視覚障害リハビリテーションを理解しよう(5)

雑誌「視覚障害」297号表紙

視覚障害を理解し視覚障害者の状況を理解しよう

 はじめに
 過去4回にわたって私は、私が視覚障害リハビリテーションの普及活動の中で出会ってきた様々な事例について書くことによって、現代を生きている見えない見えにくい状態にある方たちが、実際にどのような状況に置かれており、どんな支援を必要としているのかについて、皆さんに理解していただこうと試みてきました。
 このシリーズも残すところ2回となりましたので、今回と次回では、今まで書いてきたことを、少し理論的に整理し、視覚障害という障害とはどんな障害なのか、視覚障害のある方たちはどんな支援を必要としているか、そして、視覚障害リハビリテーションとそれを担う専門家は何を目指すべきかを記述して、このシリーズを結ぶことにしましょう。

 

1 視覚と視覚障害

 視覚障害について理解を深めるためには、まず「視覚」について理解しておく必要があります。
 人間は、自分の外の状況を、視覚・聴覚・触覚・皮膚感覚・臭覚などの感覚器官を通して得て、その情報に基づいて手を伸ばして食べ物を取ったり、行きたいところに歩いて行ったりできるのです。視覚から取り入れられる情報量は、これら全感覚器から取り入れられる情報量の8割以上といわれていおり、視覚は情報入手のための大変に便利で重要な感覚器です。それだけでなく、視覚は感覚のコンダクターとしての役割も持っています。
 どういうことかというと、私たちは、視覚以外に聴覚・触覚・臭覚・味覚からも外界の情報を取り入れていますが、それらの感覚から取り入れられた情報を一つにまとめているのが視覚だといわれています。すなわち、音を聞いたり触って認識した物を、私たちは見ることによって「確かにこれだ」と確認しているからです。
 この視覚は、視力・視野・色覚の三つの要素から成り立っています。視力とは、遠くにあるもの・近くにあるものの形を見分ける能力のことで、視野とは、私たちがものを見ることができる範囲のこと、また色覚とは、ものの色を見分ける能力のことです。
 視覚障害とは、原因の如何にかかわらず、これら三つの要素の一つあるいはいくつかが障害され、日常生活に支障を来す状態のことをいいます。視覚障害者は、それら視覚障害を有する人のことをいうのです。
 

2 視覚障害の範囲と視覚障害者数

どの程度視覚が障害されると「視覚障害者」と社会から認められるのでしょうか。
 我が国では、視覚障害があるために日常生活に困難を来す方たちのために、その困難を軽減する様々なサービスを受けられるパスポートの役割を果たす「身体障害者手帳」というものを交付しています。その手帳交付の基準によると、最重度の1級〈両眼の視力の和が0.01以下のもの〉から比較的障害が軽いとみなされている6級〈一眼の視力が0.02以下、他眼の視力が0.6以下のもので、両眼の視力の和が0.2を超えるもの〉までの幅があり、この範囲の障害のある方たちを我が国では、視覚障害者であると法的に規定しているのです。この範囲に入り、身体障害者手帳を所持していると推計されている視覚障害者数は、2006(平成18)年厚生労働省が行った身体障害者実態調査によると31万人で、その内65歳以上の高齢視覚障害者が18万6000人、18歳以下の視覚障害児は4900人となっており、視覚障害者人口は、超高齢化・超少子化といえます。
 さて、上に書いた我が国の基準は、世界的に見て相当に厳しいと言われており、眼の病気にかかる有病率から見ても、この数は少なすぎると考えた日本眼科医会が研究チームを組織して、独自に調査・研究したところ、我が国には、約164万人の視覚障害者がいると言う結果を2009年に発表しています。
 日常的に見えない見えにくい人たちに接している私たち福祉関係者にとってもこの約164万人という数の方がずっと実態に合っていると考えています。
 紙数の関係で詳しくこのことに触れることができないので、是非下記URLから資料をダウンロードしてみてください。
「視覚障害がもたらす社会損失額、8.8兆円!! - 日本眼科医会
http://www.gankaikai.or.jp/info/20091115_socialcost.pdf#search=%27http%3A%2F%2Fwww.gankaikai.or.jp%2Finfo%2F20091115_socialcost.pdf%27」 

 3 全盲とロービジョン(弱視)

 視覚障害者には、光も見ることができない全盲と、視覚からの情報入手が非常に制限されているけれども視覚からの情報を利用できるロービジョン(弱視)の二つのグループがあります。
 全盲の状態については、皆さんもイメージがしやすいと思うのですが、ロービジョンは、視力ということだけみても、光を見ることができる光格から、視力が0.5程度の方たちまで幅広く、またロービジョンになった原因疾患によって、視力障害だけでなく視野障害・色覚障害などを併せ持つことも多く、100人のロービジョンのある方がいると100通りの見え方があるというほど、その見え方と見えにくいことで生活に支障を来す来た仕方も千差万別で、社会的にはとても理解されにくい障害です。また「見えるんだから全盲ほど困っていないだろう」という誤解もあり、視覚障害者の9割がロービジョンのある人で占められているにもかかわらず、視覚障害者に対する支援策は、今までほとんど全盲の方向けのものでした。そんな中全盲ではないが障害程度が重い方たちは、適切な支援を受けられれば眼からの情報を生活に利用できるにもかかわらず全盲として扱われ、全盲としての支援しか受けられなかったのです。障害の軽いロービジョンのある人は何の支援も受けることができませんでした。
 さて、その全盲の方のハンディを補うためのサービスは、いわゆる視覚以外の感覚からの情報入手によって生活できるようにするサービスで、墨字に変わっての点字使用、音声で読み上げてくれるパソコンソフトの貸与、視覚以外の感覚をフルに活用した歩行技術の指導や日常生活訓練、移動や情報入手を支援するガイドヘルパーの活用などです。
 これに対して、ロービジョンのある方への支援は、できるだけ視機能(視覚全体を使って見る能力)を高めること、たとえば屈折調整・レンズなどの光学機器の活用・拡大読書器などの活用など、まず視機能を強化し、できるだけ見る能力を高めることから始まります。
 所で、全盲という概念とロービジョンという概念を支援する側の専門家がどのように考えてきたかというと、昔は全盲とロービジョンの間に一線を引いて完全に別のものとして扱ってきました。現在は、一続きの境目のないものとして考えられるようになりつつあります。(左図参照)
 図データ.pdf
すなわち見えにくさをできるだけサポートし視覚を主に使うことから、視覚と他の感覚を組み合わせて同時に使うこと、そして他の感覚のみを使うことのそれぞれの段階が一人一人のニーズに合った形で支援されるべきという考え方が主流を占めるようになりつつあり、それにつれて、視覚障害リハビリテーション(ロービジョンケア)のサービス体系も変わりつつあります。

 

4 幼い頃からの視覚障害者と中途視覚障害者

 視覚障害のある方たちは、どの年齢で視覚障害になったかによって、必要とする支援の内容が大きく異なります。
 視覚障害になった時期がいつまでを「幼い頃からの視覚障害者」と定義し、いつから以後を「中途視覚障害」と定義するかについての学問的に確立した定義は未だありません。
 視覚障害リハビリテーションに携わっている専門家が支援をして行く中で積み重ねた経験則から定説化しつつある考え方を元にすれば、ものを見た経験の記憶と、ものを見ることができることで行動をおこなった経験が、その人の行動様式として定着してしまわない年齢、つまり、おおむね学齢前に全盲あるいはロービジョンになった方を「幼い頃からの視覚障害者」といい、この年齢以後に全盲・あるいはロービジョンになった方たちを「中途視覚障害者」といっています。
 幼い頃からの視覚障害者というグループの中にも全盲とロービジョンがあり、中途視覚障害者のグループにも同様全盲とロービジョンという二つのグループがあります。すなわち、視覚障害をグループ分けすると、必要とする支援について特徴的な4つのグループに分けて考えることができるのです。
 ところで、「幼い頃からの視覚障害者」と「中途視覚障害者」の違いとはどのようなものなのでしょうか。
 分かりやすいように、全盲を例にとって説明します。幼い頃からの視覚障害者とは、視覚を利用して情報入手をおこない、それを生活に使ったことのない人たちです。1で述べたように、視覚は情報入手の機関としては、非常に便利なものであり、外界からの多くの情報を視覚から取り入れていますから、人間以外の動物が全盲であった場合は、生存できる可能性はまずありません。(ペットなど人に飼われている場合は別です)
 しかし、人間は大きな大脳を持っているので、幼い頃から視覚障害になった人は、視覚を使わないで生活する方法を学習することができます。空間認知とか物体知覚とか、あるいは、感とか言われているのは、この学習から得られた結果なのです。教育や同じ視覚障害者から学ぶ部分も大きく、視覚なしでも生きていくすべを身につけ、大きなハンディはありますが子どもから大人へと発達の道筋をたどっていくことができるのです。
これに対して中途視覚障害者は、情報入手手段として非常に便利な視覚を使う生活がすっかり身についているので、人生のある時期にいきなりその視覚を喪失すると、障害のない方たちが停電して真っ暗になった部屋の中では「なにもできない」という不安に襲われるように、どうして良いか分からず、大変大きなショックと喪失体験を持つのです。当然のことながら、視覚を使わないで他の感覚からの情報で生きていけるような知識もなく何もできない状態に陥ります。中途視覚障害者の8割以上は、一度は自殺を考えるといわれているほど、そのショックは大きいものです。
 しかし、このショック状態から上手く立ち直ることができた場合には、視経験(見えていた時代のものを見た経験をいう)を持ち、社会の中で働い来た経験が財産として生かせる可能性を持っているのです。
 幼い頃からの視覚障害者と中途視覚障害者に対する必要な支援の違いは、大まかに言えば、幼い頃からの視覚障害(児)者に対しては、生涯にわたる発達支援(ハビリテーション)的支援が必要であり、中途視覚障害者については、「見えない見えにくくても生きていける」という自信と知識を持ってもらうための相談支援と広い意味でのリハビリテーション的な支援が不可欠なのです。そしてどちらにも共通に、見えないこと見えにくいという情報入手障害に起因するコミュニケーション障害に対する支援が必要なのです。
 先に引用した「身体障害者実態調査」などにおいては、「どの年齢で障害者になったか」についての調査はされていないため、幼い頃からの視覚障害者と中途視覚障害者の正確な比率は分かっていませんが、視覚障害になる原因のワースト5が、緑内障・網膜色素変性症・糖尿病網膜症・加齢黄斑変性症・脳血管障害によるもの(多い順ではない)であることからみて、全体の8割程度が中途視覚障害者で、しかも高齢になってから視覚障害になる方たちが7割近くいるということが容易に推察できます。
 
5 まとめ-視覚障害者の状況-

(1) 視覚障害者数は、我が国の基準では31万人足らずであるが、「日常生活に困っている」という考え方を広く適応すればその5倍以上の視覚障害者が存在する
 (2) 視覚障害者の人口動態は超高齢化・超少子化である。
 (3) 全視覚障害者の1割が全盲、9割がロービジョン
 (4) 幼い頃からの視覚障害者が2割程度、中途視覚障害者が8割程度と推測される。
 上記の視覚障害者の状況を踏まえて、次回は私の理想とする視覚障害リハビリテーションについて書いて結びとしたい。