視覚障害リハビリテーションを理解しよう(6)-最終回

雑誌「視覚障害」298号」表紙

-視覚障害リハビリテーションサービスのあるべき姿-

 

はじめに

 半年にわたって書いて来たこのシリーズも、いよいよ今回で最終回となりました。そこで、今回は、一般に広く知られ使われているけれども、その意味が誤解されていることの多い「リハビリテーション」という言葉の本来の意味について、皆さんにしっかりと認識していただき、その後、私が「これが視覚障害リハビリテーションサービスのあるべき姿」だと考えている、その理想像について、書かせていただき、このシリーズを結ぶことにします。

1 リハビリテーションの言葉の意味を理解しよう

   

 (1) 言葉の定義
 リハビリテーションの語源はラテン語で、re(再び)+ habilis(適した)、つまり「再びあるべき姿になること」を意味しています。最初は、中性ヨーロッパにおいて「協会から破門された者が波紋を許され権利を回復する」ということや「王の怒りを買った臣下が王から許される」ことを意味し、そこから派生して「人間としてふさわしい生き方を回復する」「権利の回復」「全人的復権」などの意味合いで使われるようになりました。
 リハビリテーションが障害者の機能回復などに関連して使われるようになったのは、第一次世界大戦の頃からで、大戦で負傷し障害を負った多数の軍人の機能回復訓練や職業訓練を意味するようになりました。
 その後、リハビリテーションの定義は社会が障害者をどう見るかという考え方の変化と共に変化していったのですが、現在広く支持されているのは、1992年に出された国連「障害者に関する世界行動計画」による以下の定義です。
 「リハビリテーションとは、身体的、精神的、かつまた社会的にもっとも適した機能水準の達成を可能にすることによって、各個人が自らの人生を変革していくための手段を提供していくことを目指し、かつ時間を限定したプロセスである」

 (2) 我が国におけるリハビリの到達目標の変遷 
 我が国で、障害者福祉・リハビリテーションが本格的に発展していったのは、第二次世界大戦以後ですが、その時期から、1980年代までは、リハビリの対象は、訓練をおこなって経済的に自立できる可能性のある者に限定されていました。
 その後、対象は重度の障害者にも広がっていき、その目標は「日常生活動作の自立」に変わっていきましたが、「歩けるようになりましょう」などというリハ専門家が設定した目標の下、何年も何年も施設での訓練が続けられるといったことがあり、「目標」がリハビリを受ける方の意志や人生設計と何の関係もなく設定されてきたことへの反省から「時間を限定したプロセス」ということが重要視され、また、その目標の決定には当事者の意志決定が尊重されると共に、QOL(生活の質の向上)を到達目標とすることに、範囲が拡大し変遷してきました。
 世間では未だに、リハビリテーションというと、マヒを軽減するための訓練など非常に狭い範囲のイメージを持っていますが、その分野は、医学的リハビリテーション、職業リハビリテーション、教育リハビリテーション、社会リハビリテーション(障害者が暮らしやすいよう社会を変革する)と多岐にわたり、社会福祉とほぼ同義語として使われているのです。
 

2 視覚障害リハビリテーションとは



 前回「幼い頃からの視覚障害者と中途視覚障害者」の違いについて説明させていただきましたが、リハビリテーションは、何らかの形で人生途中で障害を負った方たちを対象にしていますので、視覚障害リハビリテーションの厳密な対象は中途視覚障害者ということになります。但し、現在視覚障害リハビリ(ロービジョンケア)の専門家が実際に扱っている問題は、生まれて直後の視覚障害児の子育て支援から、教育問題も含み、厳密な意味での視覚障害リハの範囲は超えていおり、その専門家が集まっている視覚障害リハビリテーション協会では、視覚障害者(ロービジョンの方を含む広い範囲)の広い範囲の方への支援の問題について研究や実践の対象にしています。
 ここでは、中途視覚障害者のリハに限定してお話を進めていきます。

 (1) 視覚障害リハビリテーションの第一目標 
 前回書いたように、普段視覚という情報収集機関に頼り切って生きている人たちが、急に視覚を失ったり、見えにくい状態に陥ると「自分はもう一人では生きていけない」と思い込み、すっかり自信をなくし無気力な状態になってしまいます。支援する家族や周りの方たちも、同様に「この人は一人で生きてはいけない」と思っています。
 視覚障害リハビリテーションの第一の目標は、見えなくとも見えにくい状態であっても視機能を強化する機器を駆使し、視覚以外の感覚を駆使し、様々な補助的な道具を使い、社会福祉サービスを利用することによって、「生きていける」ということを、本人や家族に自覚してもらい、自信を取り戻してもらうことです。
 それは、とても小さな「こと」からスタートできます。たとえば、ソファーの背の部分と前の腰掛ける部分を、きちんと視覚障害者に触ってもらったら、どの方向を向いて座ればよいか本人が判断することができます。そういう中で「あ、見えなくとも、このように工夫すれば生きられる」と本人が思うことができれば、それが絶望からの立ち直りの第一歩となります。
 もちろん、日常生活の動作や、白杖を使っての歩行などが、一人で上手くできるようになることは、重要なことですが、見えなくとも見えにくくとも「生きていける」という確信を持っていただくことが、第一の目標となります。

 (2) 個人個人に適した到達目標
 視覚障害リハの到達目標はどのように設定されるべきかというと、上記のリハビリの目標と同様、その方が「どのように生きていきたいか」ということと、年齢・社会的な役割などによって、当事者一人一人と視覚リハ専門家とが相談しながら決定していくものです。
 10代の方であれば、休学していた学校への復学とか、将来を見据えて進路の変更などと、その目標に従っての基礎的な訓練が必要になりますし、20代から50代ぐらいの方は、就職、復職、家族の中での役割を果たすこと等々が目標になります。
 高齢の方では、日常生活の質の向上を目指し、少しでも快適に毎日を生きがいを持って過ごせるようにすることが目標になるわけです。

(3) 視覚障害リハの内容
 基本的なリハビリテーションの内容は、下記の通りです。
  ※歩行訓練(移動の安全とスムーズさを確保する訓練)
歩行訓練というと、皆さんは白杖を使って、単独で道を歩く訓練だけを想像すると思いますが、それは、歩行訓練の一部です。この訓練は、中途視覚障害者が安全にスムーズに移動する訓練だと考えたら分かりやすいです。
 家の中を安全に移動することから、家族やガイドヘルパーなどに、上手く手引きをしてもらう方法を身につけることなども含まれます。
 白杖を使って、単独での歩行は、高齢で中途障害になった方や、視覚以外に障害を併せ持った方には無理な場合もありますが、家の中での安全な移動や、上手い手引きのされ方などを習得すれば生活の質が向上します。ですから年齢を問わず達成目標を決めておこなうものです。
 また、盲導犬を使っての歩行や、障害物を探知する機器を使っての移動の訓練も含まれます。
 ※コミュニケーション訓練
 見えない見えにくい状態になると、活字を読むことができなくなるか非常に困難になりますので、光学機器を使ったり拡大読書器を使ったり、点字の読み書き訓練、録音した図書を使っての読書の訓練、音声ソフトの入ったパソコンを使っての読み書き、メールのやりとりの訓練、それから、現在では、音声機能や文字拡大機能のある携帯電話、タブレットなどを使っての情報入手と発信の訓練などがこれにあたります。
 ※日常生活動作訓練
 見えなくとも見えにくくとも、選択・掃除・調理・身だしなみなどの日常生活ができるように練習をする訓練です。家事全判や育児に至るまで、非常に幅広い動作を、見えない見えにくい状態でも可能なように、様々な補助機器を駆使し、また工夫をして行えるように指導するのを、総称して日常生活訓練といいます。
 ここに書いて来たような基本的なリハビリの後、あるいはそれと並行して、職業や進路に関する選択と決定をおこなうことが必要です。

(4) 視覚障害リハをおこなう機関
 基礎的な訓練は、入所して受ける形と、在宅のまま通所で受ける形と、訓練を担当する専門家が、家庭を訪問してサービスを提供する形があります。また、職業問題、視覚障害のある子どもを持った時の育児についてなどは各県の盲学校でも相談に乗ってくれます。
 紙数の関係で詳しいことは書けませんが、視覚リハ協会ホームページなどや各地の福祉のしおりなどを参照してみてください。
 視覚リハ協会ホームページアドレス http://www.jarvi.org/
 ロービジョンケアの受けられる病院については、下記の日本眼科医会のホームページで探すことができます。
 アドレス http://www.gankaikai.or.jp/lowvision/

 (5)視覚障害リハビリテーション専門職
 ※歩行訓練士〈視覚障害者生活訓練指導員〉
視覚障害者に対して、歩行訓練や、日常生活動作の訓練を行う専門職で、大阪にある日本ライトハウスと、所沢の国立障害者リハビリテーションセンター学院の2校で養成されています。現在、全国で500名ほどが、この仕事に従事しています。
 ※視能訓練士 眼科において、視機能の検査を行う専門家で、その方達が、専門的な教育を受けて、ロービジョンのある人の見え方の検査、適切な拡大機器の使い方などを指導しています。養成は、医療技術専門学校や、大学などでおこなわれ、国家資格です。
 ※その他の職種 専門職種として確立していませんが、音声パソコンを教える専門家や視覚障害者向けの機器の開発を担当している方たちなどがこの分野に入ります。
 
 

3 結び-必要なすべての視覚障害者(ロービジョンのある方)が視覚障害リハビリテーション(ロービジョンケア)サービスを受けられるようにするために

 このシリーズを通して、私は、視覚障害者の現状とそのニーズと、それに対する支援体制の間に、とても大きなずれがあるために、適切な支援が受けられずつらい思いをしている当事者の現状をできるだけ分かりやすく書いてきました。その原因は、
 高齢中途視覚障害者が全体の7割近くを占めているのに、提供されているサービス体系は、幼い頃からの視覚障害者に対するものであること。
 ロービジョンの方が、全体の9割近くを占めているのに、提供されるサービスの多くが全盲の方のためであること    
見えない見えにくくて生活に困っている方は、164万人以上いるというのに「視覚障害者は少数だから」で片付けられていること等々です。
 そしてもう一つ、リハビリテーションサービスの普及を阻む最大の要因は、「障害者特に高齢障害者には、介護で良い」という世間一般とそれを体現している行政の考え方だと思います。視覚障害は一般に非常に重い障害ととらえられています。その上、高齢視覚障害者が全体の7割以上を占める視覚障害者に対する施策は、保護と介護があれば良く、「年なのだからリハビリなどは無理、必要ない」という考え方と、「リハビリをしても将来自立していくことはない」という考え方が、視覚障害者に対するリハビリテーションサービスの普及を強く阻んでいると私は考えています。
 私たち人間は、何歳になっても「自分のできることを増やし新しいことに挑戦する」権利を持っています。それは、必要な時に保護や介護を受ける権利と両輪をなす権利です。どちらかだけが充実すれば良いというものではありません。
 「長年読めなかった新聞の見出しが見えた」「孫の写真を見ることができた」「自分で急須にお湯をついでお茶が飲めるようになった」「近くのゴミ置き場に自分でゴミ出しができるようになった」などの、ささやかなしかし輝かしい進歩を、いつどの時期に視覚障害になろうと味わえるようなそんなサービスシステムの充実と、視覚障害リハの専門家の量と質の充実、そして、多職種の専門家が連携し合って一人の視覚障害者(ロービジョンのある方)のニーズに応えていけるように、これからも私は、活動を続けていきたいと思っております。