コロナ禍の中、猛暑も続いていて暑い暑いと言っている内に、あっという間に1ヶ月が過ぎてしまいました。
「高齢視覚障害者を取り巻く問題を直視する」の連載も7回目になり、私が思っているよりも、多くの方に読んでいただいているようで、高齢視覚障害者の状況や、その支援に取り組む方達のことを、少しでも多くの方に知って欲しいと思い、頑張って書いています。本当なら、現場に取材に行きたいし、直に皆さんのお話を聞きたいのですが、今は無理。そんな中ですが、オンラインでのインタビューにも、皆さんとても協力してくださって、沢山資料を出してくださって、私もすごく勉強になっています。本当に感謝しています。
さて、7月号のアイさんの記事は、沢山の高齢視覚障害者の方に勇気を与えたみたいです。良かったです。今回は、アイさんを実際に支援してくださった側の方達の思いを書かせていただきました。読んでいただければ幸いです。
はじめに
第6回では、視覚障害者支援施設 七沢自立支援ホームで3カ月間、視覚障害リハビリテーション(以下、視覚リハと略す)サービスを受けたアイさん(仮名)にお話を伺いました。そのお話を通して、高齢視覚障害者に対する視覚リハの効果について、皆さんに実感していただけたものと私は確信しております。
今回は、視覚リハサービスを提供する側のお2人から伺ったお話をご紹介したいと思います。
一人目は、七沢自立支援ホームで視覚障害生活訓練等指導員(歩行訓練士)をされている内野大介さんです。内野さんには、「なぜ、高齢視覚障害者を積極的に受け入れて、効果的なサービスを提供できるようになったか、その背景と思い」について伺いました。
二人目は、神奈川県横須賀市でいけがみ眼科整形外科を開業し、地域に根ざしたロービジョンケアを行なっておられる医師・澤崎弘美さんです。澤崎さんには「見えない・見えにくい状態になった方が、視覚リハを受けることの必要性と、視覚リハの役割」について語っていただきました。
1 七沢自立支援ホームが提供する視覚リハサービス
内野大介さんは、2005年に七沢ライトホーム(現・七沢自立支援ホーム)に就職しました。就職当時の入所施設に対する視覚リハ業界の一般的なイメージは、「三療などの職業訓練の前段階として機能訓練を行なう施設」だったようです。現実はずいぶん違っていて、そのギャップに違和感を覚えたそうです。そこで、七沢自立支援ホームにおける利用者のニーズの変化と、それに合わせて広げてきたサービスの内容、そしてその到達点について話していただきました。
(1)七沢自立支援ホームの利用者の変遷
七沢自立支援ホームは、1973年に神奈川県総合リハビリテーション事業団(現・神奈川県総合リハビリテーションセンター)の中に設置された肢体不自由者・視覚障害者の支援施設として始まりました。入所・通所・訪問により、視覚障害者に機能訓練(歩行・コミュニケーション・日常生活動作技術など)を中心とした総合的なサービスを提供しています。開設から2019年度末までの利用者総数(利用中を含む)は、入所822人、通所291人(訪問含む)、合計1,113人になります。
開設当初は、中途視覚障害者の経済的な自立を目標にして、職業リハビリテーションへつなぐことがほとんどで、開設初年度の利用者は、全員が三療の資格取得のために盲学校などへ進学したそうです。1980年代に入ると、少しずつ利用者の傾向が変わってきて、盲学校で理療科へ進学できなかった卒業生が、日常生活動作の拡大や社会性の獲得を目指して入所するようになりました。視覚障害と他の障害を併せ持つ重複障害者も増加していき、さらに障害者を取り巻く様々な社会状況の変化によって、より個別的な支援が必要になってきました。このような利用者のニーズの変化と時代の流れの中で、機能訓練を行なうだけでなく、個々の生活自立や、地域移行を目指したサービスが行なわれるようになっていったのだそうです。
高齢視覚障害者に焦点を当てると、65歳以上の利用者が初めて入所したのが1977年で、それ以降は数年に1人程度と少なかったのですが、2000年前後から徐々に増え始めて、毎年数人が入所するようになったそうです。2015~19年までの最近5年間(総数49人)では、65歳以上は11人(22.4%)、60歳以上になると19人(38.8%)で、最高齢は83歳でした。
入所者の平均年齢の推移をみると、1970年代は約39歳で、その後徐々に上昇し、2000年代は約48歳、2010年代は約51歳でした。
通所者も高齢化の傾向が顕著であり、2019年度の通所者(総数21人)の平均年齢は57.0歳、65歳以上は8人(38.1%)、最高齢82歳でした。
(2)入所者のニーズに応える形での機能訓練以外の生活支援プログラム
1990年代に入ると、盲学校を卒業しても三療の資格を取ることができない方、脳血管障害や糖尿病などの医療的な配慮を要する方、経済基盤のない単身の方など、多様なニーズを持つ利用者が、徐々に増加しました。その方たちの持つ問題を解決するためには、個別的で総合的な生活支援と地域移行のための支援が必要になってきました。
生活支援プログラムのキーワードは、個別支援と地域移行支援です。宿舎生活においては食事や入浴、身辺管理などの評価を行ない、地域移行に向けて必要に応じて社会資源の活用を検討します。
医療関係では、神奈川リハビリテーション病院と連携して眼科以外の診療も行ないます。健康管理には、点眼・服薬管理などの自己管理に向けた段階的な支援も含みます。
さらに、退所後の進路支援として、職業訓練校や日中活動の事業所の見学引率、高齢施設などへの移行、新規の居宅設定など、利用者に応じて個別に地域移行に向けた支援も行なっています。(注1)(注2)
利用者のニーズの変化に対応しつつ、機能訓練以外の総合的な生活支援プログラムを導入してきたことが、高齢視覚障害者を受け入れ、効果的な視覚リハを行なえるようになった基礎となっているとのことでした。
(3)高齢視覚障害者に有効な視覚リハのサービスとは?
内野さんは「当施設には、高齢視覚障害者に対する既定のプログラムというものはありません。その方の視機能、身体状況(認知面含む)、生活歴など、多様な観点からアセスメントし、本人の希望を踏まえながら、地域生活に向けて個別的にサービスを提供していきます」と言います。
訓練の目標を技術の習得だけに限定してしまうと、結果として、できないことが増えてしまう可能性があります。自尊心を尊重しつつ、できることとできないことをご本人と一緒に見極めながら、同時に社会資源の選択肢を提示します。できないことを否定的に捉えず、周りの協力を得たり、社会資源を活用したりして、本人が自己決定できるように支援していきます。そうすることで、気持ちの変化が生まれ、視覚障害があっても前向きに生活していくための意欲や自信を取り戻すようになります。そして、社会とのつながりを再構築していくのです。
たとえば、歩行訓練についてみてみましょう。以前に内野さんが行なった「自立支援ホームの歩行訓練の効果に関する調査研究」によれば、年齢を問わず一定期間訓練を行なっても、約16%の利用者が「施設周辺エリア」での単独歩行しか可能になりませんでした。また、公共交通機関を単独で利用できるようになった人の割合は、49歳以下に比べ、50歳以上では20%以上低かったとのことです。このことから、歩行訓練では単独歩行と誘導歩行を両輪として考えていく必要があるとのことです。
具体的に言うと、歩行訓練の経過の中で、本人が単独歩行の難しさを自覚できた時に、同行援護や誘導ボランティアを紹介します。場合によっては、誘導ボランティアを利用する訓練なども行ない、安心安全に外出できることを経験してもらうのです。ご本人にとって具体的な外出先が思いつかない場合は、情報提供施設などを任意の目的地に設定して、誘導歩行の訓練を行ないます。外出の意欲が高まれば、目的のために外出手段を選択できるようになります。このように、ある手段では本人が目標を達成できない場合、支援する側から、それを補うためにどうすればいいのかという他の選択肢を提示します。
支援する側は、あらゆる訓練を通じて、ご本人が挑戦することや学ぶことの楽しさを思い出し、意欲や自信を取り戻していくきっかけを提供します。同時にご本人が自分でできることの限界を知った時に、社会資源を活用し、周りの方の協力を得て生きていけるように支援を行なっています。
また、当事者同士の関わりがいい効果をもたらすこともあります。同じ障害のある仲間との会話に救われたり、仲間の前向きな姿に感銘を受けたりすることがあります。実際に、入所することで初めて当事者と交流する方もいます。集団で体験するセミナーや行事などを定期的に行なうことで、そのような交流の機会を設けていきます。つまり、視覚リハの効果は訓練による技術的な変化だけでなく、精神面での変化も大きいのです。
それぞれの利用者が、自分のできることとできないことを見極めて、自分で生き方を選択できるようにするサービス全てが視覚リハであると七沢自立支援ホームは考えています。機能訓練だけでなく、このように総合的な個別支援を行なっていくことが、今の七沢自立支援ホームの方針です。
2 眼科医として視覚リハに対する思い
澤崎弘美さんには、高齢視覚障害者に焦点を絞って、見えない・見えにくい状態になった方たちを視覚リハにつなぐことの重要性や、高齢視覚障害者に対する視覚リハが目指すべき役割についてお話しを伺いました。
(1)視機能の低下によるADLの低下とフレイル
人間は外界からの情報の多くを視覚から得ていますから、視機能が低下すれば、あらゆる行動に制限が出ます。家の中でさえ安全に動けなくなりますし、外出や社会との関わりなど全てに支障が出ます。つまり視機能の低下は、ADL(日常生活動作)の低下につながり、そのことによって社会から孤立し、その結果、身体機能・精神機能がさらに低下、という悪循環を起こします。
今、高齢者の介護予防のことで、大きく取り上げられているのが「フレイル」という状態だと、澤崎さんは言います。フレイルとは、「虚弱」と訳され、健康の状態から要介護の状態になっていく中間の状態という意味だそうです。高齢者を要介護状態にしないためには、このフレイルの悪循環を断ち切る必要があります。
視機能低下によるADLの低下は、フレイルの悪循環を加速させます(図1)。また、フレイルには、精神的な要素と社会的な要素が強く影響を与えるので、単に体力面を改善する働きかけをしても、それだけでは効果がありません(図2)。社会とつながり社会の中で自己の役割が持てないとフレイルの悪循環は断ち切れないのです。
((図1))
視機能不良によるADLの低下はフレイルの悪循環を加速させる。「体力、筋力の低下 判断力、認知機能の低下」「外出機会の減少 活動性の低下」「人と接する機会の減少 食生活のバランス低下」の3つが時計回りに矢印で結ばれ、循環している。
((図2))
フレイルには3つの要素がある。「身体的要素 サルコペニア、ロコモティブシンドローム」「社会的要素 孤独、閉じこもり」「精神的要素 うつ、認知症」と書かれた3つの丸がそれぞれ向かい合っている。
(図はいずれも澤崎さん提供)
(2)高齢視覚障害者への視覚リハの到達点
高齢者が白内障や緑内障などの眼疾患によって視機能が低下すると、フレイルを経て要介護状態に移行しやすくなります。ただ、残念ながら一般には、高齢者の視機能低下とフレイルの悪循環の問題は、認識されていません(その理由については連載第2回を参照してください)。
澤崎さんは開業医として、治療によっても視機能の充分な回復を図ることができない患者さんを視覚リハサービスにつないでいくことが、「眼科医としての使命」だと言います。いけがみ眼科整形外科では、ちょっとした生活上のコツだけでなく、補装具や便利グッズ、社会資源の紹介に加え、視覚リハ施設などへ患者さんをスムーズにつなぐ努力をしています。関連施設で働く専門家とのネットワークを持つことで、澤崎さん自身も紹介先に悩むことが減ったそうです。
また、視覚リハサービスの地域間格差の解決を図るのも、地元に根差したクリニックの役目だと考えています。地域の人全体に向けた視覚障害者応援イベント「ブラインドワールドサポートDAY」も、その実践のひとつです。
高齢視覚障害者に対する歩行、点字、ITなどの訓練は、技術的な達成度は低いかもしれません。しかし、技術の習得は視覚リハの「目的」ではなくて「手段」にすぎないとも澤崎さんは言います。見えない・見えにくい状態になって「一人ではなにもできない」と思い込んでいる方が、歩行や日常生活訓練の指導を受ける中で、見えない・見えにくい状態になっても「できることがたくさんある」「生きていける」という自信を取り戻すこと、視覚リハ専門家や同じ仲間とのふれあいの中で、再び社会とつながり、自身の役割を見つけていけるようにすることが「視覚リハの真の到達点」とのお考えです。(注3)
第7回のまとめと次回の予告
1.七沢自立支援ホームの内野さんのお話を伺いながら、連載第6回でご紹介したアイさんの「七沢で元気と勇気をもらった」という言葉の意味と、それを支えた七沢自立支援ホームで展開している高齢視覚障害者に対する視覚リハの理念と方法について、改めて理解できた気がしました。
2.私が高齢視覚障害者に対する視覚リハの問題にフォーカスして活動を始めた時、「高齢視覚障害者に現在の視覚リハの方法は適応外」「すごく難しいですよ」と言われてきましたが、その理念や方法について、少しずつ蓄積され発展していく基礎ができつつあるのだと確信しました。
3.65歳以上の高齢者が利用する、介護保険によるデイサービス施設では、体を動かして運動能力を高めるリハビリテーションや、将棋や囲碁などの楽しく時間を過ごせるプログラムを提供していますが、そのほとんど全てが視覚からの情報を活用してのプログラムだと言えます。視覚以外の感覚からの情報を活用し、視覚が使えなくても様々な工夫で生活することを支援するプログラムを持っているのは、視覚リハに特化した専門施設しかありません。だからこそ65歳以上の高齢視覚障害者は、視覚リハの専門施設を利用する以外に、視覚リハを受けることも、社会参加のための道筋をつけることも難しい現状です。
4.しかし、七沢自立支援ホームのように高齢視覚障害者にも柔軟に対応するプログラムが組まれ、実際に成果を上げつつある施設の存在を、視覚リハの関係者である私たちも充分に知らない状況です。これらの実践をもっと周知し、理論化していくことが重要です。それをしておかないと、もしも、視覚リハに特化した機能訓練施設などの利用者が減っていき、施設などが廃止されてしまったら、方法論も消え失せてしまうからです。そうなったら、立て直すことはもはや不可能に近いと思います。
5.澤崎さんのお話を伺いながら、地域に根付いた開業医の方が地域の多職種の専門家の方たちと連携して行なうロービジョンケア(視覚リハ)が、地域で暮らす高齢視覚障害者をスムーズに視覚リハにつなげる要になるのだと確信しました。
第8回は、大都会とは違い、公共交通機関も整備されておらず、視覚障害者に対するサービス提供機関も限定されている高知という地域で、在宅訪問で高齢視覚障害者のリハを行なっている視覚障害者向け機器展示室「ルミエールサロン」での事例を掲載する予定です。
注1 内野大介 他「視覚障害更生施設における生活訓練以外のサービスについて」第8回日本ロービジョン学会学術総会・第16回視覚障害リハビリテーション研究発表大会合同会議論文集,2008年,p105-108
注2 内野大介 他「経済的基盤のない利用者の生活支援について」視覚リハビリテーション研究第1巻第2号,2012年,p105-107
注3 視覚障害者と関わる人のメディア「Spotlite」に掲載された澤崎弘美さんへのインタビュー「誰もが住みやすい街は、視覚障害者も住みやすい街。地域の環境を整えることが何よりのロービジョンケアに」は以下のサイトから閲覧できます。
https://spot-lite.jp/sawazaki-hiromi/