私は、雑誌「視覚障害」の2014年度に「視覚障害リハビリテーションの現場から」というシリーズものを監修することを許可していただいて、その第1回目に「シリーズ企画の目的」を書くチャンスをいただきました。
雑誌発売から約2ヶ月経ちましたので、私のブログにも記事を公開させていただきます。
記事をPDFデータでアップしますが、同じものを文章としても出しますので、是非読んでみてください。
視覚障害311.pdf
はじめに
昨年度のシリーズ「ロービジョンケア最前線」に引き続き、今年度も私は、「視覚障害リハビリテーションの現場から」というシリーズをコーディネートさせていただくことになりました。
このシリーズでは、視覚障害者一人一人に最も適したリハビリテーションサービスを提供しようと日夜奮闘している11人の方たちに執筆していただきますが、その内容をより良く理解していただくために、障害者の権利としてのリハビリテーションとはどんなものか、視覚障害リハビリテーションの目指すものは何か、そしてその対象となっている我が国の視覚障害者の状況はどのようなものかを概括しておきたいと考えます。
なお、紙数の関係で、視覚障害とはどんな障害かや、視覚障害リハビリテーションの具体的な方法や技術について詳しく触れることができないので、そのことについて知りたい方は、2013年2月と3月の「視覚障害NO297と298」に私が書いた「視覚障害リハビリテーションを理解しよう(第5回と最終回)」を参照してください。
1 我が国が目指すリハビリテーションサービスとは
今年1月20日に我が国が批准し、2月19日に効力が発生した「障害者の権利に関する条約」の第26条には、我が国が達成しなければならない「リハビリテーション」の内容について規定されています。少し長い文章ですし、あまり良い訳とはいえないのですが、内容をしっかりと把握しておくために、全文を引用いたします。
「第二十六条 リハビリテーション
1 締約国は、障害者が、最大限の自立並びに十分な身体的、精神的、社会的及び職業的な能力を達成し、及び維持し、並びに生活のあらゆる側面に完全に受け入れられ、及び参加することを達成し、及び維持することを可能とするための効果的かつ適当な措置(障害者相互による支援を通じたものを含む。)をとる。このため、締約国は、特に、保健、雇用、教育及び社会に係るサービスの分野において、包括的なリハビリテーションのサービス及びプログラムを企画し、強化し、及び拡張する。この場合において、これらのサービス及びプログラムは、次のようなものとする。
1.可能な限り初期の段階において開始し、並びに個人のニーズ及び長所に関する総合的な評価を基礎とすること。
2.地域社会及び社会のあらゆる側面への参加及び受入れを支援し、自発的なものとし、並びに障害者自身が属する地域社会(農村を含む。)の可能な限り近くにおいて利用可能なものとすること。
2 締約国は、リハビリテーションのサービスに従事する専門家及び職員に対する初期研修及び継続的な研修の充実を促進する。
3 締約国は、障害者のために設計された支援装置及び支援技術であって、リハビリテーションに関連するものの利用可能性、知識及び使用を促進する。」(日本政府仮訳文障害者の権利に関する条約より引用)
簡単にいえば、障害者は、何歳になっても、性別や立場がどうでも、どこに住んでいようと、障害を負ってからできるだけ早く、最善のリハビリテーションサービスをその障害者の居住している地域で受ける権利があり、締約国は、障害者のリハビリテーションを受ける権利が現実のものになるように全力を尽くさなければならないということなのです。
我が国の視覚障害リハビリテーションサービスの内容が、現在「権利条約」の要求している内容と乖離していることは、視覚障害当事者のみならず視覚障害者の支援に携わるものであれば熟知していることです。
この状態を少しでも改善するためには、制作を立案する行政機関だけではなく、視覚障害当事者もその支援に当たる人たちも視覚障害者の現状をしっかり認識し、視覚リハに対するニーズを把握し、それに見合ったシステムやサービスの技術は、どのようなものなのかを検討することから始めることかが必要です。
2 視覚障害者の状況ーその現状と将来予想
我が国では、視覚障害者数を身体障害者手帳を取得している視覚障害者の数とし、視覚障害者に対するリハビリテーションサービスなどの必要度も、その数を元にして試算しています。5年に1度行われる身体障害者実態調査における視覚障害者数は、多少の変動があっても約31万人前後で、視覚障害者は少数であると考えられています。
しかし、我が国の手帳取得基準は、大変に厳しいもので、また手帳取得基準を満たしていても、65歳以上で介護保険の対象になる等他の福祉制度の対象となる場合は手帳を取得しないなど様々な理由で、手帳を取得してないけれど、実際は「見えない見えにくいことで日常生活に困っている」人の数は、その5倍以上いるのではないかと眼科医や視覚障害支援に携わるものは推測していました。
2009年に日本眼科医会に属する眼科医の研究チームが、米国の基準(良い方の目の視力が0.1以下が失明・良い方の目の視力が0.1以上0.5未満がロービジョン)を用い、有病率や人口動態など様々な統計的な手法を駆使して、日本の視覚障害者の数を推計し、その結果を結果を「視覚障害がもたらす社会的損失8.8兆円」というタイトルで公表しました。「研究内容は24ページに及ぶ対策で詳しくはURL http://www.gankaikai.or.jp/info/20091115_socialcost.pdf#search=%27http%3A%2F%2Fwww.gankaikai.or.jp%2Finfo%2F20091115_socialcost.pdf%27参照のこと」
それによると、2007年に、我が国には約164万人の視覚障害者がおり、その内の約19万人が失明者、約145万人が見えにくい人(ロービジョン者)で、視覚障害になった原因は、緑内障、糖尿病網膜症、網膜色素変性症など、加齢黄斑変性症、白内障、その他の順で、上位5つの疾患で、全体の3/4を締めていました。
年齢構成を見ると、60歳以上が全体の72%、70歳以上が半数を占め、将来予測を見ると、2030年までは、高齢者人口の増加とともに、視覚障害者も増え続け、ピーク時200万人に達し、その後減少傾向をたどると予測されています。 (表1)
視覚障害者となった年齢についての正確な調査はありませんが、視覚障害となる原因疾患などから推測し、70%以上の視覚障害者が人生半ばで視覚障害者となったであろうと推測されており、年齢構成から見て高齢になってから視覚障害になった方が多いということも推測されます。
生きていくための情報入手の多くを視覚に頼ってきた人たちが、人生の半ばで失明あるいはロービジョンの状態になった時、その状態に適応することは容易ではありませんが、下記の表のように適応の可能性は、年齢によって大きな格差が出ます。
10歳ぐらいまでは、かなり自然に視覚障害になったことを受け入れることができますが、60歳以上になると、受け入れられないままの方も急速に増加する傾向があります。
(表2)
「臨床経験から出た傾向」個人差も大きい
10歳程度まで:自然に視覚障害を受容、全盲でも生活に対応する
20歳程度まで:視覚障害を抵抗感を持って受容、何とか 努力して対応する
40歳程度まで:視覚障害の受容は相当な努力、対応が不十分な人が増加
60歳程度まで:視覚障害の受容はかなり困難、対応が相当困難な人が増加
60歳それ以上:視覚障害を受容しないままが増加、対応もできない人が増加
上記のことから言えるのは、視覚障害リハビリテーションの対象となる視覚障害者の約1割が失明者、約9割がロービジョン者、年齢構成で見ると、60歳以上の方が70%以上、70歳以上が半数を超える状態で、2030年のピーク時には、70歳以上の高齢視覚障害者が100万人いるということになります。
人生の半ばで失明あるいはロービジョンとなった方が70%以上おられるということになります。
3 視覚障害者のニーズと我が国の視覚障害リハビリテーションシステムの現実
脊髄損傷や頸椎損傷などの医学的リハビリテーションが、医師の支持の基に、医療と深く結びついて、医療の範疇の中で発展してきたのと違い、視覚障害リハビリテーション(歩行訓練・コミュニケーション訓練・日常生活訓練等)は、視覚障害当事者や福祉・教育の関係者の努力によって医療の範疇の外で発展してきました。また、歩行訓練等の方法・技術は、全盲の方に対して訓練を行うことを前提として発展してきたものです。従って、眼科医療との結びつきが薄く、現在の医療では治療することができない方たちが、人生の半ばで見えにくい、見えない状態になっても、医療から教育的・福祉的なリハビリテーションへと連続的に移行していく体制がほとんどできていない状態なのです。
「2」で述べたように、視覚障害者の9割が何らかの形で視覚からの情報を利用できるロービジョン者ですが、今までの視覚障害リハが全盲の方に対して発展したことで、ロービジョン者は、視覚リハの対象とは見做されなかった期間が長く、対象とされるようになってからも、眼科医療との結びつきが希薄であることにより、医療と連携して、一人一人の見え方を評価し、その上でその一人一人の見え方に合ったリハビリテーションを提供する体制はほとんどできていない状態です。ロービジョンケアの方法も技術の研究も携わる専門家の育成も、今やっと始まったばかりだと言っても過言ではありません。
また、我が国においては、長い間リハビリテーションの目標は、経済的な自立に置かれており、視覚障害の分野でも、歩行や日常生活訓練等も、職業訓練の前段階のものとして、入所施設中心で行われてきました。
しかし、視覚障害リハの対象となる方たちの半数が70歳以上であることを考慮し、また高齢になってから視覚障害になった方たちが絶望し、「障害者として生きることは不可能」だと考えているならば、その方たちへのリハの到達目標は、「見えにくい、見えない状態であっても生きていける」ということを当事者が納得すること、そして日々の生活の中で「生きがい」をもって生きていけるようになることです。
今までは、高齢者は介護の対象であってもリハの対象ではないと考えられていたことともあり、高齢視覚障害者が「視覚障害があっても生きがいを持って生きる」ためのリハの方法や技術、そしてそのリハをどのような制度で保障すべきかなどは、まだほとんど手つかずの課題です。
視覚障害リハビリテーションサービスの存在やその効果については、残念ながら医療・教育・福祉の関係者にまだまだ知られていません。その上「見えにくい、見えない状態になったら生きていけない」「なんの解決法もない」と思い込んでいる当事者や家族をはじめとする支援者たち、特に高齢中途視覚障害者とその支援者は「視覚障害リハビリテーション」について自ら情報を集めようとはしませんし、「リハを受けたい」という要求も出てきません。情報を入手し活用する気力も力もない方たちにどのように情報を伝え、その方たちの視覚障害リハに対するニーズをどのように引き出すかという、実際のリハサービスに入る前の「相談支援体制」もこれから作り上げて行かなければならない段階です。
まとめに変えて
ここまで見てきたように、「権利条約」に書かれている理想と我が国の視覚障害リハ体制の現状とは大きな乖離があります。そんな厳しい状況の中で、その差を埋めるために日々奮闘している方たちがおられます。その方たちから沢山のことを学びたいと考え、本シリーズを企画させていただきました。