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2012年9月の記事一覧

2012年9月25日

 1970(昭和45)年に入学した日本福祉大学。初めて親元を離れ、しかもクラス3人という盲学校から、いきなり学年400人の大学。時代は学生運動の最後の時期。心細い下宿生活の中で、たまたま下宿が一緒だったり、サークルが同じだったりして親しくなった友人達と、4年か5年ぶりに会うことにしました。
 ダム湖を見下ろす展望台で二人の友人を撮る
同じ場所で私ともう一人の友人と すっかり没交渉になった時期もありましたが、会うととたんに昔に戻って会話が弾む。やはり学生時代の友達はかけがえのないものです。
 お互い白髪も増えて、ずいぶん年取っていますが。

2012年9月24日

 訪問記を読んでくれていた私の友人から「あなたが盲学校で話をした様子が秋田県立盲学校のホームページに載っていいたけど見た」というメールがありました。
 「え!私全然知らなかった」と思い、いそいで見て見ると、確かに載っていました。「この記事書いた方が、私の話のどこに関心を持ってくださったか」が分かって、とてもうれしかったです。
 生徒さんに話をする機会を与えていただいて改めて感激しました。

 県立盲学校のページ、盲学校の活動が楽しく分かるようになっているのを改めて発見しました。私のつたない文章では表せなかった生き生きした「生活情報科」の生徒さんの様子が良く分かります。私も時々のぞかせていただこうと思っています。興味のある方は、下記から私の話の様子が見られます。

http://kagayaki.akita-pref.ed.jp/mou-s/topics/detail.html?id=371

2012年9月17日

私の主観的意見

盲学校は視覚リハ施設として理想的

   「生活情報科」の取り組みを見せていただいて、この取り組みの中に『中途視覚障害者に対するリハビリテーションシステムの一つの理想の形」を見た思いがしました。  まず第一に「生活情報科」は、「生活の質向上」を教育目標に掲げています。すなわち、移動・歩行、日常生活動作、コミュニケーションという視覚障害リハビリテーションの基礎的な部分を、じっくりおこなうことを通して、その後の自分の人生を考えて行く時間を与えてくれるわけです。  しかも、特別支援教育という土壌は、元々個別のニーズに合わせた、一人一人の発達を支援することを第一の特徴としているので、「さあ先生のしているのを見て、まねをしてください」というようなことができない視覚障害という特徴を踏まえ、一人一人違った人生を送ってきた人たちのニーズに即した個別対応が絶対に必要な視覚障害リハビリテーションの考え方とぴったり一致しているわけです。幼稚部から専攻科まで多くの学級の維持と職業教育をおこなうという関係上、今全国的に盲学校には、生徒一人に平均二人の教員が配置されているので、工夫次第でマンツーマンの対応をする人員を確保できる余地があります。  しかも、学級という形をとっているので、同じ中途視覚障害者同士ふれあうことができ、しかも学校という土台の中にありますから、「学生時代に戻った気分で」再出発をはかる、そんな気持ちになれる場所でもあります。

 明治以来、視覚障害児の発達保障と理療科を中心とした職業教育を一手に担い、盲学校で理療科の教育を担った視覚障害のある教員や卒業生の努力により、地域の視覚障害者福祉や文化は向上して来た歴史があり、現在でも視覚障害者ケアの専門的な施設としては盲学校しかない地域もまだ沢山ある中、中途視覚障害者のリハビリテーションにとって盲学校の存在と役割はとても大きいと、秋田県立盲学校の例を見て、私は確信しました。

2012年9月16日

高等部専攻科生活情報科1

 秋田県立盲学校を私が訪問したそもそもの目的は、「盲学校の中に生活の質の向上を目指した中途視覚障害者などのための学科が設立された」と聞いて「どうしてそんなことができたのか」を知りたかったからです。
 それなら、いの一番に「生活情報科」のことを書けば良かったのですが、それでは、「なぜこんなユニークな学科を作ろうとしたのか」「なぜその学科が維持できているのか」を、この記事を読んでくださっている方たちに理解していただくことはできないと思って、秋田県立盲学校の理想としていることや、「かがやきの丘」の全体像を書こうとして来ました。
 そのようなことをしていたら、こんなに時間がかかってしまい、すっかり世の中秋になってしまいました。
 ようやく、外堀を埋めたかなと思い、今日は「生活情報科」のことを書きたいと思います。
 PDFファイルで載せた新聞記事は、平成22年度に生活情報科が開設された時のものです。まさに「視覚障害リハビリテーションコース」そのものです。 
 開設時新聞記事.pdf

2012年9月13日

外部専門家活用術

 「光陰矢のごとし」昔の人は良く言ったもので、本当に毎日が飛ぶように過ぎて行ってしまいます。前回「訪問記3」を書いてから1週間も経ってしまいました。

 今回は、視能訓練士(ORT)や理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)等、教職員ではない外部専門家を、秋田県立盲学校がどのように利用しているのかについて、フォーカスします。
 盲学校からいただいた外部専門家の活用についての資料は下記からダウンロードできます。参考にしてください。
外部専門家の活用.pdf

2012年9月 6日

はじめに

視覚障害-その研究と情報-NO292表紙の写真
 月刊視覚障害-その研究と情報-は、全国の盲学校や点字図書館で購読されており、活字での発行と共に点字で約600部発行されている。歴史も古く、多くの視覚障害当事者とその支援者に愛読されている。

 その雑誌に「視覚障害リハビリテーションを理解しよう」というテーマで、現在の視覚障害者の現状や、その支援の状況について、具体的に分かりやすく書くというチャンスをいただいた。そこで、発行元の視覚障害者総合支援センターの許可を得て、連載した原稿をこの私のブログにも転載させていただくことにした。
 
 なるべく分かりやすく書くつもりなので、当事者の方や家族の方、視覚障害者支援をはじめたばかりの方に見ていただいて、少しでも役に立てていただけたらと思っている。

2012年9月 5日

盲学校見て歩き

 訪問記(1)で書いたように、私がこの盲学校を訪問したのは「なぜ教育の分野で中途視覚障害者のQOL向上を目指す生活情報科を作ることができたのか」「それはどのように運用されているのか」を知りたかったからです。
 だから最初、このブログにも「生活情報科訪問記」だけを書こうと思っていたのですが、二日間の滞在の中で、それでは、「生活情報科」ができた意味も、そこで学んでいる方たちの楽しそうな学校生活のことも、良く分かっていただけないと感じてしまいました。
 それで、今回は、「盲学校全体の私なりの印象」を書かせていただきます。

 

2012年9月 1日

ロービジョン支援センターについて

 今回の訪問では、県立盲学校の新しい取り組みについて、いろいろな資料をいただくことができ、また、その資料を私のブログで公開しても良いという許可もいただいた。
 私自身の感想も含めた訪問記は、後3回ぐらいに分けて、書かせていただくつもりだが、ここでは、この8月2日と3日に山形県で開かれた「全日本盲学校教育研究大会(山形大会)」で発表を担当なさった菊池先生の原稿をまずアップさせていただきます。
 福祉やリハの関係者は、「全日盲研」に出て、そこで情報を得ることがほとんどできない。すごく敷居が高く感じるし、どのように参加して良いかも分からないから。そんなわけで、とても貴重な資料です。
 ロービジョン支援センター.pdf

あきた総合支援エリアかがやきの丘の全体像

 「秋田県立盲学校」が「盲学校なのに中途視覚障害者のリハビリテーション」に重きをおいた「生活情報科」というのを開設したらしいという話を聞いて、私は、大変に興味を持って「いつか行ってみたい」と思っていました。
 今回、秋田県立盲学校に大変無理なお願いをして、二日間その中を見せていただくことができましたので、その「訪問記」を載せます。
 訪問記(1)では、まず秋田県立盲学校が属している「あきた総合支援エリア」というものの全体を貫いている理念について、私の感じたことを中心に書いておきたいと思います。その方が後でこの「盲学校」のことを理解してもらいやすいように思うからです。
 「かがやきの丘」のことを詳しく知りたい方は、こちらを見てください。
 http://www.kagayaki.akita-pref.ed.jp/ 

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