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2006年12月の記事一覧

2006年12月17日

母に会いに行く度にいつも頭をよぎるのは、母はいつまでこの介護療養病棟にいられるだろうかということである。私が、なぜそのような不安を抱くかというと、国が打ち出している、療養型の病床を、38万床から15万床に減らすという方針をうけて、高知県でも、現在8000床ある療養型のベッド数を、2000〜3000床に減らすという方針が出ていることを知っているからである。
 
そんな不安を抱いている中、先週ある会議で医療制度改革(私は改悪だと思っているが)にとても詳しいドクターとお話しするチャンスがあって、その話を聞き、私の不安は、憤りに近いものに変わっていった。
 
 療養型病床には、医療区分というのがあって、患者さんの状態がどの区分に当てはまるかによって、病院が受け取れる診療報酬が格付けされている。医療区分は、3段階に別れていて、3が、一番医療度が高く、1が一番低いということであった。

2006年12月16日

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(左の写真は、母がテレビに注目しているところ 右は、うとうとしているところ)

  今日は、久しぶりに何も予定の入っていない土曜日、歯医者の診察を終えた足で、母のところに行きました。
  三日ほど前に母のところに行ってくれた知人が、「テレビを見ませんか」と誘ったら、「見たい」と母が答えたので、テレビカードを探したのだけれども見つからなくて見せられなかったと連絡してくれていました。
  その連絡に対して、私「え! ほんとうかな」と実は思っていたのです。

  私は、高知福祉機器展の活動をする中で、沢山の看護師さんや理学療法士の方たちと出会い、友達づきあいをさせていただくようになりました。そして、その何人かが、定期的に母のところに様子を見に行ってくださって、忙しくてなかなか母に会いに行けない私をサポートしてくださっています。私、本当に助かっているのです。

  この何ヶ月か、随分弱ってきてしまった母、特に11月末に呼吸の状態が悪くなって、「もしかして」と思ったこともあって、そして、私が会いに行くと、いつもほとんど眠っている母を見ていましたから、「母がテレビを見たい」と言った」とか、「今日は、いろんな話をしてくれました」と言う友人たちの連絡を見ると、精神的に落ち込んでいる私を励ましてくれているのかなと、そんな風に思っていました。  
 
それで、「テレビを見たい」と言った言葉は、あまり信じていませんでしたが、せっかく働きかけてくださっている友人のことを思い、今日は、病院の方にお願いして、電源を差し込んで、アンテナをつないでもらい、テレビカードも買い直して、テレビが見られるようにして見ました。

2006年12月15日

  1年に1度、私は人間ドックに入ることにしている。そろそろ父が糖尿病になった年に私もなるし、とにかく日頃不摂生をしていて、運動もろくにしていないのだから、自分の健康状態がとても不安だからだ。
  ドックに入るときは、検査の待ち時間に読めるだろうと思って、読みたい本をもって入ることにしている。実際は、検査と検査の間には、そんなに時間がなくて、いつも読み残してしまうのだが。
  今年は、三宮麻由子さんの「目を閉じて心開いてー本当の幸せって何だろうー」岩波ジュニア新書(2002年6月第一版発行)をもっていった。

  三宮さんは、4歳の時に病気で失明した方で、エッセイストとしてとても有名である。そして、私も卒業した東京教育大学付属盲学校(現筑波大)の後輩にもなるので、その著作を前から一度読んでみたいと思っていたのである。
  検査の合間を縫って読み進む内に、私の体験とダブって、心を突き動かされる箇所に出会った。

2006年12月 7日

  12月2日の日に、どのぐらい利尿剤の効果があったかを調べるために、肺のレントゲンを撮ったと聞いて、12月4日の日に、主治医の先生に状態を訪ねに行きました。レントゲンには、うっすらだが両肺の輪郭が写っていて、私は少しほっとした。

  主治医の先生の説明では、「少し水が引いたようですが、呼吸の状態は、急激に良くなるものではない」とのことでした。
  母の表情は、ずっと穏やかになっていましたが、話しかけてもほとんど反応がなく、私が分かっているのかどうかも不確かな状態で、不安がぬぐえないまま帰宅しました。

 昨日、母に会いに行ってくれた知人から、「今日はお話をしてくれました。具合どうですかとお聞きするとだいぶ良くなったとか、目をふくと有難う御座いました。とか良くなってきたことを皆に言ったら喜ぶとか私が言うと皆に宜しくお伝え下さいとかまだ他にも話をしてくれました。すごく嬉しくてたまりません。酸素今はしていませんでした。」とうれしいメール。
  そして今日も「とても表情が良くなってお話しもたくさんしてくれました。」とのメールが届き、「ほんとうならうれしいな」と思い、仕事の合間に、母の顔を見に行きました。

  酸素は止まっていて、足のむくみも引いていて、表情も穏やかで、「ボーナスが近いから、親戚にお母さんの名前でお歳暮送っておいたね」と言うと、こっくりとうなずいてくれました。
  あー、本当にほっとした私です。

2006年12月 1日

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写真は、今日の母(今日は本当に穏やかな顔でした)

  昨日の朝、突然携帯電話が鳴りました。電話をとると、母の様子を見に行ってくれていた友人からで「母が酸素をつけている」とのこと。看護師詰め所で様子を聞いてくれたのだそうですが、「一昨日の夜、急に息苦しさを訴えて、血液中の酸素飽和度をはかったら、落ちていたので酸素吸入を始めた。肺炎かもしれないのでレントゲンを撮ったようだ」とのこと。

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