ADA法(障害を持つアメリカ人法)施行下のアメリカで、障害者の方たちは、どんな風に生活しているのだろうか。私たちが、そのことに関心を持って、アメリカに行ってから早くも1年以上たちました。

 下記の文は、2002年1月24日から4週間にわたって、点字毎日に連載させていただいた、探訪記です。点字毎日の許可を得て、ここに転載します。

 

 アメリカ視覚障害者リハ施設探訪記1

                      高知女子大学社会福祉学部

                         吉野由美子

 高知盲学校にルミエールサロン(視覚障害者向け常設機器展示室)が解説されたこの5月から、県障害福祉課浜田さん・県療育福祉センター(更生相談所)国澤さん・視覚障害者生活訓練指導員別府さんそして私は、県内各地や徳島などに機会あるごとに出前機器展示を行い啓発活動に努めて来た。そんな往復の車中での話し合いは、アイディアの宝庫で、「アメリカのバリアフリーの実体を知りたいね」ということから、浜田さんと国澤さんが県職員能力開発センターが毎年実施している「職員の企画海外研修事業」に応募し、それに私と別府さんの「アメリカ視覚障害者リハ事情を見たい」という企画が合体して、11月25日から2週間私たち4人は、ロス・ボストン・ニューヨークのバリアフリー調査と、視覚障害者リハ施設巡りに出かけられることになった。その様々な経験の中から、ここでは、視覚障害者と盲ろう者リハ施設での経験について書いて見ることにしたい。

 11月30日(金)午前7時30分私たちは、ボストン郊外ニュートンの雑木林の中に周りとよく調和した煉瓦色をした古い建物の前に立っていた。これが有名なトマス・キャロルセンターである。トマス・キャロルは、世界で初めて人生半ばで失明した人たちに対するリハビリの重要性を説き、リハシステムを理論化した人として知られている。センターでは彼がこの施設を仲間たちと馬屋を改造するところから造り上げて来たという歴史を大切に保存しており、もっとも多くのトレーニングプログラムが行われている本部建物1階コミュニケーショントレーニング室には馬屋の原型と、そこにつながれていた馬のネームプレートが残されていた。アメリカらしいやり方に私は、感動してしまった。

 全盲のリハビリテーションディレクターラビット氏から、施設の歴史と概要を説明していただいた後、私たちは、ホームマネージメント・料理・感覚訓練・ロービジョンケアー・コミュニティーエジュケーション・コンピュータースキルトレーニングなど各セクションの指導員に案内されて、センターの提供しているサービスの内容を説明してもらった。この施設の主な対象は、マサチューセッツ州に住む中途視覚障害者で、本人の希望と評価による目標設定に従い、歩行や日常生活技術、職業訓練などのスキルトレーニングをセンターが行い、本人や家族に対するカウンセリングや地域での生活支援などは、州や群のソーシャルワーカーが行うと言う役割分担が確立されていた。トレーニングに要する費用は、殆ど州や群が持ち、トレーニング期間は、評価期間も含め16週間を標準としている。この16週間のトレーニングプログラムは、センターで開発され、現在アメリカの中途視覚障害リハプログラムのスタンダードとなっているとのことであった。

 レンズや拡大読書機を使ってのロービジョンケアーが充実している上で、「ロービジョンの人たちが視力低下した時、あるいは、日常の助けになるように視覚以外の様々な感覚トレーニングを重視し、本人にも勧めている」と言うラビット氏の言葉は、ロービジョンに対する視覚を生かしてのトレーニングの必要性が充分認識されていない我が国の現状と引き比べ、私には、大変印象深いものであった。

 

                      アメリカ視覚障害者リハ施設探訪記2

 

 2週間におよんだ研修の旅も残すところ後わずかとなった12月4日(火)、私たちは、有名な五番街にほど近いニューヨークライトハウスを訪問することが出来た。同時多発テロから3ヶ月しか経っていないニューヨークを訪れることについては、多くの方たちから「心配だ」という声が寄せられたのだが、「普通の生活をすることがテロに勝つこと」と言うブッシュ大統領の言葉を反映しているのであろうか、街はクリスマスのイルミネーションに輝き、表面上華やいで見えた。そして安全であった。

 トマス・キャロルセンターが視覚障害者に対する日常生活や職業能力のトレーニングに施設の目的を特化しているのに対し、ニューヨークライトハウスは、視覚障害者に対する直接的なサービス提供のみならず、様々な年代の視覚障害者や重複障害を持つ人たちに対する指導方法の開発、視覚障害に関連する様々な調査研究、世界中の専門家教育から一般住民の啓発的教育まで教育活動にも力を注ぎ、視覚障害に関するオールマイティーの機関を目指しているのが特徴であった。全体説明を受けるために案内された部屋の会議用テーブルの上に所狭しと置かれた視覚障害者関係の本、これらはすべてライトハウスでの研究と実践を基に書かれ出版されたものであるが、その中には、一般の人向けのたくさんの啓発書があり、小さな子ども用の書物もあった。「一般の人たちに視覚障害について理解してもらわなければ、視覚障害者の福祉は進まない」と言われたインターナショナルプログラム部門のバイスプレジデントのラングさんの言葉は、とても説得力があった。ところで、ライトハウスで直接リハを受けられる視覚障害者は、ニューヨーク州在住か近隣のいくつかの州に在住する方に限られ、他地域からの要請に対しては、各地にある同種の施設が対応している。直接サービスに対する費用は州や郡が負担するのであるが、リハを受けても仕事に就く可能性の低い高齢視覚障害者や重複の障害者に対しては、州や郡は費用を出さないそうで、そのような場合でも希望者には、ライトハウスが費用負担をし訓練を行っている。施設運営のために要する莫大な費用をどのように捻出しているのかと言うと、州や郡からのもの、出版物や視覚障害者用機器の販売からの収益もあるが、多くの部分が寄付や募金によるとのことであった。 

 施設の建物全体が建築工学の髄を集め、コントラストに配慮した色彩を取り入れ、浮きだし文字やロゴの工夫など視覚障害者に適した環境造りに留意するだけでなく、芸術性の高いあか抜けた感じに作られていた。特に私が感動したのは、1階にあるショップで、このショップでは、視覚障害者用便利グッズを販売しているのだが、周りにある有名ブランド店と見まごうほどのしゃれた飾り付けで、一般人も立ち寄ってクリスマスプレゼントを買いたくなる雰囲気があった。「このような雰囲気のショップにすることも一般啓発のため」とショップの責任者が言っておられたが、建物全体のデザインから、施設運営の姿勢をみる中で、私は、特別と暗いという障害の持つイメージを払拭し、視覚障害者を世の中のメインストリームに押し出そうというニューヨークライトハウスの強い決意をひしひしと感じた。

 

                      アメリカ視覚障害者リハ施設探訪記3

                                    

 12月5日(水)私たちはニューヨークから列車で40分ほどの静かな住宅地に建つヘレンケラー・ナショナルセンター(HKNCと略す)を訪れた。この施設は世界唯一の盲ろう者専門リハビリテーション施設で、アメリカ全土から毎年65人(内半数は新規、半数はリピーター)の盲ろう者を受け入れ歩行・日常生活・職業などのトレーニングと言う直接的サービスを行っているだけでなく、世界中で盲ろう者リハビリテーション技術を持つ専門家を育成したり、リハビリテーション施設を開設する援助を行っている。 

 私たちは、何度か日本に来られたこともあり、日本語も少し話せると言うジーンさんの暖かい歓迎を受け、アリソンさんに綿密に組まれたスケジュールを渡された後、施設中を案内していただいた。キッチンで焼くクリスマス用クッキーの甘い匂いが施設全体に漂っている建物の中には、盲ろう者に適した様々な工夫が施されていたが、その中でも私たちが感激したのは、エレベーターの壁に沢山設置された回数ボタン、自分の行きたい回数のボタンを押しておくと、そこについたときボタンが飛び出して来て知らせてくれると言う優れもの。エレベーターに乗る度に、みんなでこれを試して感心してしまった。

 我々は、「盲ろうという重複障害は大変重い障害」と考えてしまい、独立自活することなど考えにくいのであるが、HKNCのトレーニング目標は職業的自立であり、しかも一般のお店や企業で働くことである。HKNCのスタッフにも数人の盲ろう当事者がおられ、指導に当たっていた。職業的自立という目標を達成するためには、前提として歩行能力、日常生活能力が重要であるから、この分野に力が注がれ、光の点滅やバイブレーションをふんだんに利用し様々に工夫された器具がそろえられ、特に緊急事態にどう対処するかの訓練には重点が置かれ、盲ろう者は一通りの訓練を受けると近くのアパートに実際住むという経験を経て、独立した生活を始める。我が国では、盲ろう者の単独歩行訓練は安全性の問題もあり事実上行われていないと聞いているが、この日担当者のご配慮で弱視全ろうの男性への訓練の実際を見せていただけたのは大変幸運な体験であった。

  盲ろう者に危険を知らせるとき、言葉で知らせることは出来ない。指導者がしっかりしたコミュニケーション手段を持っていなければ訓練が不可能であるのは当然のことである。「視覚障害者の教育などからHKNCに入ってきたスタッフには、聴覚障害者の文化から手話・触手話に至る技術を学ぶことを義務付け、聴覚障害分野から来た方たちには、点字などの視覚障害者とのコミュニケーション手段を学ぶことを義務づける」と言う、HKNCのスタッフトレーニング責任者でもあり、世界中の専門家をトレーニングしているシスターWynneさんのお話は、大変印象深く示唆に富んでいた。ちなみに、Wynneさんは、盲ろう者のリハに関わって20年以上だそうで、それ以前には、視覚障害児の教育に長年携わっておられたとのことで、専門家であるご自身の技量に誇りを持ち、その経験を持って、新しいスタッフを育てることに誇りを持っておられるのだと感じた。

 専門家としてきちんとした教育を受ける体制と、豊富な臨床体験を持つことが出来る体制が、我が国のリハビリテーション現場でもっとも不足している部分だと痛感した。

 

                        アメリカ視覚障害者リハ施設探訪記4

                                    

 連載最後になるここでは、訪問した三つの施設で共通して見ることが出来、我が国の視覚障害者のリハビリについて考える時に非常に重要な点だと思ったことについて述べておきたいと思う。

 ●医師による州や郡の社会福祉部門への通告義務の存在

 我が国では、中途視覚障害の状態になったとき、どこに相談して良いか分からず、適切な援助を受けることなく何年も自宅に閉じこもって過ごすと言う例がまだまだ多い。そこで「中途視覚障害者の早期発見方法」について私は、どの施設でも聞いてみたのだが、「何らかの理由で重度の障害が残る場合、関わった医師が州や郡に連絡する義務がある」という答えが返って来た。連絡を受けた担当部門のソーシャルワーカーが、中途視覚障害者がどのようなリハサービスを受けられるかの情報を速やかに提供し、中途視覚障害者の希望に基づいてサービスのアレンジを行うのである。「中途視覚障害になって、ショックを受けて家に閉じこもっている期間は2ヶ月もあれば充分です」と言われたトマス・キャロルセンターのリハビリテーションディレクターの言葉は、今でも私の耳を離れない。早期発見と早期援助が中途視覚障害者リハのキーであることは言うまでもなく、私は、改めて医療と福祉の連携づくりの緊急性を思い知らされた次第である。

 ●若い視覚(盲ろう)障害者に対する専門的援助とジョブトレーニングの重視

 アメリカでは、視覚障害児も普通の小・中・高校に通うことが一般的であり、また、18歳を過ぎると親から独立して生活すると言う文化的背景を反映してか、どの施設においても、夏休み期間中を使っての若年障害者に対する集中トレーニングプログラムを解説していた。プログラムの内容は、掃除洗濯などの日常生活技術トレーニングから、お金を使っての買い物とか、ハイキング・登山・様々なスポーツ体験など多岐に渡り、自己の力で自立して生活するため社会経験を豊富にし、若年視覚障害者に自信を持たせることを目標としていた。また、一般に高校生が夏期休暇中にパートの仕事を経験し、将来の自分の進路を決定する助けとすると言うことを当然とするお国柄からか、視覚障害(盲ろう重複障害も含めて)を持つ高校生に仕事の実体験をさせるプログラムも大変重要視されていた。このプログラムの特徴は、ジョブコーチと言う指導員が地域で仕事を開拓し、ジョブトレーニングを終えた視覚障害(盲ろう)高校生にパートの仕事を実体験させることである。 ●ソフト(専門家の質・量)の圧倒的充実

 コンピューター技術・様々な視覚障害者用グッズ・弱視用機器の開発などのハード面では我が国もさほど遅れていないが、歩行訓練士や日常生活訓練担当者、ソーシャルワーカーなどのいわゆるリハ専門家の教育水準の高さ、臨床経験の豊富さなどのソフト面では、我が国は、40年は遅れているのではないかと感じさせられた。

  最後に、アメリカは、州ごとに福祉政策が大きく異なっていることを指摘しておきたい。また、4回の連載を許していただいたにも関わらず、書きたいことばかり多くまとめきれず、舌足らずの表現になったことをお詫びしておきたい。