorsupportnet.jp/yougo/low_vision.html
(注4)永井春彦(2010) 「スマートサイト ――米国眼科学会の取り組み」 月刊『視覚障害』 №272,1月号,pp20-25.
(注5)『視覚障害者の生活訓練実施期間の現状(2021)』は、日本ライトハウス養成部が発行する「視覚リハビリテーション93号」に掲載されているほか、そのデータは日本ライトハウス養成部のHPより見ることができる。
http://www.lighthouse.or.jp/yosei/yoseibu.html#1