高齢視覚障害者をとり巻く諸問題を直視する―支援システムの構築を目指して 第3回 身近な生活の困りごとを解決することから始めよう 見えにくさのある高齢者の視覚リハ

月刊視覚障害4月号NO383の表紙
月刊視覚障害4月号表紙

時間の建つのは早い物で、今日から5月になりました。新型コロナウイルスの感染拡大を防止するための「緊急事態宣言」が出て,早くも3週間が過ぎましたが、拡大の収束にはまだほど遠い状況。外は,気持ちよく晴れて,緑がだんだん濃くなっている絶好のシーズンですが、今はひたすら我慢して、自宅にとどまっています。だから時間が沢山あります。ちょうど原稿を書くには良いのかもしれません。さて私が連載している「月刊視覚障害」の5月号が私の手元に届き、高齢視覚リハ問題の連載も4回目に入りました。編集室との約束で、新しい雑誌が出たら、前の記事を、私のブログにアップしても良いと言うことで、4月号の内容を掲載いたします。今回は,見えにくい方達についての施設の環境改善の話です。ちょっとした工夫をすると,視覚障害者の方達だけでなく,高齢になって見えにくくなってきた方達にとっても使いやすい施設になるという話です。是非興味を持って読んでいただければ幸いです。

  1 生活の場での様々な工夫
 前回(第2回)は、見えにくさのある高齢者がつらい思いをしながら生活している事例を紹介しました。今回は、見えにくさのある高齢者の困りごとを、ロービジョンケアの知識を持つ視覚リハ専門家(以下、視覚リハ専門家と略す)が、当事者と一緒に、身近な生活の中で解決していった事例を紹介します。
(1)困りごとを解決した2つの事例
 網膜色素変性症と白内障の80歳の男性から、自宅内で移動する際、いつも柱にぶつかって痛い思いをしているという訴えがありました。それに対して、訪問した視覚障害生活訓練指導員(歩行訓練士)は、黒いクッションを柱に巻き付けることで、周りとのコントラストをつけて見えやすくし、ぶつかっても痛くないようにする提案をしました。すると、黒いクッションがよく見えるので、その男性は柱にぶつからずに移動できるようになりました。また、階段の段差が見えにくく、落ちそうになっていたことに対しても、段鼻に100円ショップなどで売っている黄色いテープを貼り付けるという提案をしました。やはり、段鼻がよく見えるようになり、落ちる恐怖がなくなったそうです。その方は、コントラストをつけるという解決法を学び、玄関先の段差に白いペンキを塗って見やすくするなど、ご自分で困りごとの解決を考えるようになったのです。
 もう一人、60歳代の女性(緑内障により視力低下)からは、タイマーの数字が見えなくなり、調理ができなくなったという相談がありました。触っても分かる色の濃い凸点シールを数字のところに貼ると、再びタイマーが使えるようになりました。さらに、ロービジョングッズのひとつで、黒と白の両面まな板を用意して、大根のような色の薄いものを切る時には黒い面、ナスのように色の濃いものを切る時には白い面を使うといったアドバイスもしました。調理ができるようになって、家族の中での役割が復活すると、そのことが「見えにくくてもやっていける」という自信につながり、その女性は、タブレットで文字を拡大して本を読んだり、お化粧をしたりと、諦めていたことにもいろいろ挑戦する意欲が湧いてきたといいます。
(2)見えにくさからくる困りごと解決の4つのポイント
 ロービジョン(見えにくさのある方)が、少しでもものを見やすくするポイントとしては、明るさの調整・コントラストの改善・文字などを見やすい大きさにする・複雑な図などは避け、対象をできるだけシンプルに見せる(ノイズの除去)――の4つを挙げることができます。
 見えにくさは千差万別だと連載の第2回で述べましたが、視覚リハ専門家は、一人ひとりの見え方をしっかり把握した上で、その方が何に、どのように困っているのかを見極めます。そして、上記の4つのポイントの内、どれとどれを改善すればいいかを考えて、最善の提案をしていきます。その提案は、当事者が活動している場をよく調査し、当事者と相談しながら行なわなければ充分な効果を発揮しません。
 当事者の活動の場で行なう解決法の提案は、当事者だけでなく、その家族や関係者にも、当事者の見え方や見えにくさ、どんなふうに困っているかを理解していただく絶好のチャンスとなります。
(1)で述べた困りごとの解決は、本当に小さなことのように思われるかもしれません。しかし、困りごとを解決できた当事者は「見えにくくても生きていける」という自信を得て、さらに歩行訓練や、ICT機器を使って視覚を補うことなどにチャレンジする意欲を持てるようになります。とても大切なステップなのです。
 ところで、65歳(特定疾患に該当する方は40歳)以上の高齢者で要介護認定を受けた方たちは、住宅改修、介護用品の購入や貸し出しなどに介護保険制度が利用できます。このサービスを利用する際には、訪問リハビリテーションの担当者や、介護用品の専門業者などから、当事者の状況に合わせた機器類の選定についてアドバイスを受けられます。同様に、高齢視覚障害者の生活環境の改善についても、視覚リハ専門家が、当事者やその方が暮らす住居の実際の状況に合わせて、照明の明るさや、コントラストの調整などの環境設定ができたら、とてもいいケアにつながるのではないかと私は考えます。

 2 デイサービス施設での環境改善事例
(1)リハビリ特化型デイサービス施設の利用
 この連載の冒頭に書いた通り、私は3年半前に第5腰椎の圧迫骨折をして、それから脊柱管狭窄症の症状が出るようになり、立ち上がったり歩いたりすると腰のあたりに強い痛みを感じるようになりました。それで4カ月ほどほとんど外出もできず自宅に閉じ籠っていたこともあり、すっかり体力が落ちてしまったのです。その回復のために担当のケアマネジャーに相談して、介護保険制度で運営されている通所介護(デイサービス)施設に週2回通うことにしました。株式会社エバーウォークが運営している歩行リハビリ特化型のデイサービス施設で、理学療法士が常駐し、「100歳まで自分の足で歩く」ためのリハビリ・支援をモットーに掲げています。私はそのモットーと、職員や利用者たちの前向きな明るい雰囲気が気に入って、通所を決めたのでした。
(2)運動種目の順番が分からなくて困惑
 この施設では、約2時間半の短時間で、1種目20分のトレーニングやリハビリテーションを6種目こなすサーキットトレーニングというシステムを採用しています。同じぐらいの体力の利用者5~6人が1グループになって、集中的にトレーニングをこなしていくものです。
 どのグループで、どの種目を行なうかは、毎朝、ホワイトボードに掲示されています。私が通い始めた2年半ほど前は、施設の職員が、細い黒のフェルトペンを使って書いていました。利用者はまず、ホワイトボードの上部にグループごとに記された自分の名前を探し、その下に時間割りに従って書かれた種目名を見て、その日、自分が何をするのかを知る仕組みになっていました。
 私は、よく見えるほうの目の矯正視力が0.15、視野障害がなく、普通の生活では視覚が活用できるロービジョン当事者でしたが、ホワイトボードの手書きの自分の名前を見つけて、その下にある種目名を読み取ることは不可能でした。そこで仕方なく種目が変わる20分ごとに、施設の職員に「次は何をするのですか」といちいち聞いていました。これは私にとって強いストレスになったばかりか、施設の職員の負担にもなっていたと思います。
(3)見えなくて困る点を客観的に説明した成果
 私はチャンスがあるごとに「私の見え方について」説明し、「ホワイトボードの文字は、太字の、活字にしてほしい」などのお願いをして、白黒反転で印刷された自分の名刺を見せたり、コントラストや文字の大きさのことを話したりしました。
 施設の管理責任者(理学療法士)が、とても熱心に私の話を聞き、ユニバーサルデザインを勉強している他の職員たちとも相談して、掲示の仕方を変更してくださいました。
(4)どのように変更されたか
ⅰ)ホワイトボードの掲示の改善
 写真のように、ホワイトボードの掲示は、利用者の名前も種目名も、太字の活字体で印刷したものになりました。いずれも磁石のついた札になっていて、その札がボードに貼り付けられています。
 また、種目名の示し方にも工夫があります。それぞれの札に、「歩行は赤」「リフレ(マッサージ器)は青」「スクワットは緑」「自転車は黄色」「休憩は薄茶」などと、色違いの縁取り(「体操」と「加速度振動トレーニングマシン」は縁取りなし)をつけてくださっています。「加速度振動トレーニングマシン」はプログラム上「ブルブルラクナール」と呼ばれている、振動によってフィットネス効果を増す器具です。
 このような掲示の方法であれば、私はボードから40センチメートル程の距離で自分の名前を見つけ、その下にある種目を確認して順番を覚えることができますし、縁取りのおかげで、3メートル以上離れていても、種目を確認することができるようになったのです。

施設内のホワイトボードの写真。ボード全体を使った、縦と横に区切られた大きな表になっていて、縦は時間割り、横はグループを示している。いちばん上にはグループごとに4~5人の名前が記されている。時間ごとの種目には色や太さの異なる縁がつけられている。右上に日付が記されている。
運動スケジュールを掲示するホワイトボード

ⅱ)種目の実施場所を固定
 掲示の仕方を改善するとともに、それまではしばしば変更されていた種目の実施場所を固定して、種目が変わるごとに時計回りに移動すればいいようにもしてくださいました。
 こうすることで、その日の最初のスタート位置さえ分かれば、あとは時計回りに動けばいいので、ボードの掲示を確認しなくても種目移動がスムーズにできるのです。
 私は、掲示物の提示の仕方だけでなく、見えにくさのある者にとって、機器や荷物など、ものの位置がしばしば変わることの問題点についてもお話ししていました。その意味もよく理解し、施設でできることについて、知恵を絞り、改善してくださった施設の管理責任者や職員たちの想像力には感激しました。
(5)見えにくい私の要望に従って改善を試みた理由
 施設の管理責任者に「なぜ私の意見を取り入れてくださったのか」を尋ねてみました。
 すると、その方は、掲示や器具の配置などを工夫した理由として「利用者の安全確保が施設運営の大前提であるので、見えにくいために『どこに行ったらいいか分からず右往左往する』ことによって発生する、利用者同士の衝突や転倒を避ける必要があった」「サーキットトレーニングの効果を上げるために、種目から種目への移動はできるだけスムーズにして、運動に集中できる時間を延ばしたかった」「職員が迷っている人を誘導する手間を省き、運動の指導などの業務に専念できるようにしたかった」などといったことを挙げられました。
 また、施設内のトイレの「使用中」「空き」という表示が小さくて分かりにくく、利用者が「空き」と勘違いしたことによるトラブルも何回かあったそうです。これに対し、「表示を大きくすれば改善できる」という考えの下、「空き」と「使用中」の表示を写真のように大きくし、それによって「トラブルがグンと減った」こともお知らせいただきました。これは、私の予期していなかった改善効果でした。

トイレのドアが左右に2つ並んだ写真。男女の別が大きなマークで示されており、それぞれ「空き」と大きく印刷された札が下がっている。
男女のトイレの表示
多目的トイレのドアの写真。車椅子に乗った人を図案化した大きなマークと、「空き」と大きく印刷された札が下がっている。
車いす用トイレ

 (6)見えにくい利用者のための環境改善がもたらした効果改善前は、種目の移動で迷っている利用者は、毎回10人近くいたように思いますが、改善後は2人ぐらいになりました。改善後に迷っているのは、記憶力が衰えている方か、認知症のある方だと、私には推測されます。職員たちも、迷うことの多い特定の方に注意を払って誘導するようになりました。
 程度は様々ですが、多くの高齢者には見えにくさがあります。私の主張からなされた改善は、そのような他の多くの利用者にも有効であったといっても過言ではないと思います。

第3回のまとめと次回の予告
 1.第3回では、高齢視覚障害者のQOL向上を目的とするリハビリテーションは、見えにくさに起因する困りごとを、当事者の生活環境の中で、視覚リハ専門家が充分に把握し、それを解決するための工夫を、当事者と相談しながら提案していくことの大切さと、その効果について述べました。
 2.介護保険によって運営されるデイサービス施設においても、見えにくさのある高齢者が利用する際、特に視覚情報の入手に困難を極めることがあります。しかし、視覚リハ専門家が、当事者の見え方を具体的に説明し、改善点について主張するならば、デイサービス施設などで「高齢の利用者の見えにくさに対する対策が必要ではないか」と思っている理学療法士などの専門職員も改善の必要性を認め、実際に改善できることを、私の実例を通じて述べました。また、見えにくさのある特定の高齢者に対する配慮は、見えにくさのある他の高齢者にも利用しやすい環境を作ることを実証しました。
 3.見えにくさのある高齢者、特に高齢になってから見えにくくなった方たちは、往々にして自分の見え方について自覚ができておらず、どのように見えにくくて、そのためにどのように困っているのか、的確に説明できません。そのことから、見えにくさのある高齢者の見え方について客観的に分析し、困りごとを解決する方法を提案する視覚リハ専門家の存在が絶対に必要であると考えます。これまでも、視覚リハ専門家が、当事者の自宅や利用しているデイサービス施設、老人ホームなどに出向いて、当事者・家族・現場の職員と話し合いながら、環境を改善していくことの有効性について述べてきました。しかし、視覚リハ専門家が、自宅や施設に出向くための制度的な裏付けや保障がありません。この制度上の保障を勝ち取っていくためには、視覚リハ専門家の側から戦略を提示する必要があると私は考えます。
 4.私たち視覚リハ専門家は、高齢者が利用する老人ホームやデイサービス施設などの介護関係の施設にいる方たちに、ほとんどその存在を知られていないということを繰り返し述べてきました。まず、それらの関係者たちに私たちの有用性を知っていただくことから始めなければなりません。そのためには、私たち視覚リハ専門家は、当事者が利用している諸機関のおかれている状況などを充分に理解して、その上で当事者の困りごとを解決するための現場で実現可能な具体的な提案をしていかなければならないと考えます。私たちは、在宅訪問して視覚リハを行なう経験を積んできています。それらの貴重な経験を元に、実践例を積み重ねていきながら、今後の視覚リハ専門家として身につけるべき資質について検討を重ねていかなければならない時期だと考えます。

 第4回では、介護保険サービスで支援の中心的な役割を果たすケアマネジャーが、高齢視覚障害者のケアに関して、どのような状況(教育・知識・経験)にあるのかについて述べる予定です。