どうしてマクロの世界が見えるようになったのか

 「進化し続ける新しい世界と私のダイビング人生」で書いたのだが、今まで私はダイビングをしてきて、海底の景色を見たり、大物を見たりすることはできても、いわゆるマクロの世界は見ることができないと思ってあきらめて来たのだが、今回単に「見る」だけでなくて、写真も撮ることができるようになった。
どうしてそうなったのか、私なりに考えていたことを、忘れない内に書き留めておきたい。

 1 見ることができるためには長い準備期間があった
 私と350本以上潜ってくれている大井手さんというインストラクターがいる。彼女は私がダイビングを続けることを様々な形でサポートしてくれたのだが、その彼女、海の中では大物だけでなくて、小物にもとても詳しくて、また見ようとするあるいは見せようとする意欲満々で、私は、彼女が興味を持っている世界に強く惹かれて、「そんなに面白いなら見てみたい」と思っていた。



〈上記2本の動画は大井手さんが撮影したピグミーシーホース〉

 どうも後から聞いてみると「時間をかけてゆっくり見せれば、この人ちゃんと見えるみたい」と大井手さんも思っていたようで、私に小物を見せることをあきらめたことはなかったようだ。
 ピグミーシーホースは、同じ色のシダに擬態して生息している、とても希少な生物で、ダイバーのあこがれなのだが、小さいし擬態もとても巧みで、私には全然見えなかったのだが、上のように動画に撮って、ダイビングが終わった夜に、良く私に見せてくれた。

 こうして、「どうせ見えないから小物は嫌い」といっていた私が、実はどんどん小物に好奇心を持つようになって行ったのだと思う。
 「見よう」「見たい」という意欲が、ものを見るための第一条件だろう。私の中で、徐々にそれが育っていったのだと思う。

 そして、昨年の8月のメナドのダイビングで、エリさんというガイドの方が、沢山の小物を私に見せてくれて、いよいよ「見る」準備が整ったのだろう。
 それと、海に潜って25年、どこに何がいるのか、今みんな何を見ようとしているのかという知識の蓄積も、私が小物を「見ることができるようになる」ための大事な要素だったのだと思う。

 2 スミランクルーズでの好条件
 今回のクルーズではスタッフの方がとても気を使ってくれて、私にほぼマンツーマンのガイドをつけて下さった。
 そのガイドさんは、潜る前に私に「何が見たいですか」と聞いてくれるので、私もつい調子に乗って「無理かもしれないけれど、ガーデンイールが見たい」とか「オーロラシュリンプボビー〈ハゼ〉が見たい、ジョーフィッシュが見たい」などといって見た。
 
 スミランのポイントを熟知していてサービス精神豊かなガイドさんは、私のために小物を見つけてくれて、私のペースで見えるまで時間をかけて、じっくりと見せてくれた。
 ウミウシが細い角を出したり引っ込めたりしながら、砂の上をそれこそカタツムリのようにゆっくりと移動しているのを、私が角の存在や、移動していることが見分けられるまで、10分近くかかったと思うけれど、とにかく根気よく身振り手振りで説明してくれ、そして飽きずに付き合ってくれた。

 生物は大きな人間の群れが近づけば、身の危険を感じて皆隠れてしまうから、集団で近づいたら、私が見える距離に行く前に、みんないなくなってしまうけれど、マンツーマンならそれも防げるし、とにかく私のペースで時間をかけてもらえたので、実物を見るだけでなくて、写真を撮ることさえできたのだと思う。

 「そうか、ロービジョン児を教育するときにマンツーマンや少人数でするというのは、その子の見ることができる方法とペースで見せるためなんだ」などと、スミランのすてきな海で、わくわくしながらマクロの世界を堪能している私の脳裏に、なぜかそんな考えが浮かんで、妙に納得してしまって、1人でおかしくなった。「今遊んでいるのにな」と

 3 光学機器の進歩
 見るためのメガネや、デジタルカメラなどがとにかく途方もなく進歩して、それが私が見ることを助けてくれている。

 今回も「スパゲッティーイール」は、実は生の私の眼では見えなかった。持っていた水中カメラをズームにして、それで見て確認できたのである。スパゲティーイールは砂とほとんど代わらない色をしているのでコントラストも悪い、ちょっと前なら、このような被写体にはカメラのピントが合わなかったのに、今なら合うようになってきている。
 光学機器の進歩は、これからも私の「見る」力をどんどん伸ばしてくれそうな気がしている。

  見ることに興味を持ち続け、見ることをあきらめず、そして「見せることをあきらめない」人達に出会ったら、ロービジョン者もきっといろいろなものが見えるようになるし、可能性は無限に広がるのではないかと思った。

 私にそのように接してくれた沢山の人達に感謝してもし足りない。そして、「ロービジョン者でもきちんと見ることについてケアされれば、見えるようになるし、世界がどんどん広がるよ」と言い続けることで、私は「ロービジョンケアの発展」に少しでも役だって行きたいと思っている。