高齢視覚障害者をとり巻く諸問題を直視する――支援システムの構築を目指して- 第6回 実例で見る高齢視覚障害者への視覚リハの効果

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月刊視覚障害7月号表紙

1ヶ月なんてあっという間に過ぎてしまいますね。「高齢視覚障害者を取り巻く問題を直視する」の連載も7月号で6回目になりました。世の中、新型コロナウィルスの感染拡大は収まらず、九州や東北地方では、豪雨災害が起こり、本当に不安で先の見えない事態になっています。そんな中、この連載がどのぐらい意味を持つのか、時々そんなことを考えてしまいます。しかし、世の中の状況が苦しいからこそ、そんな中で、奮闘している方達のことを、書いて行きたいと思っています。
 今回は、高齢になって、見えにくくなった方が、機能訓練施設に入所されて、そこで、自分なりの生き方を維持するために頑張ってこられた記録です。人間いくつになっても、発達するという可能性を確信させていただいた力強い記録です。読んで見てください。

はじめに
 過去5回の連載で、「高齢視覚障害者に対する視覚リハには、その生活の質を向上させる効果があること」などについて書いてきました。しかし、「そうはいっても、高齢になってからのリハにそんなに効果があるのか」「人生の半ばで視覚障害者になることは大きなショックであり、まして高齢になってからでは、とてもリハなどには気持ちが向かないのではないか」と考えている読者も多いのではないかと、私は想像しています。
 そこで、「高齢になってから、見えない・見えにくい状態になったものの、視覚リハを受けることで人生が変わった」という方たちの実体験から、「高齢視覚障害者が視覚リハを受ける意味や効果」をご紹介するという企画を致しました。
 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための外出自粛という状況下でしたので、電話やオンライン通話サービスを使って、お話を伺いました。

1 お話を伺ったアイさん(仮名)のプロフィール
(1)専業主婦歴50年
 アイさん(女性・取材時79歳)は東京近郊に在住。自然豊かな住宅地の一戸建てに住んでいます。ご本人の言葉によると「50年、専業主婦をして、息子と娘の二人の子どもを育てました。手先を使うことが好きで、手工芸に熱中し、教室にも通っていました」とのことです。
(2)視野の欠損
 アイさんが自身の目の異常に気づいたのは、50代の終わりごろで、眼科を受診して「緑内障」と診断され、目薬の処方を受けていました。60歳を過ぎた頃から病状が進み、主治医には「視野がだいぶ欠けてきている」と言われたのですが、視野欠損の自覚はありませんでした。ずっと車を運転していましたが、その頃から、車のあちこちに擦り傷を作ったり、壁などにぶつけたりすることが多くなり、69歳の時に「これ以上、運転は無理」と考えて、運転免許を返納しました。運転ができなくなり、熱心に通っていた教室への足が遠のきもしてしまいました。
(3)手帳の取得
 70歳になった頃、「大きな病院で診てもらったら」という息子さんの勧めもあり、まだ自分一人で歩くこともできていたアイさんは、大学病院の眼科を受診しました。医師から「いずれ見えにくくなってから必要になるので、手帳を取得しておくほうがいい」と勧められて、診断書を書いてもらい、2011年、身体障害者手帳2級を取得しました。

2 視覚障害リハとの出会い
 手帳を取得した頃は、まだ一人で歩けるほどに見えていましたが、徐々に見えにくくなり、主治医から「神奈川県ライトセンターという施設に行くと、便利なグッズをいろいろ見られるし、パソコンや歩行の訓練も受けられる」と紹介されました。「そんな遠くに行く必要を感じない」と思っていましたが、その内に、テレビの画面も半分以上見えなくなりました。
 2017年2月からは、主治医に紹介された、ロービジョン外来のあるクリニックに通院するようになりました。そこで開催されていた視覚リハの相談会に参加すると、たまたま障害者支援施設 七沢自立支援ホームによる「白杖体験」が行なわれていました。白杖を使ってクリニックの室内を歩くと、その便利さに気づき、白杖を購入すると、ちゃんとした訓練を受けてみたくなりました。七沢自立支援ホームの職員からの紹介もあって、神奈川県ライトセンターに相談の電話をかけ、アイさんは、2017年6月から約3カ月、家の周辺で訪問による歩行訓練指導を受けました。
 その成果として、アイさんは、自宅の周辺は一人で歩いてみるようになりました。ただ、しばしば自分の居場所がわからなくなり、ご主人に迎えにきてもらうこともあったそうです。
 ところで、アイさんのご主人は、2014年頃、大腸癌が発見され、その進行とともに体調が悪化していました。アイさんも目の状態が悪くなる中、掃除や買い物が一人でできなくなってきたので、役所と相談して、介護保険のサービスを受けることにしました。審査の結果、「要支援1」と判定されて、週2回ホームヘルパーに来てもらい、1回はお風呂などの掃除、1回は買い物をしてもらうようになりました。
 体調がどんどん悪くなっていくご主人との生活を維持するのに必死で、ライトセンターの訪問での歩行訓練を受けた後は、自分のことなどを考えるゆとりはなかったとのことでした。

3 七沢自立支援ホームへの入所を決意
 闘病のかいなく、2018年6月30日にアイさんのご主人は亡くなりました。その時は「動く人の影が分かる程度」にまで視力が低下していたアイさんは、「ひどく落ち込んで」「一人ではやっていけないので老人ホームに入ろう」と思い、息子さんに頼んでいろいろな施設の資料を調べてもらいました。ところが、老人ホームでは今まで生きがいにしてきた家事一切ができない、ということが分かってきました。
 通ってきてくれているヘルパーにも「ホームに入ったら、アイさんが好きな料理など一切できなくなるから、勧めない」と言われたとのこと。ホームに入る気にもなれず、途方に暮れていた時に何気なく聞いた『視覚障害ナビ・ラジオ』(NHK第2)で七沢自立支援ホームが紹介されており、「家で一人寂しくしているのなら、入所して本格的にリハを受けてみよう」という気持ちになったそうです(注1)。
 早速、息子さんが設置してくれていた「Google Home」(注2)で音声検索し、電話をかけると「今なら部屋が空いているので、入所できる可能性がある」との回答でした。息子さんが役所に出向いて手続きをし、入所までの事前面接に何度も車で送ってくれ、アイさんは2019年2月5日から約3カ月間、七沢自立支援ホームに入所して訓練を受けることができました。
 息子さんには負担をかけたと気を遣い、「入所期間中は一度も家に帰らずに過ごしました」とのことです。

4 アイさんにとっての七沢自立支援ホームでの訓練成果
 アイさんに七沢自立支援ホームでの訓練生活の様子とそこから得たことなどを伺い、以下のような回答を得ました。
(1)訓練生は、入所が8人、通所が10人だったと思います。
(2)何を勉強したいかは、入所者個々の目標に合わせて、本人と指導員が相談しながら決め、ほとんどマンツーマンで指導を受けていました。自分のやりたいことを自分のペースで指導してもらえたのがよかったです。
(3)歩行訓練では、小田急線の本厚木駅周辺で、目的地を決めて一人で行けるように訓練しました。後ろに指導の先生がついていてくれるのは知っていましたが、白杖をついて一人で歩くというのはすごく勇気がいることです。それでも単独で、白杖を使って歩いて目的地に行けるという経験をしたことは、何よりも「見えなくても生きていける」という自信につながりました。ただ、七沢自立支援ホームがあるからか、本厚木駅の周辺は歩道も整備されていて、白杖歩行もしやすかったけれど、自宅の周辺は、歩道のないところや狭い道も多くあります。それに、自宅の周辺では目的地を決めての訓練を受けることができなかったので、家に戻ってからは一人での外出はできませんでした。
(4)コミュニケーション訓練で、点字は自分なりに頑張りましたが、指で読むのは難しく、自宅に帰ってちょっと使わずにいたら、読めなくなってしまいました。けれど、主人の形見のiPhoneを使えるように指導を受けてからは、AIアシスタントSiriの使い方や、OCR機能を使って読みたい文章を読み上げさせることを覚えたので、点字の必要性はあまり感じていません。
(5)料理の訓練が、とてもよかったです。何がというと、見えなくても安全にできる方法をいっぱい教わったこと。例えば、熱い鍋などをつかむ時は、最初から軍手をはめて作業すると、安全に鍋をつかめるといった、ちょっとした工夫などです。50年、専業主婦をしてきたので、料理の仕方などは体で覚えているけれど、目を使わなくてもできる工夫というのは知らなかったので、すごく役に立ちました。
(6)訓練はどれもよかったので、何が一番かは決められません。でも、同じ中途視覚障害者の仲間に出会って励まし合ったこと、歩行訓練で一人で歩くという経験をして自信をつけたこと、調理訓練で「見えなくても安全に調理できる工夫」を教わったことなどは、特に印象に残っています。
(7)すごく楽しかったこととして、レクリエーションの時間に屋外を散策し、咲いている草花に触れたり、匂いを嗅いだり、水辺を歩いていろいろな自然の音を聞いたりしたことも記憶に残っています。
(8)約3カ月の訓練を終えて帰宅したのち、息子や娘に「すごく変わったね、元気になった」と言われました。この経験によって、一人でやっていける元気と勇気をもらったのだと思います。

5 訓練後の暮らしを支えているもの
 自宅に戻ったアイさんは、介護保険による週2回のホームヘルパーのサービスだけではとても足りないとケアマネジャーに相談し、同行援護を月25時間使えるように調整してもらいました。同行援護は、内科や眼科、歯科などへの通院、郵便局や買い物などのほかに、月に1度教会に通う際に利用し、25時間を使い切って、足りないほどです。
 郵便物などの文章は、自宅を訪ねてくれる息子さんや娘さんに読んでもらっています。どれをどのように読んでもらうかは、iPhoneのOCR機能を使って優先順位をつけています。
 アイさんは時々、自宅に友人を招いて料理を振る舞ったり、少し体調を崩している友人に、ロールキャベツなどを作って送ったりもしています。「目が見えなくても、こんなことができるの」と言われると嬉しくなるとのことでした。

6 もう少しリハを受けられたらと思っていること
 介護保険のサービスを受けながら、訓練施設への入所や同行援護を受けることがなかなかたいへんだというのは、アイさんもだんだん分かってきました。それができるように調整してくれたケアマネジャーや役所の担当者には感謝しながら、「もし可能なら、もう少し歩行訓練をしっかり受けたいし、特にiPhoneで電話番号の登録やメールの送受信、検索機能が使いこなせるように教わってみたいと思っています」とアイさんは、今後への希望を語っていました。

7 第6回のまとめと次回の予告
 1.第6回では、アイさんのインタビューを通じて、高齢視覚障害者に対する視覚リハの意味と効果を、以下のように再確認しました。
 2.七沢自立支援ホームでの約3カ月間の訓練を経てアイさんが獲得したものは、「見えなくても生きていける」という自信(元気と勇気)であると私は改めて感じました。その「自信」はどこから得られたのかと考える時、以下のようなアイさんの言葉が参考になりました。「指導の先生方は、私を視覚障害者として特別扱いしないんです」「うっかりハンカチとか落としてしまっても拾ってくれません」「探し方を教えてくれて、挑戦させてくれました」「単独で白杖をついて歩行することができました」「50年も専業主婦をやっていたので、調理の仕方などは体が覚えていましたが、見えなくても安全にスムーズにできる方法を、指導の先生が丁寧に教えてくれました」。
 3.アイさんの「見えなくとも一人で生きて行くための方法を教わり、自信が持てた」という言葉。これが視覚リハのとても大切な目標なのです。アイさんが獲得した「自信」によって、ご自分の今までの生き方を大きく変えることなく、家族や周りの方たちの協力を得ながら、自立して生きていけるようになったのです。
 4.リハビリテーションの効果について「何ができるようになったか」で評価する考え方があります。その考え方に従うと、高齢視覚障害者のリハの効果は、あまり期待できないということになりますが、「周りに保護されて頼り切って生きるしかない」と思うのではなく、「自分でできることは自分でして、助けてもらいたい部分は人の手を借りながら、自分なりに充実した人生を送る」ということができるようになったことが、最大の効果であると再確認しました。
 5.アイさんは自立心が強く、好奇心に富んだ方だと思います。「新しいことに挑戦するのが好きなんです」と私に語ってくださいました。この性格があったからこそ、全盲に近くなり、ご主人を亡くすという強烈なショックの中でも、施設に入所して訓練を受けるという決断ができたというのは事実だと思います。だから「とても特殊な事例ではないか」という声が周りから聞こえてきそうですが、果たしてそうでしょうか?
 6.今回の事例は、アイさんが決断をする前の段階で関わった眼科医が、緑内障という病気の進行に合わせて、適切な助言と情報提供を行なってきたことによる医療との連携の成果だと思います。すべての中途視覚障害者が、このような医療と福祉の連携の下で、情報を得られるようになることが重要です。前回お話しした「スマートサイト」の役割の大きさを感じさせる実例だと考えました。
 7.入所訓練にたどり着くまでの過程では、医療だけでなく、介護保険のケアマネジャーや、役所の担当者、そしてご家族の協力が大きな役割を果たしています。それらはリハを終えて、アイさんが自宅に戻ってからの生活を維持するためにも、さらに大きな役割を果たしています。地域連携なくしては、高齢視覚障害者のリハは効果を発揮しません。
 8.今までの連載の中で触れてきたように、介護保険制度でサービスを受けている高齢視覚障害者が、障害者福祉サービスを受けることは非常に難しくなっています。一般社会においては、「見えない・見えにくくなったら何もできない」という考え方が根強くあり、高齢者のリハビリには、たいへん懐疑的、あるいは視覚リハの存在すら知られていないといった状況です。また、「高齢視覚障害者が今更リハを受けても、効果は…」ということになり、予算確保という分厚い壁も立ち塞がっています。でも、アイさんのこの事例を見ることで、私たち支援者は力を得て、高齢視覚障害者に視覚リハの情報が充分に届くように、そして視覚リハへのアクセスが少しでも容易になるように頑張り続けなければいけないと思っております。

 第7回では、高齢視覚障害者を受け入れ、効果的な指導を行なうために努力している指導者の方と、治療で視機能を回復できなかった患者さんを視覚リハにつなげるのが使命と考えている眼科医の方にお話を伺い、視覚リハを支える側の思いを浮き彫りにする予定です。

注1 2018年11月4日の放送「中途失明者のリハビリテーション」。放送終了後2年間はインターネットで聴取可能。
https://www.nhk.or.jp/heart-net/shikaku/list/detail.html?id=47148#contents
注2 Google HomeやAmazon Echo(Alexaなどに搭載)などのスマートスピーカーは音声操作が可能であり、視覚障害者の生活の助けになる機器ですが、初期設定には技術が必要ですし、まだ本格的なリハを受けていない時期のアイさんが使いこなしていることに私は驚きました。ご主人を亡くしたのち、息子さんが「これは便利だから」と買ってきて、設定もしてくれたそうです。その後、「AlexaならAmazonで買い物ができるから、こっちも」と息子さんが言い、現在はGoogle HomeとAlexaを用途に応じて使い分けているとのことです。